第四十七話 金猫は太陽を見た sideレーゼ
「はぁっ!!」
「ッ!」
砂煙の晴れたグラウンドで、僕はひたすらにネルと名乗る女との殴り合いに興じる。
「おや、もう砂嵐はいいのかい? 君だろう? あの目障りな砂遊びをしてたのって」
「その口を閉じてください。でないと砂を詰め込みますよ」
「おお、それは怖い」
とはいえ、どうしたものかね。こっちは猫目石の力で身体能力を爆上げしてるってのに、このネルという少女、一歩も引く様子がないじゃないか。スピードは私の方が勝っているようだけど、パワーその他はこれといって優位な感じがしない。
「(爪もなぁ……僕そこまでスプラッタ得意じゃないし)」
「考え事ですか、随分と余裕ですねッ!」
「見えてるよ~」
ふーむ。別に僕がここで勝利する必要はそこまでないんだよなぁ。目的はあくまでも体調不良の紅京くんの護衛だし、ちゃちゃっと退散する状況に追い込んでしまえばそれでいい。
あの場ではクガネくんを優先してしまったけれど、体調は大丈夫だろうか。病気というよりは一時的なものだと思うんだけど。
「はああっ!!」
「む」
なんと、彼女は右腕に巨大な岩石を装着しそのまま殴ろうとしてくるではないか。
「流石の僕も肝が冷えるよ、力持ちだね君」
「だったら、その冷えた肝臓ごと押しつぶされてしまえばよかったのでは?」
「見た目にそぐわずグロイこというね君。好きなのかい?」
「誰が!!」
顔を赤くして攻撃が苛烈さを増した。ふむ、さっきの会話のどこかに彼女にとっては不愉快な内容が含まれていたらしい。
『どうして、そっちにいるんですか……?』
『答えてくださいっ! ネルさん!!』
あの時の紅京くんの表情……そして、一瞬だが苦虫を潰したような顔をした少女……
「(確か、紅京くんはつい最近閉じ込められたと言っていたね。ということは、この二人の関係は長くて一週間前後。しかしシンシャくんと同等以上の関係にはない、か)」
この攻撃的なネル少女が、たった一週間前後しか関わっていない相手にあんな顔をするかね。演技? だとしたら芸能界入りも視野に入れるべき迫真の演技力なのだけれども?
「(肌に感じた風圧からしても、桜石は正常に機能していると見ていいだろう。なにせ、あのドクロの巨体を跳ね返した剛力だ。シンシャ相手にこれ以上の人数はかえって邪魔になる)」
となるとやるべきことは~……
「このぉっ!!」
「(……ふ~。あまり舌戦は、得意じゃないんだけどねぇ)せいっ!」
「きゃっ!?」
おっと、意外と可愛らしい悲鳴を上げるじゃないか。大振りの岩塊を避けて奴の仮面に一発蹴りこんだだけなんだけど、思ったより深く入ったのか少女は仰け反り距離を取った。
「ごめんごめん、つい力入れすぎちゃったみたい。でもまぁ都合よく距離が開いたことだし、少し僕とお話しないかい?」
「その必要はありませんね。むしろ、このまま貴女を放ってシンシャの援護に入ります」
「行かせないよ? 二人は今私の後ろにいる。聞こえるだろう鉄を叩くような鈍い音が」
「くっ」
……たびたび聞こえるクガネくんの苦悶の声が気掛かりといえばそうなのだけど、それ以上にせっかく生まれた数の有利をみすみす手放す方がよろしくない。
さてさてさーて、暴かせてもらおうか。君の抱える心の内を
「君、どうやら紅京くんと知り合いだったようだけれど、知人を攻撃することに葛藤はないのかい?」
「っ……ありませんよ。私にとって友人はシンシャと纏の二人だけですので」
また、あの表情。少なくとも、知人以外を塵芥としか見ない外道ではないようだ。なら、自分の素を出せない理由をちょちょっと刺激してやれば、耐えきれなくなって自分から話すだろうさ。
「本当にそうかい? なら、どうして君はそんなに苦しそうなのかな。私にはまるで、本心ではやりたくないことをやらされてるって感じがするけど?」
「ッ! ……さっきから聞いていれば好き勝手言ってくれますね。貴女こそ彼女と出会って数日と経っていないでしょうに、なぜそこまで入れ込むのですか!」
おっと、そう切り返してくるか。沸点低めなことはわかったが、こちらも返答しないとなぁ。
……仕方ない、ここはあれでいこう。
「? 僕と紅京くんが? ……あー、そうだねぇ。実を言うと僕たち二人は、もうだいぶ長い時間を一緒に過ごした親友といっていい間柄なのさ」
「!?」
お、驚いてる驚いてる。まぁこれは半分本当で、半分は嘘みたいなものだけどね。事実紅京くんは僕のことにちっとも気づいていなかったし。
今でも思い出すなー……学友に勧められて、初めて買ってみたゲームでのこと。
『こ、これを僕にかい?』
『そうそう! 今ものすっごく人気があって、レーゼさんもやってみてよ! 面白いから!!』
なんて勢いに負けて、自腹で環境を整えてみたものの。
『うっ! あ!』
『ひぃぃ!? うわああ!?』
なにせ初めてのゲームで、あまりの下手さに勧めた友人も匙を投げたほどさ。お金を無駄にしたくない一心で細々と進めていたんだけど、ついにある日翼の生えた敵に心折れちゃって。
『もう……いやぁ……』
『大丈夫! 私に任せて!』
そんな時だ。明らかに初心者ではない装備をつけたプレイヤーが、華麗に敵を葬ったのは。あの時の華麗な動きと装備のカッコよさは、今も根深い僕のゲーマー魂の根源だ
『初心者さんですか? よかったら一緒に遊びませんか?』
『あ、ありがとうございます。でも僕、あまりこのゲーム上手じゃなくて……』
と、折れた心で一応の忠告をしてみたところ。なんとその人は、煌びやかな装備から一転してみすぼらしい初心者の装いに変化したではないか。
『もう一つのアカウント作って来ました! 大丈夫、ゲームは上手下手じゃなくて楽しむものですから!』
『え、ええ!?』
……今にして思うと、あれは結構強引だったなぁ。でもそのおかげで、僕はゲームという新しい世界を開くことができたのだ。
『き、今日はありがとうございました!』
『こちらこそとても楽しかったです! よかったら、フレンド登録しましょう!』
『はい!』
“ 紅 ”
初めてのフレンド欄に並んだ、その文字。あれから今日に至るまで彼女とは画面越しの関係しかなかったが、学校に閉じ込められたある日の昼間
『ねぇねぇ、今日も一緒にやろうよ紅京~』
『あぁごめん、今日はフレンドと周回があって。この前○○装備の素材を勘違いしてたとこで終わったから、今日こそ絶対に完成させるんだ!』
『……え?』
廊下ですれ違った彼女の話で、僕は紅京くんこそが紅だとわかったんだ。




