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教室では、空いてる席が一つしかなかった事もあり、窓際の真ん中の席についた。
俺のすぐ傍というわけではなかったが、一番後ろの席の俺からは、如月を観察するには絶好の場所といえた。
教室移動の時は、一緒に行動、最初の時ほど怯えはなくなり、チラチラと俺の様子を伺うような仕草をみせるようになった。その仕草が妙に可愛いい。まだ慣れない事だらけの中で如月が困っているのを見るのも楽しかった。だが、俺がやってやると、小さな声で「ありがとう」と言う時の方が俺は気にいってしまった。
如月観察のお陰で、退屈な学校が、ちょっと楽しくなってきた。
授業が終わると、まるで何かから逃げるように誰よりも先に教室を出て行く。
学園の外まで如月を干渉するつもりのない俺は、帰っていく姿を見るだけで終わっていた。しかし、バイトに行く途中、公園の街灯の下ベンチに蹲る如月を見過ごす事は出来なかった。
側によって覗き込んでみれば、如月は教科書を広げ勉強をしていた。
「何をやっている?・・・」
「・・・・・・・」
呆けた顔で俺を見上げるが何も言わない。
組んだ腕を解いた俺の様子に、怯え頭を抱える如月が、幼い弟の凪とダブった。
蹲る如月の震える肩、背中が愛おしく感じる自分、自分にまだ怯えをみせる姿が歯痒かった。
黙って見ていると恐る恐る顔を上げる姿が、ハムスターのようで呆れてしまう。
「殴らないの?」
「誰が誰を殴るというんだ?」
「君が僕を・・・」
苛めてやりたくなった。
「殴ってほしかったのか?」
俺の言葉に慌てて首を横に振る姿が可笑しかった。こんな面白いおもちゃ、毎日眺めていたいと思った。
「嶽城が・・・笑ってる・・・」
俺は、涙をぬぐいながら
「俺が笑うのが不思議か?俺だって人間だ、笑いもする」
「嶽城・・・人間なんだ・・・」
俺が眉をピクリと動かしただけで、怯えをみせる。面白くなってきた。こんな気持ちは初めてだった。
「ほぉ~お前の中では俺は、人間じゃなかったんだ・・・」
俺は夜の顔で笑った。
そんな俺を、呆けて見ている如月に
「荷物を片付けろ!行くぞ!」
俺が荷物を片付けてる横でまだ呆けてる如月に
「何をやってんだ!早くしろよ!こんなとこでウロウロしてたら、補導されちまうぜ!」
いつの間にか素の俺がいた。学校での優等生の俺しか知らない如月が不思議なものを見るような目で見ている。そんな呆けた姿も可愛く、鑑賞の価値大だとは思ったが、こんな遅い時間では補導されかねない。そんな面倒はお断りだ。まだ、ベンチに座って動けないでいる如月の腕をつかみ立たせた俺は、さも当たり前のように腰に腕を回し歩き出す。
腰に回された腕が相当気になるらしく
「どこに行くの?どこに僕を連れて行くの?」
おどおどと何度も同じ質問を繰り返す。
「うるせえな!黙ってろ!」
それだけいうと、もっと腰を引き寄せた。
「あの・・・この腕・・・は」
「黙れ!何もいうな!黙ってついて来い、いいな!」
あまりの煩さに見下ろし言うと、あわてて首を縦に振っている。
公園の出口で「お前はここで待ってろ!いいな、動くなよ!俺は車を捕まえてくるから。いいな、動くなよ!知らない男にもついて行くな!いいな!」
それだけを言って、大通りに走った。
走りながら、さっきまでの如月の様子を思い出し、ニヤニヤとしてしまってる。不思議な気分だった。
大通りでタクシーを捕まえ、公園の入口が見え始めたころ如月の悲痛な叫び声が聞こえた。
タクシーを飛び降り、如月を抱きしめた。昔の記憶がフラッシュバックする。泣き叫ぶのが凪なのか如月なのか解らなくなっていた。
ただ、大丈夫だからと繰り返し言い続けながら、抱きしめる他俺には何も出来ない。
ずっしりと重みを感じた。如月のぐったりとした身体を抱き上げタクシーでバイト先であるシャドウに向かった。
タクシーからオーナーである木島に前もって連絡をしていたせいか、店の前で待っていてくれていた。
店の控え室のソファーに横たわる如月、凪に抱く思いに近い愛おしい気持ちになっている。でも、如月は凪ではない。凪にしてあげられなかった事を如月にしたいという、そんな気持ちでもない。ただ、愛おしい・・・。
穏やかな寝息を確かめ、俺はカウンターに入った。
俺の姿に気づいた同僚のアキラさんに、意味深な笑いをされたが無視を決め込んだ。
2時間程たった頃、控え室への扉が少し開き如月が、不思議そうに店を覗いていた。
「如月、こっちだ。そんなところにいないでこいよ」
俺の声に気づいた如月は、すごすごとカウンターに入ってきた。
「ここ、どこ?」
「俺のバイト先。そこの椅子に座ってろ」
キョロキョロとカウンターの中を見渡し、隅に置いてあった椅子に腰掛け俺を凝視している。
落ち着かない。あんな風に真っ直ぐ見られると。
「君、名前は?僕はアキラ。仁の恋人?」
カウンター越しに小さな声で聞いてくるアキラさんの質問に顔を真っ赤にしどろもどろな如月が可哀想になり。
「如月、奥に行ってろ!勉強途中だろ?それでもしてろ。後で送って行ってやるから」
大人しく頷き、奥の部屋に消えていった。
「アキラさん、余計な事言わないでください。」
「なんだ、まだなんだ!」
「アキラさんと一緒にしないでください。彼はただの同級生です。」
「ふぅ~~ん、そういう事にしておくかな」
それだけ言って、カウンターを離れていった。
何度か如月の様子を覗きに行ったが、俺が入ってきた事にも気づかないほど、教科書とにらめっこをしていた。
落ち着かない俺にオーナーは、
「仁、今日は帰っていいぞ!鬱陶しい!」
厳しい言葉の割りに、にやけた顔だ。その大人の余裕を憎らしく思ってしまう。
だが、今日は反抗せずありがたく帰らせてもらうことにした。オーナーや同僚に軽く会釈をして控え室に退散した。
「如月、帰るぞ。片付けろ。」
「えっ!もう終わったの?」
「オーナーの許可貰ったからな。片付けろよ。」
俺の顔をぽかんと見たまま、動かない。
「早く手を動かせ!」
「はっはい!」
机の上を片付けてる姿を確認し、自分も着替えるために隅のロッカーから置きっぱなしだった服に着替えた。
如月を家に送って行ったのはいいが、玄関の前で佇んでる姿にため息が漏れる。
「何をやってる?入らないのか?」
「だって、こんな遅い時間・・・・」
俺を見上げる表情は、あからさまな怯えだった。
「仕方ないな、俺も一緒に謝ってやるよ。俺が誘ったんだし、まぁ~貸は付けとくけどな。」
「ありがとう」
安堵したせいなのか、俺に見せた笑顔の中で、ドキッとする笑顔だった。
二人でおれの家でテスト勉強をしていたと嘘の言い訳を信じてもらうことができ、さらに明日からも一緒にすることの許可も取り付ける事ができた。俺が、話をつける間、立ち代り入れ替わり子供達が俺達、否、俺を見に来るし、如月は俺の後ろで小さくなっている。相槌を求められた時だけ、ひょこっと顔を出し、頷くのみ。すこしばかり呆れてしまった。
優等生らしく挨拶をし帰宅した。帰り際の如月の様子が少し気にはなったが、明日があるかと家に向かった。
何故か、公園で俺の腕の中でぐったりとした如月の重みがまだ残っている気がして、なかなか眠れないまま朝を迎えた。