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第五十四話 最後への扉



 チュンチュン、チュンチュン。


 そんな小鳥のさえずりが聞こえてくるような、陽気な朝日が顔を出す明朝。


「……」


 何も知らない陽気な太陽とは打って変わり、どんよりとした雰囲気を纏い顔を伏せる私。理由は当然、置手紙を残し姿を消した恋人のこと。

 手紙の内容は、一人残していくことを許せ、お前を愛している、恨んでくれても構わない等々。どこまでも自分勝手で、そして優しい彼女の性格が如実に表れた文。文句の一つを言おうにも、その相手はもう……



 ――コトッ



「どうぞ、そこの自販機で買った缶コーヒーです。微糖のものでよかったですか?」


「……何をしに来たんですか、クロロア・・・・さん」


 ザクリザクリと砂を踏みしめる音は最初から聞こえていた。なのに私が反応しなかったのは、もうすべてがどうでもいいことのように思えていたから。

 九条さんが死に、私の知り合いは全員死んでしまった。シンシャ達やイサナさんが生き残っているかどうかはわからないが、例え今彼女らが目の前に現れて戦いを申し込んだとしても、きっと態度は変えなかっただろう。


 誰かに殺されるのも、自ら死を選ぶことも同じことだ。


「せっかくの夜明けなのですから、この美しい光景を目に焼き付けておこうと思いましてね。ところで、貴女はここで何をしているのですか?」


「……何もしてませんよ。しいて言えば、誰かに殺されるのを待っています。あぁ、別にあなたでも構いませんが」


「何か、酷く思い詰めているようですねぇ。よろしければこの私にお話ししていただけませんか?」


「可笑しいことを言いますね。これから殺す相手の悩みを聞いたところで、貴女になんの得もないでしょう」


「……ふむ。相談事の前に一つお節介を言いますが、あまり物事を損益や善悪で考えすぎてはいけませんよ。それらは結局他人が決めたことで、自分の基準とは違うんですから」


 さっきから聞いていれば、何をわけのわからないことを口走っているんだこいつは。損益や善悪で考えるな? そんなもの今の私に関係があるのか。事情も知らないただの快楽殺人者が。


 虚無感が一転し怒りへと変わり、いつまでも無駄話から進まず殺す素振りすら見せないクロロアに無意識に態度を悪くする。


「――ああもうっ!! なんなんですか貴女は! 人の心にズケズケと入ってきて勝手なことをぺらぺらと! さっさと私を殺して、他の生存者を殺し尽くせばいいでしょう!?」


「? もう私と貴女以外、生き残ってはいませんが?」


「ッ……」


 その情報に多少のざわつきはすれど、ならばさっさと殺せとしか思わない。彼女が持ってきた缶コーヒーだって、私を裏切ったネルさんや一人残して先に逝った九条さんのことを思い出して、落ち着くどころの話ではない。


「だったら、さっさとこのゲームを終わらせてくださいよ。抵抗なんてしませんから、一思いにやってくださいよ……もう、疲れたんです」


「では、貴女と戦う理由もありませんね。あなたが無抵抗に殺されるというなら、私が戦う理由もない」


「この期に及んで目的ですか!? どこまで自分勝手な――」


「ええ、勝手ですよ」


 立ち上がり怒声を浴びせようとした瞬間に、クロロアは仮面をこちらに向けて真剣な声を出す。それは、初めて面と向かい合い彼女と交わす初めての会話であった。


「屋上で言ったではありませんか。私の目的は能力への憧れであり、現実世界や親族への執着は持ち合わせていないと。貴女がそのポケットに仕舞ってある異能石を使ってくれるというなら一考もしますが、そんな精神状態で、満足に戦えるのですか?」


「っ!」


 私よりも高身長の相手に上から圧を掛けられ、私は再び石段の上に腰を落とす。若干の勢いがあったために鈍痛が走ったが、そんなこといちいち気にしてられない。

 クロロアは何を思ったか、上る太陽に向かって数歩歩みを進めると、片手をこちらに向けエスコートの姿勢を作る。私に付いてこいということか。


「貴女にいいものを見せましょう。希望を見出す保障はありませんが、少なくとも生きる目的足り得る情報の在りかへ」


「!!」


 ハッと息をのみ、すぐさま本を隠そうとするがすでにバレた以上この行動に意味はないと開き直る。それにしてもこの本と関係があるかもしれないというクロロアの言ういいものとは一体なんのことだろう。

 一瞬、私を罠にはめるつもりかとも思ったが、そんなことせずとも彼女は容易く私を殺せる。どうせやりたいことは何もないんだ。


 彼女の思惑に乗るのも一興。打ち付けた腰を再び浮かせ、歩く彼女の一歩半後ろの位置に付く。


「クロロアさん、一つだけ聞かせてください」


「なんですか?」


「……どうしてそこまで、私と本気で戦いたいんですか。ただ能力を知りたいだけならすぐにでも使いますよ」


「可愛げのないことをいいますね。いいですか? この世界ではもう私と貴女しか生き残っていません、物語で言えば主人公とラスボスなわけです」


 目的地に向かう道すがら、私は彼女にそんな質問を投げかけた。返ってきた返答はなんとも言えないものであるが、私は最後まで黙って聞くことを選ぶ。


「それなのに、片方が片方を一方的になぶり殺しては興ざめもいいところです。何より、先に死んでいった他の方々に申し訳が立ちません。彼女らの命の上に立つものとして、情けない死にざまを晒すわけにはいかない。それもまた、死者に対する礼儀というものです」


「……なるほど」


 心の作りは私とはだいぶ違っても、彼女は彼女なりに他者への思いやりを持っているようだ。彼女の考えを聞いたことで、私も私なりに彼女たちに恥じない最後を迎えよう。そう心に近い、悲しみは悲しみで抱えつつ顔だけでも前を向く。



 ――自らの情けなさを改め、彼女は前に進み続ける。前向きとは言えずとも、その顔は幾分かマシな物へと変わっていた。

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