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第五十三話 懇願



「………いま……なん、て……」


 九条さんからもたらされた、眼を背けたくなる現実。ようやく記憶を真実として受け止められるようになったというのに、それと同等の情報が、今、無防備だった私の耳に届いたのだ。


「混乱状態から戻ってきたお前に、これを伝えるのは酷だというのはわかっている。だが、オレが言ったことは、すべて事実だ」


「っレーゼさん……! ユーさん……!!」


 レイダさん、明音さん、クガネさんに続いて、ユーさんにレーゼさんまでもが、殺し合いの末に敗れ命を散らした。もう、私が頼ることのできる人間は、九条さんだけになってしまった。


「……お前の気持ちは、痛いほどよくわかる。オレも、目の前で明音が纏に殺されたとき、とても冷静ではいられなかった」


 彼女より語られる明音さんの最後の姿。互いに武器を構え戦う中、自ら火の海に飛び込み救援に駆け付けた明音さん。無遠慮に爆発物を使う纏の豪快な戦法は、当然のことながら火の手の回った建物に強い衝撃を与え、結果として全体の倒壊を促進する結果となった。崩れ落ちてくるバスケットコートや照明器具。天井のコンクリート片が九条さんを狙った時、それを庇い代わりに下敷きとなったのが、今は亡き明音さんだったらしい。


「オレが迂闊だったばかりに、あいつは死んでしまった。重い瓦礫に押しつぶされて、火に炙られながら苦しんで。どうしてあいつが、そんな死に方しなきゃならないんだ?」


「……」


「ほんと、馬鹿だよな。なんであいつが死んでオレが生きてんだってな! こんな取柄もないオレなんかより、あいつの方がよっぽど生き残るべき人間だったのにッ」


「ッ!!」


 九条さんのその一言を聞いた時、私は無意識のうちに彼女を自らのベットに押し倒していた。


「!? く、紅京!?」


「……いい加減にしてください、これ以上馬鹿なことを口にしたら本気で殴りますよ」


「!!」


「先に死ぬべきだった? そんなわけないじゃないですか!」


 下敷きにした九条さんの顔に出どころ不明の謎の水滴がこぼれる。輝きを無くした瞳から一転し、驚愕に染まった表情をした彼女に、私は胸の中の言葉を整理するわけでもなくむき出しのままぶつけていく。


「九条さんも……明音さんもッ! 私にとっては大事な人なんですッ!! どちらかが代わりに死ねばよかった? どっちも死んでほしくないに決まってるでしょう!! そこに優劣も区別もない!! 絶対に死んでほしくない!!」


「……」


「もう、友達に死なれるのは嫌なんですっ。嫌いになってもいい、無視してくれてもいい。どんな酷いことだって受け入れますから……だから私を、一人に、しないでっ……!!」


 胸倉をつかみ、とにかく言葉を出し続ける。何を口走っているのか自分自身理解しないまま、思うがままを相手に伝えていく。どこまでを聞き、どこまでを逃したかわからないが、九条さんは静かに耳を傾けてくれていた。


「すまない、紅京。オレ、ほんと馬鹿だな。残される側の痛みを知っていたはずなのに」


「……あと、その自虐もやめてください」


「……すまない」


 思いのたけを叫び終わり、いつの間にか私は仰向けになった九条さんの胸に顔を沈めていた。服を涙で濡らしてしまったことは申し訳なく思うが、彼女は何も言わず頭を撫でて落ち着かせてくれた。


「私、明音さんが体育館に戻る前、一緒にいたんです。あなたが死ぬのは嫌だって、助けに戻ろうとする彼女を説得して……それでも、止められなくて。だから、九条さんが責任を感じる必要はありません。明音さんが死ぬことになったのは、私があの時、引き留める手を緩めてしまったからなんです」


 ずっと重くのしかかり続けていた、明音さんを止められなかったという後悔。もしも彼女のキスに気を取られず、腕の力を緩めることなく引き留め続けていたらと思うと。彼女の死の原因が私にあるような気がして、もしあの時こうしていたらと悩まずにはいられなかった。


「……」


 確かな膨らみと温かさが心地よくて、ずっと顔を埋めたまま話していたものだから、今の九条さんの表情はわからない。怒っているのだろうか、それとも悲しんでいるのだろうか。

 教師からの呼び出しを恐れる中坊のように肩を震わせながら、私の最後の友人の言葉を待っていると――


「――紅京、顔をあげてくれるか?」


 ピクリと肩を震わせ、次いで彼女の指示通り顔を胸の間から相手の顔の正面に持ってくる。そこにあったのは、怒りとも悲しみとも違う、慈愛を感じさせる温和な顔。


 そして、


 ――チュッ


「!?」


 柔らかい顔を維持したまま両眼をつむり、優しく触れるようなキスを落とす。つい条件反射で距離を取ろうとしてしまうが、背中に回された両腕が私たちの間に隙間を作らせず、そのまま上下を反転し今度は押し倒されるような姿勢になった。


「九条……さん?」


漆瀬ななせって、呼んでくれるか。敬称もなしで」


「ななせさん……んっ!?」


 今度はより深いキス。体全体が抑え込まれ、出来ることと言えば足先を震えさせることくらい。与えられる脳みそを溶かすような甘美な時間は、驚くほどあっという間に終わってしまう。

 けれどその終わりは、これから来る刺激への前座のようなもの。


 唇を離し上体を起こした漆瀬は、おもむろに上着に手を掛け純白のシャツを露出する。


「はぁ……はぁ……」


「可愛い。なぁ、紅京。お前、彼氏はいるのか?」


「はぁ、はぁ。いま……せん……」


「じゃあ、今日からオレがお前の彼氏だ」


 キュン


 ずっとないと思っていた私の心が、その一言にときめいてしまう。状況だけでいえば、私は強引に襲われている被害者。相手は無理やり私を押さえつけ、関係を迫ろうとする加害者のよう。

 けれど、私の中に、先を拒む意思は存在しえない。相手が私を求めて、必要としてくれているのだから。


 ――もう、一人じゃなくなるんだ


「オレも今まで男を知らずに生きてきた、互いに初めての相手が同性だ。……初めてがオレは、嫌か?」


「はぁ、はぁ、」


 いつの間にか、シャツすらも半分脱いだ状態になり可愛らしいブラと健康的な黒い肌が外に出ている。そして、発情していることをこれでもかとアピールする赤くなった頬。


 こんなに愛らしく自分を求めてくる相手に、返す言葉は一つだけ。


「……嬉しい。初めてが漆瀬で、本当に嬉しいです。私の初めて、貰ってください。漆瀬のものだって証拠を、私に刻んで――!!」


「ッ紅京――!!」


 それからは、今が非常時であるのを忘れ、互いをむさぼり合った。精も根も尽き果てるまで、何処までも貪欲に食らいつくした。時には肌に傷を作り、自らのものという証明を相手に刻み、その痛みをさらなるエネルギーに変えて。


「紅京……!!」


 あふれる漆瀬の涙すら、その身に受け止めて。





「――――ゴフッ!」


 屋上。月明かりが薄まり夜空が白くなり始めた時間。


「はぁっはぁっ……ようやく、終わったか」


 ―― 体に無数の傷を作り息を切らすその人物は、浦賀 纏。骨を元に武器を作る化石の異能者。彼女は今、ある異能者との戦いに勝利をおさめたのだ。

 ほんの僅かの差で敗北者となり、床に血を吐き倒れたのは漁火 勇魚。水の状態を自在に操作する氷晶の異能である ――


「あ? 誰だ、こんな時に。てめぇを相手する暇は俺には――」


 両者の決闘に決着がついたまさにその時、屋上への扉を開くものが一人。


「――数時間ぶりだな、纏」


「……九条・・


 彼女の名は、九条 漆瀬。彼女はつい数分前まで、愛する恋人の元で確かに愛を育んでいた。


「はっ、随分とお楽しみだったみたいじゃねぇか。こいつとの決闘の間中ずっと声が聞こえてたぜ? 集中が途切れて仕方ねぇ」


「羨ましいだろう? あいつは……紅京はイイ女だ。オレなんかにはもったいないほどにな」


「へいへい。で? わざわざ惚気に来たってわけか? はた迷惑な野郎だ」


「いいや? これはもう二度と味わえないであろうお前に対する当てつけだ。ここに来た理由は、事情を知らないお前に説明をしてやろうと思ってな」


「説明だと」


 あいつとの行為で火照った体に、夜明け前の風がなんとも心地よい。そして、明音の仇であり憎くて憎くて仕方なかった纏が、今は滑稽に見えるほどの愉悦感。

 いつまでもこの気分に浸っていたいが、そうも言っていられない。


「いちいち言葉で説明するより、今すぐその手すりからグラウンドを見てみろ。そこに答えがある」


「はあ? なんでいちいちお前の指図を……ッ!」


 横目にグラウンドの様子を見たようだが、小さく見ようが身を乗り出してみようが同じこと。結果は変わらん。


「ネル……? おい、嘘だろ……?」


「嘘も何も見たとおりだ。仲間だったシンシャとネルの二人は、お前がイサナとの決闘に集中する間に倒された」


「っ! ネルだけでなく、シンシャまで……!! 九条ッ!! 貴様ァァァァ!!」


 激昂し、骨を纏ってこちらに向かってくるか。予想していた通りの行動だが、こうもうまくいくと気味が悪いな。

 ……違うか。オレは奴よりも早く、一歩大人になったということか。これも、紅京あいつのおかげだな。


「一度目は互角だったが、二度目はない。仲間を失い一人になったお前に、負けることなどありえないっ!」


「九条ォォォォォォ!!」


 曲面で構成された黒曜石の鎧を身に纏い、表面に指で印を刻む。


 ――彼女が指をなぞった個所。そこには、赤く胎動する刻印が刻まれる。


「オレの能力は、黒曜石の元となる溶岩を生成すること」


 ――黒い鎧に赤い紋様。纏う熱気は燃え盛る炎以上であり、接近する纏にこれ以上ないほどの威圧を与える


「そしてこれがオレの奥の手、“触物皆傷ふれるものみなきずつける”!!」


 ――さらには、光沢を纏った美しい鎧の表面がバキバキに砕かれ、割れた部分が敵を切り刻む刃物となった鎧を形成。覚悟を決めた彼女の、最後の大技。


「オオオオオオオオッ!!」


「(――すまない、紅京)」


 ――凶器に包まれ、今、九条は最後の戦いに臨む。一人残す愛しい恋人の姿を心に灯しながら。










「……」


 翌朝の保険室。あられもない姿をさらし、それを気にすることなく手元の一枚の置手紙に目を通す紅京。


 誰一人いなくなった部屋の中で、彼女はただ『一人』。誰の温もりも感じないままに、冷たい涙を流し続ける。もう誰も、それを拭うことはない。




 ―― 漁火 勇魚 纏との決闘に敗れ死亡 ――


 ―― 浦賀 纏 九条との一対一の戦いの末、相打ちとなり死亡 ――


 ―― 九条 漆瀬 紅京への謝罪を残し死亡 ――

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― 新着の感想 ―
[一言]  何やってんだぁあああ!?
[一言] ベニキョウは仕事中ずっと苦しんでただけでちょっと悲しかった
[一言] うわぁぁぁぁあん みんな行っちゃった
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