第六話 一つ屋根の下彼女らは集う
「お気に召していただけましたか? 渋みが強いようでしたらこちらにミルクと砂糖も」
「ありがとうございます、とても美味しいです。……それ、便利な能力ですね」
人知を超えた力をもって作られたコーヒーを一口。はっきりと感じるコーヒーの風味が心に癒しを与えてくれる。
とても美味しい、美味しいが。一度見せたからってわざわざカップを持ちあげることに砂を使わなくても。
「もしや私と話している間も、能力で砂を混ぜてたりしたんですか?」
「えぇ。いくら高温に熱していても、空気に触れている部分は少しづつ冷めていきますから。こうやって、適度に砂を混ぜて温度を一定に保っています」
ふむ。小鍋の下の土が蛇が這うように動いているのでもしやと思ったが、やはりこの砂も彼女の生成物であった。確か彼女の話では、この砂はどんなものでも吸収してしまう砂という話だったな。
「ん? ネルさん、この砂って水や熱を吸い取るんですよね?」
「はい」
「じゃあこの砂、なんでこんなにアチアチになっているんです? せっかく温まったコーヒーも冷たくなるのでは?」
にやり、と。ネルさんは喜びを全面的にさらけ出した笑顔(といっても、全体的には無表情に近いが)を作り、私に能力の説明をしてくれる。
「実はこれ、外で火を焚いた時に消火器の代わりに使った砂なのです。一度に吸い取れるエネルギーには上限がありまして、エネルギーが多ければ多いほど必要になる砂も増えます。だからもう、この砂が熱を吸い取ることはありません」
「その時に吸い取った熱が、今もこの砂の中に残っている、と?」
「そうなります」
見た目には万能そうに見えるこの力も、意外と現実の制約に縛られているのか。彼女の説明を聞いて思ったのは、そんなところだ。手のひらでころころと小石を転がし、自慢げに微笑む彼女は可愛らしい。
小石、異能石という謎の多い石。能力と密接に関係しているらしいが、見た目は本当にどこにでもある石そのもの。特別な物には見えない。
「異能石、でしたっけ。能力についてはなんとなく理解しましたが、それとこの石がどう関係するのですか? ぱっと見、力を使うだけなら石なんてなくてもよさそうですけど」
「この力を使うには、前提として自分に合った異能石を一つ消費する必要があります。異能石一つにつき一回、使用後は粉々になって再利用はできません。幸い私の異能石は、手軽に手に入るので日常生活にも使用できていますが、物によっては能力の使用をためらうものもあるでしょう」
火を燃やすときに使う石炭みたいなものか。それも、個人によって入手難易度が変わる面倒くさい石。
「ほんとうに、その辺に転がってる石でもいいんですね。異能石に向いてるものとそうでないものとか、大きさや純度みたいなものも関係なく?」
「なにぶん私の異能石は気軽に手に入る物なので、その辺の事は分かりかねます。ただ大きさ、純度、人工のものか否かなどで多少出力は変わるようですよ。人づてに聞いたことですが」
「人づて?」
人づて。ネルさんはそう言った。ということはつまりこの学校には、私とネルさん以外にも閉じ込められた人がいるということか? 彼女との会話の中で、無意識のうちに仲間は私とネルさんだけだと思ってしまっていたが。
「ネルさん、もしや私達以外にも閉じ込められた人を知っていますか? 人伝にってことは、ネルさんもこの話を誰かとしていたのですよね?」
「私が知る限り、この学校に閉じ込められており、かつ異能石について知っている者は三人います」
「三人も!?」
せいぜい一人か二人程度に考えていたところに、彼女は自らの知る三人の情報を提示してくれた。
「一人目は、“黒曜石”の異能石を持つ『九条 漆瀬』さん。夜の校舎ではあまり目立ちませんが、黒紫の髪に紫の瞳を持ち、日に焼けた肌を持つ人物です」
黒髪に日焼け肌。確かに暗がりでは目立たないような特徴だけど、探すとなったら比較的探しやすい特徴の持ち主らしい。名前から感じる印象は、ちょっと男性的?
「二人目は、“琥珀”の異能石を持つ『蜂頼 明音』さん。その名の通り琥珀色の綺麗な髪と瞳が特徴です。悪い人ではないのですが、彼女はその……少し、個性的です」
琥珀という宝石にふさわしい黄色髪の人。この人は夜の校舎内でも目立って見つけやすいかもしれない。名前の印象も優しそうだし、最初にお話を聞くならぜひその人に――ちょっと待って。あの優しいネルさんが、言葉を濁した……?
「三人目は、“黄金”の異能石を持つ『東雲 狗金』さん。赤茶色の髪と瞳が特徴的で、同い年とは思えない肉体美を持つ女性です。もし他の方と会おうと思うのでしたら、まずはこの人をお勧めします」
黄金。黒曜石に琥珀と来て、最後に宝石の中でも最上級の物が来てしまった。石の価値からして少し近寄りがたい印象を感じてしまったが、ネルさんがおすすめだというのならきっと優しい人なのだろう。
「おすすめ? へぇ、ネルさんから見ても好意的な方ですか。きっと素敵な人なのですね」
「はい。紅京さんにはぜひともこの方とお会いしていただきたく思います。……そして、私と同じ気持ちを味わってほしい」
「? 最後、何かいいました?」
「いえなにも。 ズズッ……っ!? あちゅい」
でも確かに今、ネルさんはぼそぼそと小さい声で何か言っていたような?
「(誤魔化そうとして舌やけどしてるし、怪しい……。可愛いけど)」
「んんっ、少し取り乱しました。では、次の四人目なのですが――」
「――四人?」
「!!」
もしや聞き間違いをしてしまったのかと、無意識的に聞き返した私の言葉で、ネルさんはさっきの比ではないくらいに取り乱す。目は驚いたように見開き、背中が一度大きく跳ね上がった。極めつけは、彼女の持つカップが尋常ではないほどに揺れている。
「あれ、もしかして私、聞き間違えました? 確かネルさん最初、三人っておっしゃっていたような気が」
「い、いえ。紅京さんの数で合っていますよ。申し訳ありません、眠気からか少々思考が鈍っておりました」
私のと違って、砂糖もミルクも使っていないカフェイン百パーセントのブラックコーヒー。それを飲んでいて、眠気?
「! も、もしや私がお邪魔しているせいでしょうか!? ご、ごめんなさい! いつもなら別のことをしているか眠っているお時間ですよね」
「き、気にしないでください。えーと……あ、そ、そうです。四人目と言ったのはですね、先に話したお三方からの情報にあったのですよ。これまで話した人物のいずれとも合致しない、謎の人影の情報が」
謎の人影。ひょっとしたらそれも、私と同じように最近になって閉じ込められた人だろうか。さっき私が遭遇した人体模型のように、人の形をしたお化けの可能性もなくはないが。
……それにしても、馬鹿か私は。普段通りの日常を邪魔しているという前提を忘れ、私は一体何様のつもりで彼女に物申していたのか。振り返ってみるとこれまでの会話の中で、かなり失礼な態度をいくつも取っていたようにも思う。反省。
「確か、白い髪の人物と、薄金色の髪の人物の二人です。彼女たちに関わりがあるかどうかまではわかりませんが、人柄が判明するまでは警戒はしておいた方がよいでしょうね」
「白に、薄金か。こうして聞くと、学校から出られなくなっているのは女性ばかりのようですね。そこにも何かしらの理由があるのでしょうか」
「おそらくは」
ネルさんから貴重な情報を頂けたし、美味しいコーヒーも飲ませてもらった。このご恩に報いるためにも、私は私でできることを探してみよう。まずは、他の生徒に接触するところから。
時間は、もうすぐ深夜に差し掛かる。