第五十七話 親愛なる放浪の旅路へ
「……意外と、毒の周りは早かったようですね」
―― 殴りつけた私の腕が、宝石のように脆く砕け散った ――
「なっ!」
「桜石のデメリット。それは、使えば使うほど自身の肉体が異能石化してしまうこと。体に刻まれた桜の刻印は、肉体を作り変える際に出る目印なのです。残念でしたね、もう少し早ければ私を倒せたかもしれないのに」
「くそっ! だったら足で」
――パリン
悲しくなるほどに軽快な音を奏で、膝から下半分が粉々に砕け散る。片足を失い、舞い散る桜石の上に倒れる私を、奴は仮面越しに見下げる。
「異能石。こちらの世界では選定石とも呼ばれるもの。いくら異世界広しといえど、全員が私たちの世界で生きれるわけではありません。その石は、こちらの世界で人類が当たり前に持つ能力の適性を図るもの。そしてこれが、この殺し合いの世界に通じる片道切符。つまりあなた達は、石に認められた時点で運命を決められていたのですよ」
「ふざっ……けるな! 誰が……お前の、望み通りに、なんか!」
失った手足がとてつもなく痛い。血が出ないのはおそらく体の石化がすでに手遅れなほど進行しているからだろう。
桜の下で拾った日記帳。同じ場所に大量にあった桜石は、あの場で死んだ前桜石の能力者。その死体があった場所。
このデメリットを知ってなお、私は使うことを決意した。そうだ、もっと早くに、決着をつけていれば!!
「さて、そろそろいい頃合いでしょう。今回の十二人……いえ、一人は部外者なので十一人ですか。君以外の人間はすでにあちらの世界にいます。ご安心ください、痛いのは一瞬です。次に目覚めた時貴女が目にするのは、それはもう透き通るような世界のはずですから」
奴はそう語り、私に指先を差し向ける。初めにクロロアさんを撃った、あの構えだ
「“月光”、それと“鋭利化”に“抑制”どれも素晴らしい能力です。彼女らをあちらに送ったのはもう何百年と前ですが、念のため異能石を手元に残しておいて正解でした。それでは紅京さん、良い旅を」
――指先が青白く光り出し、着々と最後の時が近づくのを、私はただ黙って待った。
「(レイダさん……ユーさん……)」
手足は動かず、下手に動けば破損を増やす。私にできることといえば、ただ静かにこれまで出会った彼女らに謝罪の言葉を贈ることのみ。
「(レーゼさん……クガネさん……)」
せめて彼女らの分だけでも、こいつに一泡吹かせてやりたかった。けれどもう、それも叶わぬ話。
「(九条さん……明音さん……)」
彼女たちはもう、あちらの世界に行ったのであろうか。例えこいつに殺されなくても、もう自分の寿命が短いことはわかっている。ちゃっちゃと向こうの世界に行って、彼女たちを探すことにしよう。
でも……どうやって
「クロ……ロアさん」
……あぁ、そっか。何も変わらないんだ。あっちの世界に行ったら、能力を使って戦えばいい。もし同じ力を使う人がいたら、それが、きっと、みんなの――――
――ガシッ
「……?」
「――おっと、まだ行かれてませんでしたか
黎々明さん」
「生憎と、私はとても執念深いものでして」
「クロロア……」
男の頭部を掴み、絶え絶えの呼吸を必死に整えようとする血まみれの人影。初めに胸を貫かれて脱落したと思われたクロロアが、ボロボロの姿で立っていた。
「この手をお放しいただけますか? 結構整えるのに時間がかかるのですよ?」
「……えぇ、放しますとも。ですがその前に、私の異能石を知りませんか? 貴女の世界でいう所の、磁力を操る鉄の選定石を」
……まだ、何かする気なのだろうか。撃たれた胸部はもとより、口からも大量の血液を吐いている現状。もう、手の施しようはないはずなのに。
「何をしようというのです? 残念ですが私の仮面や服は貴女方のつけている仮面と同じ強度。破壊することなどできませんよ」
「はぁ……はぁ……ふ、ふふ……貴女も人が悪い。ここにあるではありませんか、鉄が」
「なんですって? ――ガッ!!?」
次の瞬間、そいつは苦し気に自身の首を掴み地面の上をのたうち回った。何か物理的な痛みというより、毒を食らったような感じだ。
「まさかッ貴様!!」
「――ええ、ありがたく頂戴いたしました。貴女の体に存在する鉄分。そのすべてを」
呼吸もままならない傷ついた肺を精一杯動かし、彼女はそう言い放ち
「はぁっはぁっはぁっはっぁっ!!? ――グハッ!!?」
「――異能石は、使えば消滅するのです」
最後の最後に作り出した刃物でもって、奴の背中を一突きにした。
「そん……な……バ……かな。わたしが、死ぬ……なんて……」
僅かに手足を痙攣させ、なんとも静かに奴は息を引き取った。殺しかけた私よりも先に逝った奴の姿に、もはやなんの感慨も浮かばない。ただただ目の前の現実を認識しただけだった。
カラン……ドサリッ!!
対照的なその音が、聞こえてくるまでは。
「……クロロアさん」
「はぁ、はぁ。なんとか、一矢報いることが、できましたね」
「……そうですね」
「ですが、私も貴女も致命傷のようです。最後に奴の思い通りになってしまうのは、複雑な気分ですね」
「……クロロアさん。貴女と戦う約束、果たせそうにないです。せっかくそいつを、倒してもらったのに……」
「気にすることはありませんよ。戦うことこそできませんでしたが、しっかりとこの目で、貴女の力をみることができましたから」
「……そうですか」
……
「……クロロアさん、あっちの世界は、どんなところなんでしょうね」
……
「……クロロアさん?」
……
「……ふふっ、最後まで自分勝手ですね。ほんと……クロロアさん……らしい……や……――――――」
♢
「――っは」
しまった、いつの間に寝ちまってたんだ私は。
「おーい桜花! 生きてるなら返事しろよな!」
「んあ? 私がなんだってー?」
荷馬車の上で昼寝する私を、下にいる奴らが呼ぶ。そうだ、確か私は、クエリアから外に出てこいつらの旅に同行してて……
「……なんか、すげぇ大事なもんだったような気がするなぁ」
「どうかしたの? 桜花さん」
「……なんでもねぇよココ! それより次の街にはまだ着かないのかよー!!」
「いくらなんでも早すぎるだろう」
さっき見た夢が何だったのか、もう内容すら浮かんでこねぇ。けどまぁそのうち出会うだろうさ。
私のお眼鏡に叶う能力者ってやつに!
~ fin ~




