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久しぶりの学園、いつもは生徒達で溢れる校庭も、早い時間にはゴーストタウンのように静かだ。
心地よい風がピンクの花びらを舞い上げている。
父が自殺をして、弟と二人、母の再婚相手の家に引き取られ、この学校に通うようになり、この風景を何度見ただろう。
たくさんの桜の木の中、校庭の奥、いつの間にか俺の指定席になったベンチ、幸せを感じながらも昔の苦い思いを繰り返し思い出している。
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俺には5つ下の弟がいた。俺と違って母親に似て目のくっきりした愛らしい顔をしていた。俺は父親に似て、冷たい顔だとよく言われていた。
要するに愛嬌のある弟と無愛想な兄って感じだ。
誰にでも笑顔を向ける弟が可愛いかったし、反面羨ましくもあった。
いつ頃からだっただろうか…無愛想で無口だった父が、お酒を呑んで帰っては、弟に喚きながら暴力を振るうようになったのは。
最初の頃は、一度殴れば小さな体は部屋の隅に飛んでゆく。
気を失って横たわる弟を見て、また、酒を呑む。
俺は、小さい体でもっと小さい体を抱き上げ、ベッドで抱きしめ眠るという毎日を繰り返していた。
でも、弟は段々暴力に慣れて、気を失わなくなって、父の暴力は加速していった。
俺が、止めに入っても、壁にはね飛ばされる。敵うはずがない。蹲り、弟の泣き声と父の喚き声に耳を塞ぎ泣いているしかなかった。
早く気を失ってくれと心で叫びながら…。
学年が上がるにつれ、家には夜遅く帰るようになり、朝は早く家を出るようにした。逃げていた。父からも弟からも。
同じ家にいながら顔を合わす事がほとんどなくなっていた。
そして、久しぶりに早く家に帰ってきた俺が見たのは、父の暴行を受け、泣き叫び、涙でグシャグシャの顔で、父に許しを請う弟の姿だった。
俺は父を殴っていた。
床に無様にひっくり返った父は不思議そうに俺を見ていた。さっきまでの獣のような様相は微塵もなく、哀れなほど情けない姿。そんな父を見ている事が辛くなり、弟を、シーツにくるみ抱き上げ、家を飛び出した。
弟一人に父を押し付け、気付かない振りをし、目を背けていた事を必死で謝りながら走った。弟をゆっくりと休ませられる所に、それだけを考え、頭に浮かんだのは、悔しい事に、俺たちを捨てて出て行った母親しか思いつかなかった。