第五十六話 現実と異世界
「――これはこれは、仮面舞踏会の生き残りがお二人もいらっしゃるとは」
灯火一つない階段を駆け下りたその先に、そいつはいた。
「貴女の課したルールでは不満がありましてねぇ。参加者を代表して我々が来た次第」
「お前が、私達をこんなことに巻き込んだのか!」
現代にしては珍しく、機械類や液晶の類など何一つない殺風景な部屋。そこに佇むそいつは、黒いスーツに短い黒髪を切りそろえ、白い仮面をつけている。まるで驚いたような言葉とは裏腹に、まったく感情が読み取れない。
「ええ、貴女様のご推察通り。私がここにあなた方を閉じ込め、殺し合わせました」
「ッ!! 貴様ァーーーー!!」
「待ちなさい! まずは話を聞いた後に――」
――瞬間、飛び出した私の横を過ぎ去る、一筋の閃光。
桜石ひとつを消費したことで常人の数倍の力を持った私の肉体。目で見て反応することはできても、対処するにはあまりにも後れを取りすぎていた。
「――クハッ」
射線上に存在したクロロアの体を貫き、瞬く間に背後の闇に消える。この間、僅か0.1秒。左胸を貫かれた彼女は、表情を驚愕に染め次の瞬間には視界を床で覆い尽くす。
ドサリという重い音が、あまりにも長く、遅く、感じた。
「クロロア……さん?」
「別に、どちらからでも良かったのですがね。貴女が彼女の気を引いてくれたおかげで、あっさりとあちらにお送りできました。感謝申し上げます」
――ギリッ
「……なんで、こんなことをするんですか。こんなことをして、何になるっていうんですか!? ただの学生を殺し合わせることが、そんなに面白いですか!??」
「面白い? いえいえそんな滅相もない。私には人の死を楽しむ趣味はありませんよ。これはただの――――お仕事ですから」
「!?」
次の瞬間、奴は私を目掛けて一気に加速し蹴りを見舞う。
同じ轍は踏まんと身構えたおかげで防御自体は難なく間に合ったものの、その衝撃は強く軽々と私の肉体を後方へ弾き飛ばした。
「ぐぅぅ!? っは!」
休む間もなく行われる格闘の数々。桜石を発動させ、バッチリと体表面に刻印は現れている。だというのに奴はいともたやすく弾き飛ばす。あの巨大なガシャドクロにでさえ負けなかった私の力を、奴は優に超えるということか。
「(これじゃだめだ。一つじゃ間に合わない!)」
他の異能石とは違い、桜石は一能力に一つの石を使う。通常はデメリットでしかない制限だが、逆にいえば、同種の能力を同じ石で重ねがけ出来るということでもある。
あの時にみた桜石の応用だが、まさかここに来て使うことになろうとは。
「(“もう一つのデメリット”も、今更気にするかよ)」
懐にしまい込んだ無数の桜石。それを片手で持てるだけ持ち、すべてで身体強化を発動し石を砕く。空に舞う破片がまるで本物の桜のようだ。死に目に綺麗な光景を見られたことは、ほんの少しよかった。
「桜石。そんなに使って大丈夫なのですか? まさかあの本を読んで弱点を知らないわけでもないでしょう」
「そっちこそ、この力の恐ろしさを知らないわけじゃないでしょうに……一応聞いておきます。生存者はもう私だけのはず。生き残った一人には特典があったはずですが」
ダメもとで聞いてみるも、やはり仮面は首を縦には振らなかった。
「残念ですが、元から貴女を帰すわけにはいきません。というより、貴女が石の力に認められ、こちらの世界に入った時点で、半分は作業を終えているのですから」
「……作業?」
そういえばこの男、私達を殺し合わせたのは仕事だと言っていた。そして、今回の作業という発言。まるであいつが、誰かからの指示で動いているかのような。
「ええ、作業です。せっかくですのでご説明しましょうか」
「っ! ……ええ、ぜひお願いしますッ!!」
説明を聞く気はあるそれはそれとして手足を止める義理はないが。風よりも早く、音を置き去りにしてもなお奴の顔に指一つ触れられない。まだあいつとの間にはかなりの差ができているようだ。
「私の業務内容は、簡単に申しますれば――“移民の選定”でございます」
「移民!? ハッ、殺しておいて何処に行くって? まさかあの世に連れていくなんて冗談を言うつもりですか?」
移民。最近ニュースなんかでよく耳にする言葉。それがなぜこいつから出てくるんだ。知ったことか、そんなことよりもこいつを叩き潰す方が先だ。
桜石追加。
「ところで紅京さんは、小説はお読みになりますか?」
「小説? それがこの話と何の関係が」
「私も一つ拝読したのですが、いやー大変に興味深い。一度死んだ人間が神様に手を加えられ、まったく異なる世界へと転生する――なんと“現実味”にあふれた作品なんでしょうか!」
「は?」
こいつは何を言っている。神様や異世界の存在、それに転生がリアルだと? あれらはまだ実証されていない空想の産物。あくまでもその作品の設定というだけだ。
それをあたかも現実に存在するように語るなど……――
――待て
「どの作品にも必ず存在するこの描写。似たような仕事をなりわいとする私にとっては実になじみ深いお話でしたねぇ――お分かりですか? 私の言いたいことが」
「……そんな馬鹿な。まさかお前の仕事というのは、“私達を異世界に送ること”だとでもいうのか?」
私の困惑気味の言葉に、奴は肯定した。
「私の生まれ故郷は、人々が異能の力を振るい自由に暮らす街。ですが少々女性に厳しい世界でしてねぇ。世界中で出生率は低下。玩具にされた者たちが次世代を作らなかったことで人間が減ってきています」
「このままではまずいとお考えになった我らの世界の王たちは、異世界から生きのいい女性を転生させることを思いつきました。結果生まれたのが、我々異世移民監査部。その地球支部のさらに日本という国、末端であるこの学校を取り仕切る役目を受け賜っているのがこの私です」
馬鹿馬鹿しい。そう切り捨てるのは簡単だ。だが、奴の恥じらい一つない堂々とした姿。仕事に対して誇りを持つ一流の社畜のようなその姿からは、どうしても嘘の香りが生まれなかった。
「そうなった原因を放置して、こんどは子供を作るのもめんどくさいからある程度成長した人間を攫おうって? ……いい加減にしろよお前。そんな身勝手な理由で、住む世界を変えられてたまるか!!!!」
だから、そんな戯言を吐き出す奴の口を仮面ごと砕くため、残りの桜石すべてを加速に振り分け最大最速の一撃を奴の顔面に叩き込んだ。
はずだった。




