第一話
至って平和な森の中、街から少し離れた小屋とも呼べるその家で、1人の少女と1人の青年が向かい合って座っていた。
緩やかな茶髪の少女─レイ─と、何故かさっきからなにも言わない青年─ギル─は、兄妹の関係だ。
ギルは8年ほど前から旅に出ていて家に帰ってくる事は少なかったけれど、それでもレイはギルを兄としてとてもよく慕っており、時折訪れる手紙を日々の楽しみにしていた。
そうした中いきなり帰ると言う旨が書かれた手紙が届きいた時には、レイは舞い上がりながら急いで家の掃除をして、ギルの好物だった果実を収穫しに走ったほどである。
だと言うのに、ギルは家に着くなり出迎えたレイに向かって「話がある」と告げ、椅子に座るよう促した。挙句にだんまりを決め込み始めたのだ。
いつもなら「ただいま〜!!!」なんてちょっと間の抜けた、それでもギルらしい第一声で帰ってくるのに。
これにはレイもちょっとばかりうんざりしたが、それでも一直線という言葉を体現したような兄なので、そんな兄が黙り込むなんて何かよっぽどの事があったのではないかなんて心配が先にくる。
さて、どうやって兄に口を開いてもらおうか。
レイがそんな思考を始めた頃、やっとギルがぽつりと呟いた。
「レイ、一緒に暮らそう」
その言葉に、レイの反応が遅れる。
兄は今なんと言ったのか、数回反復してやっと理解したレイは、「えっ」と声を落としていた。
「お前と一緒に暮らすために家買った、から」
驚いているうちにまた驚く情報が。家、家とは。レイの頭が混乱していく。
そもそもの話として、レイとギルはこのような話を3年前に済ませていた。
8年前に兄が旅に出て、その5年後に両親が亡くなり、レイが一人暮らしをする事になったタイミングでだ。
「ちょっと待ってよ、その話前にもしたよね?」
「うん」
「しかもその時は私ここで1人で暮らすって言ったよ」
「うん。でも一緒に暮らしたい、俺、お前と」
「はぁ?」
3年前のあの時は確かにレイの一人暮らしを了承したというのに、頑なに一緒に暮らそうと誘ってくる兄を見てレイが苛立った声を上げる。
「ならお母さんとお父さんのお墓どうするの?」
大事な兄の誘いを断るレイにも理由があった。両親の墓、それがこの森にある。
その墓を守りたいというのがレイの何よりの願いで、だからこそ3年前、家を出て一緒に旅をしようと言った兄の願いを断ったのだ。
それを知っているくせに相談もなしに家まで買って、なんて身勝手な事を言うんだ、この兄は。
「2人の墓は移動させる。2人ともこの森が好きってだけで、墓とか死後の事は自由にして良いって言ってただろ。もし墓の移動が嫌ならこれから住む家にワープゲートでもなんでも置いて行き来できるようにすれば良い」
「そ、それは確かにそうだけど、ワープゲートの装置って高いよね。買えないよ。それにそもそもお兄ちゃん旅してるのに家なんて買っても意味なくない?定住するわけでもないのに…」
「いや俺、2、3年前くらいから定住はしてんだよね」
「は!?」
兄の言葉に驚きっぱなしのレイがまたもや大袈裟に声を上げる。
前から定住しているって、どこに?そんな話、手紙には書いていなかった。
いつも通り、旅をしているような話しか、書かれていなかったはずなのに。
「嘘書いてたの…?」
「えっ!?」
無意識に溢れたレイの言葉に、今度はギルが驚く番だった。
嘘、嘘といえば確かに嘘かもしれないけれど。
「ち、違う!違うから!いや確かに定住した事報告しなかったのは悪いと思ってんだけど、心配すると思って…」
「何が?嘘書かれる方がよっぽど心配するよ!嘘書くほどのことがあったって事じゃないの!?」
「いや、あの、ちがっ」
「なんの理由もなしに嘘つくわけないよね?何があったの?説明して」
「ひえっ」
妹の怒りを正確に理解したギルが肩を揺らして怯えあがる。
大きな体で小さな椅子にしがみつき瞳に涙を浮かべる姿を容赦なく睨みつけ、レイは「早く!」とさらに急かして見せた。
視線を右往左往させながら、おずおずとギルの口が開かれる。
「さ、3年前に、ドラゴン倒してさ」
「………は?」
───それはまさに、青天の霹靂。
「今はその…えっと、王都で、騎士団長、とか、やってたり、します…」
冷や汗だらだらで言葉を絞り出したギルに、レイはとうとう、言葉を失ったのだった。
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