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第九話 やがて一人は二人になる



 パイプを天高く振りかぶり、一切の躊躇なしに奴の頭部へと振り下ろす。頭と体が分かれても問題なく動けるのであれば、二度と動かなくなるよう粉々にするまでだ。プラモデルを作るみたいに簡単にくっつかないように、割れた箇所をさらに細かく。念入りに


「はあああ!!」


 あまりの勢いに踊り場の床も凹んでしまったが、どうせここは鏡の中。気にした所でバレることもない。存分に、今までの恨みと鬱憤を晴らすように、三度、四度と重ねて破砕する。

 とはいえ、ただ頭部だけを破壊するだけではこいつは止まらない。顔が取れてもなお私を襲うためか、人体模型の頭部は四肢を支えに体を起こそうとしている。


「やらせないッ!!」


 だから、次は模型が体を起こせないようにその右腕を殴り飛ばす。構造上脆い関節部を狙ってパイプを一薙ぎするだけで、女の力でも驚くほど簡単に分離させられる。

 肩ごと腕を外し、それでもなお動こうとするので今度は右足を飛ばす。こちらも同じく簡単にくっつかないよう関節をわけて粉々に。


「頭を外し、右の四肢は両方外した。これでもなお、私を襲おうとするの」


 声はない。代わりに、胴体右側面を床に擦り続ける音でこいつは私に意思表示をした。まだ諦めてない、と。


「そっか、じゃあ仕方ない」


 奴の背。中身のない空洞の模型を片足に乗せた体重で押さえつけ、真上から背骨を狙い澄まし、構える。


「胴体を貫いてとどめを刺す、ただの人形にトドメというのもおかしな話だけど。これでも動くようなら、その時は……どうしようか?」


 一突き。背骨を抜けてみぞおち付近からパイプは貫通し、人体模型は痙攣に似た微動をした後完全に沈黙する。たまたまこいつの急所を狙えたためか、それとも胴体に本体があったのか。それはわからないが、引き抜いてなお動きを見せないところを見るに決着はついた。私の勝ちだ。


「うぅ、手がジンジンする。やっぱり教材用だけあって壊れにくい素材でできてるんだ。手が痛くて仕方ない」


 ひらひらと軽く手のひらを払い、足元に散らばった残骸を邪魔にならぬよう隅の方にかき集める。特に私の身長の一.五倍はある胴体の部分が邪魔くさい上に動かしづらい。念には念を入れてパイプで突くようにして隅に追いやっているが、これがなかなか力のいる作業なのだ。


「はぁ、はぁ、ふぅ。これでよし。これで鏡も通りやすくなった――ん?」


 ふと、積み重なった残骸の隅の方で謎の黄色い発光を目視した。

 模型の中に黄色いパーツはなかったはずだと、興味本位に発光体へと近づいてみると、そこにあったのはキラキラと光る親指程度の大きさの石。それも、中に生き物のようなものが確認できる不思議な石だった。


琥珀(・・)だ。しかもこれ、小さな虫の入った高い方の琥珀! 凄い、初めて見た」


 英名でアンバーとも呼ぶ、木の樹液が長い時間を掛けて硬化した宝石。オレンジや黄色に近いその色は、その名も琥珀色と固有の名前がつけられるほどに独特で美しい色を持つ。さらに今回私の見つけた虫の死骸などが入ったものは、歴史的価値などから通常の物より高い値がつけられる。

 これぞまさしく掘り出し物。なぜこれを模型が持っていたのかはわからないが、きっと何かの拍子に教材の一つが挟まりでもしたのだろう。


「そういえば、ネルさんの言ってた三人の学生さんの一人が、異能石は琥珀って言ってたな。能力発動のたびに石を一つ使うようだし、沢山あって困ることはないでしょう。これなら話を聞く手間賃代わりにきっと喜んでもらえるはず」


 今ここで琥珀が私に反応するか試してみたい気もするが、万が一それで貴重な石を一つ消費してしまってはもったいない。力を取るか、それとも情報を取るか。今回は試さずに交渉材料として保管することにする。


 思わぬ成果物に頬を緩ませ琥珀をポケットに収納し、私は大きな姿身鏡の前に立つ。

 もう一度確認してみるが、鏡の中にあるバッグと携帯は私のもので間違いない。逆さまになった数字も見間違いなどではなかったし、確実にここは、鏡の中の世界である。


「さて、どうしようかね。鏡の中ということは、ここはつまり現実ではない異空間。空間が安定しているうちに向こうの世界に戻りたいんだけども」


 こういうとき、アニメや漫画だと選択肢は二つ。一つは、入ってきた鏡にもう一度触れることであちらの世界に戻れるというもの。

 もう一つは、何処かにある出口を目指して鏡の中の世界を探索すること。大体の場合、この二つのどちらかで元の世界に帰れることが多い。


「できれば前者であってほしいなぁ。そう上手くいくとは、思えないけど」


 しかし、残念ながらこれは現実。親切なゲームの世界とは違いご丁寧に脱出経路を置いているとも限らない。

 私が考えうる限り最悪な展開は、この鏡の力がすでに動かなくなった人体模型の能力だった時。この空間から出られないのは当然として、いつこの空間が消えるかわからないのだ。

 空間の消滅=その中にいる私自身の消滅ということも、十分に考えられる。


「はぁ、勘弁してよ人体模型さ……ん?」




 <●> <●>・・・



「――あ、あらぁ。こ、これはまた……大家族さん、で」


 鏡に向けていた視線を、ふと倒した人体模型へと戻した時。私の瞳はが階段の上へと吸い寄せられた。


 そこにはなんと、先ほど倒したはずの人体模型がずらりと数十体。団体様でこちらを見つめていた。ご丁寧にそれぞれ微妙に体格や身長が違う奴ら。

 おまけに、増援はそれだけにとどまらない。人体模型の迫力に押され鏡側に後退した私の背に、嫌な思い出満載の軽やかな音が響く。


「はっ、も、もう一人追加、ですねぇ~……は、ははは」


 立派なカツラを付けた模型が一体、鏡を通じて私の背後に陣取っている。


「ッッ!!」


 パイプを握りしめ、されど先ほどのように果敢に戦うようなことはせず。窓から刺す光のみを唯一の光源として化け物のいない下の階へ全力で逃走を開始する。

 一体だけなら何とかなったとしても、五体も六体も相手にしてられないよッ!!

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