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ピンクの花びらが頬をくすぐる。ベンチでうつらうつらと、また昔の記憶が蘇っていた。
退屈な病院よりいくらかはマシだなと・・・重い足取りでまだ、人影のない校舎に向かった。
階段を2階から3階に上がりかけて、はぁ~と大きなため息とともに引き返す。3階は2年生の教室、そして俺はもう一度1年と・・・・『何組だったっけなぁ~』と、ぶらぶらと廊下を歩いてみる。
そんな俺を呼ぶ声、振り返れば俺の苦手な男・生徒指導の時任 明久が、にこやかに手を振りながら近づいてくる。
「嶽城君、やっと復帰だね。今度はもっと上手くやらないといけないよ」と。
おいおい教師たるものが、無免許で事故をおこした生徒にそれかよ、頭を抱えたくなる。
「嶽城君にお願いがあるんだけどね….君の人柄を信じて」
はぁーなんだこの男は、だから、何度も言うようだが、俺は無免許で、…..もうやめよう。
脱力しながら、
「あなたに信じてもらえるような人柄だとは、本人さえも気づいてなくて。俺は、何を頼まれるのでしょうか?」
あまり、表情を出すのが苦手な俺だが、多分かなり慇懃無礼な態度だったと思う。
そんな俺を、にっこりと笑顔で交わし、
「今度転入してくる男の子を見守ってあげてほしいんだよ。君にならきっと…..」
語尾を珍しく視線をそらし、濁らした。珍しいこともあるものだ。
俺の返事を聞く前に、時任の携帯が鳴り出し、軽く手を上げ去っていった。
取り残された俺は、
時任の言葉を思い返していた。
『男の子….見守る…..どういうことだ….編入してくるんだから、高校生だろう….なのに男の子と言ったよなぁ』
疑問符だらけだ。
時任と話をしてからもうひと月以上になる。
だが、何もない。
からかわれたのだろうか。
学校では真面目な優等生で通してきた半年、たった一度のバイク事故で周りの見る目が変わっていった。
今は、ひとつ上の先輩になるのだが、一年前は机を並べて勉強したクラスメート。
仲の良かった友達などいなかったが、優等生であった俺を恐れるような眼差しは見せなかったのに・・・と、自分が情けなくなる。
もちろん、今も成績の方はトップを維持している。当然である、二度目なのだから・・・・。
昼の顔と夜の顔を使い分けてる俺としては、昼が退屈で仕方ない。
そんな時、時任の言っていた、男の子のことがフッと思い出され、楽しみになってきている。
6月の半ば、俺は校長室に呼ばれた。
部屋には、校長のほかに時任もいた。男の子が来たんだなと、内心にんまりと楽しみを見つけた子供になっていた。
「失礼します。」
「嶽城君、ごめんね。この前に話しておいた件なんだけど・・・」
にこやかに話し始めたわりに、語尾が消えていく。
「まだ、転入手続きが済んでないんだ。ごめんね。」
子供みたいに顔の前で、両手を合わせ拝んでみせる時任に
「そうですか。俺のほうは、かまいませんが・・・」
「う~ん、早くしないと中間に間に合わないでしょ・・・」
と、一人思い悩んでいる時任に呆れた顔で、校長が
「明久、仕方ないだろう。まだ精神的に無理なんだろうから」
「兄さんに言われなくても解ってます」
拗ねて反論する時任、優しく見ている校長。二人は腹違いの兄弟である。
そんな一幕から2日後、また俺は校長室に呼ばれた。
この間と違っていたのは、校長と時任の他に、もう一人少年がいたことだ。
まるで、魂が無いような、今にも消えてしまいそうな少年。
「嶽城君、この子をお願いするね。名前は、如月静君だ。仲良くしてやってくださいね」
時任が、その少年の肩をぽんと叩きながら、俺に少年を紹介する。
如月が俺のほうに視線を合わせたとき、スーと身体に魂が戻ったような感じだった。
俺と視線を合わせたときの如月の態度が気に入らない。
あからさまな怯えだった。
今日初めて顔を合わした相手にあんなふうに怯えられては、ちょっと苛めてやろうかな~と、心の隅に思っても不思議ではないだろう。