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砂時計  作者: YUKI
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シーツに包まれた弟を抱えた姿は、どうみても怪しげで、乗車拒否されるかもと、不安で目の前に止まったタクシーに駆け寄ると慌てて運転手に

「弟が具合悪いんです母の所に連れて行きたいんです。お願いです。お金はちゃんと持ってます。」

俺にしては、迫真の演技だったと思う。

運転手は、ビックリして

「早く乗りなさい!何処なんだ!」

と、車の中に迎え入れてくれた。

タクシーはマンション群を抜け、一戸建ての立ち並ぶ住宅街に入って行った。

「すみません、その先の外灯の側の家に、お願いします」

運転手に告げた俺は、腕の中で眠る弟の吐く息の荒さと熱っぽい体に不安で、病院に連れて行くべきだったかと、後悔していた。

指示した家の前に車がそっと止まった。

ドアが開き、俺はそっと弟を座席に横たえようとしたが、弟の手がしっかりと俺の服を握り締めている。

俺の困った様子に運転手は、

「そのままで」

と、俺を制し、運転席から降りた運転手は、俺の代わりにドアホンに話かけている。

俺は、突然押し掛けてきた俺たちを、母は迎え入れてくれるのか、瞼を閉じ、腕の中の弟を抱きしめ待つしかなかった。

運転手が俺の肩を叩き、泣きそうな俺に

「大丈夫だから」

と、笑ってくれた。

その時、勢いよく家のドアが開き、懐かしい女性と体の大きな男性が飛び出してきた。

女性はタクシーの運転手に何度も何度も頭を下げ、お礼を言っている。

俺たちに手を差しのべてくれたのは、大きな男性だった。

タクシーの中で動けずにいる俺たちに、

「大丈夫かい?さぁ、おいで」

と、俺の横の座席に腰を降ろし、腕を伸ばしてくれる。

俺は、その優しい言葉に、促され遥かに大きな腕の中に弟を預けた。

大きな腕は、弟だけでなく俺までも暖かく包んでくれた。泣き出した俺が泣き止むのを、優しく見守ってくれる人たち、大丈夫だと囁いてくれる言葉が、どれだけ俺を安心させてくれたことか。

男性は、少し落ち着いてきた俺に

「この子を寝かせてあげようね」

と、俺の背を擦りながら言う。

俺も『うん』と、うなずいた。子供らしく。

やっと、車から出てきた俺たちに、運転手は嫌な顔を見せず、俺に

「よく我慢したな」と笑ってくれた。

走り去って行くタクシーに深く頭を下げた。そんな俺を、母は優しく抱きしめてくれ、「ごめんね」と、泣いていた。

弟を抱き抱え、先にベッドに運んでくれた男性は、母の新しい旦那さんだった。

父とは正反対の、大きくて、笑顔の似合う人。母は幸せなんだなぁと感じ、弟を任せても大丈夫だと確信した。

「仁、貴方は大丈夫?何処も怪我してない」

俺の名を呼ぶ、忘れかけていた母の声。

「俺は大丈夫だ」

母はホッと安心して微笑みをみせる。

「大きくなったのね」

俺は母が小さくなったなと思った。

ドアが開いて、入ってきた男性は

「熱は大したことないよ。きっと明日には下がってくるよ」

と、俺に安心していいよと笑顔を見せてくれる。

男性はリビングにいる俺に向かい合い

「仁君、はじめまして、九条忠敏だ。君もゆっくり休みなさい。後の事は、明日考えよう」

でも、俺は首を横に振った。

「俺、帰ります。あんな父でも心配ですから」

俺たちが出て来る時の父の様子も気になった。

少し、考えた九条さんは

「うん、解った。俺も一緒に行こう」

と、言ってくれた。

その言葉は嬉しかったが、これは俺がしなければいけない事だと思った。

だから、首を横に振った。

「一人で帰ります。九条さんには、弟をお願いします」

でも、九条さんは

「駄目だ。一人で行かせる訳にはいかない」

強情な二人の睨み合いに

母が

「私があの人の様子を見に」

その言葉に、俺たち二人は、同時に

「駄目だ!」

と、叫んでいた。

二人の重なった大きな声にも動じる事なく、母は

「じゃー二人で行って来なさい。凪の側には私がついてます」

と、笑顔で言われる。

俺も九条さんも、その笑顔に何故か逆らえず二人で家を出た。

九条さんが運転する車で、逃げてきた道を戻って行く。

父が普段と変わりなく酔いつぶれて寝ている事を、俺は願うが、胸騒ぎが止まらなかった。

家が見えてきた。

 父の部屋の窓にうっすらと明かりが見える。父は寝るときも頭もとの電気をつけて寝るから、その明かりが普段と変わりないんだよと示してくれてるように思えた。

家の前に止まった車から急いで家に飛び込んだ。父の部屋の前で戸袋に手を添えたが、開ける事ができなかった。静か過ぎる部屋に体がすくんでしまって。

俺の背に九条さんの温もりを感じる。まるで守ってくれているような感じだ。

そっと、戸袋を開けた。畳には布団は敷かれていなかった。父は何処に…。

視線を上げた先には、梁からゆらゆらとぶら下がる、変わり果てた父の姿があった。

抱きしめられる腕の中で、脳裏に焼きついた光景を凝視していた。そして、何もかも終わったんだと思った。緊張の糸が切れ、眼を覚ました時俺は、病院のベットにいた。

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