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第七話

ギルの口から語られた事実は、概ねロウディ達からレイが教えられた通りのものだった。

旅の途中でドラゴンに苦しめられている国があると知り、強い奴と戦えるかもなんて少しの下心と共にソレッドを訪れ、ドラゴン討伐隊に入りドラゴンを打ち倒した。

ギルは英雄となったのだ。


ただ唯一、亡くなった前任の第四騎士団長の話には、続きがあったけれど。


「俺を庇って死んだんだ」


泣いている事に気付いていないのか、拭う事すら面倒なのか。ギルが涙を流しながら淡々と告げる言葉に、レイは頷きもせずに聞き入っている。


「表向きはただの戦死だけどな。完全無敵の英雄様が庇われるなんて外聞が悪いって言われた」


きっと前任の第四騎士団長とギルが懇意にしていたというのは嘘ではないのだろう。

歳が離れていようとも戦友だったのだ。


「討伐の報酬をもらう時、王様に第四騎士団の団長が見つからないって言われて」


ギルの喉が微かに震える。


「それ、さぁ、なんか、俺のせいだ、って、言われてるみたいで」


途切れ途切れになっていく言葉は、ギルの精一杯。


「それで、騎士団長になったんだ?」

「……そう」


思わず挟んでしまった声は自分でも驚くほど優しい声色をしていて、レイはただ頷く兄を見つめる事しかできなかった。


「けどそっからが大変でさぁ、今までやった事ない書類仕事に、よくわかんねぇパーティーとか、あとは王様との食事会とか、これ必要?って事めちゃくちゃやらされて。しかもその量がじんじょーじゃねーの。寝てもすぐ目が覚めたり、そもそも寝れなかったり。なんかわかんないけどいきなり涙出てくるようになるし、周りの笑ってる声にもイラついたりさ、おかしいよな、俺」


なるほど、確かにこれはストレスだ。


「おかしくないよ」

「…ほんと?」

「全然おかしくない」

「…こういう話少しでもすると、あいつら困った顔するから」


それはたぶん、本来のギルはこんな事とは無縁の人間だからだろう。

“あいつら”が誰を指すかなんてわからないけれど、妹のレイから見ても今のギルは確かに「おかしい」という言葉が当てはまってしまう。

けれどそれは本人がおかしくなったのではなく、周りがおかしくしたせいだ。だから、ギルはおかしくない。


「そんで、何だっけ、薬は、王城の薬師に相談したら貰えた」

「なんて説明受けたの」

「レイが言ってたのと同じだよ。精神安定剤、魔術式がどうのは知らなかったけど、効き目の強い薬だとは言われた。その薬飲んでる間は普通に振る舞えるからいつも飲んでる」

「1日の摂取量はどのくらいとかあるの?」

「……たぶん、何も言われてない」

「っ…!」


嫌な確信がレイの脳裏を支配する。

レイから見れば異常だと取れる反応を起こす薬を毎日のように飲んでいる。それを王城の薬師が看過しているなんてあり得ない。

レイはストレスを感じる人間がどれほどの期間で壊れてしまうのか知らない。けれど、騎士団長になった直後、まだストレスをあまり感じていないと予想される時期の兄が声を上げなかった事、手紙にさえ何も書かなかった事も、腑に落ちない。

何より、レイより劣りするものの、"母“から魔法を学んだギルが、改造された薬を“異変を感じずに”飲んでいる。

何か、変だ。


「お兄ちゃん、魔術なら私もできるし何かあったら私のところに来てよ。薬に頼ってたらいつか絶対体壊すから」

「…やっぱりそう思う?」

「本気でマジでとんでもなく思う、自信持って言えるね」

「だよなー…」


力なく笑うギルに、レイの息が詰まる。

あんなにも力強く元気だった兄なのに、なんで今、目の前で涙を流しているのだろう。

誰が兄をこんなふうにしたのだろう。

一体、どこのどいつが。


「ロウディさん達は知ってるの?薬の事とか」

「まぁ、言ってはいる。やめてほしそうにしてるけど他に何かできる事もないから見逃してるっぽいな」


ギルの言葉を聞いて、思わずレイの胸が撫で下される。

兄の異変に気づいた時、レイは咄嗟にロウディ達にも怒りを覚えたけれど、彼らは兄を心配する立場の人間だったらしい。

できれば止めて欲しかったが、そこまで言うのはきっとレイの我儘になってしまう。


「レイに会いに行った時は平気だった、たぶん怒らせるってわかってたし、薬も抜いてたし、落ち着いてたし。けど、薬飲んで我慢して仕事してきた後でさ、帰った場所にレイがいた、から」


小さく小さく、けれど確かに紡がれた言葉に、レイは己の愚かさまで嫌になった。

一緒に暮らそうと兄が言った時、レイはなんの異変にも気付けなかったのだ。

兄の言葉をそのまま受け取ったとして、兄があの時とても落ち着いた状態だったとして──けれど、帰った後はどうだったのだろう。

あの時ギルは精一杯助けを求めていた。

なのにレイは怒って、断固として一緒に暮らすと譲らないギルを最後は追い出すような形で話を切り上げたのだ。

この屋敷に行くと頷きはしたけれど、あの時のギルの心境をレイは測る事ができない。


「お兄ちゃん、あの時怒ってごめんね。今はもう怒ってないから、ちゃんと泣いて良いよ」


説明不足な部分は確かにあった。それでも精一杯の言葉を無視したのはレイだ。

はっきりと告げられた謝罪の言葉に、ギルの瞳が大きく揺れる。


「っ、おれ、おれさぁ…もぉやだ…」


ボロボロと涙が先ほどよりもずっと大きな粒となって流れ落ちていく。

泣き崩れるように体を小さくした兄の姿を見て、レイの中の何かが、明確に切れた音がした。

お読みくださりありがとうございました。

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