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第四十六話 水銀に沈む



「これは……」


「ッ!!」


「おぉぉぉりゃああああああ!!」


 純金に変化した自らの髪を伸ばし、立ち止ったシンシャとネルを縛り上げ力いっぱい放り投げる。やはりこの場の人間のなかでは、持ち前のパワーは一番強い。

 状況を理解する前に遥か遠くへ投げ飛ばされた二人だったが、拘束から解放されるとすぐに姿勢を持ち直し無事に着地する。


「ヒュー、流石のパワー」


「恐縮です。さて、これで戦況は五分……いえ、こちらが優勢となりましたが」


 クガネさんの言う通り、いつでも桜石を使う準備は整っている。ネルと殺し合いをしなければならないのは悲しけれど、それは彼女自身が選んだこと。私がとやかく言う権利などない。

 今はただ、私の側にいてくれる人たちを守るだけだ。


「――――もう少し、左かな」


「……え?」


「二人とも下がって!!」


 遥か彼方からこだまする飛来音。風を切り豪速で近づいてくる物体に気づきいち早く回避行動に移る私達。だが、飛んできたのはただの砲弾ではない。


「グウウウウ!?」


「爆発!?」


「くっ……“纏”の、武装!!」


 爆炎と砂煙は変わらず、振動のみが落ち着いたタイミングで私は方角から纏の位置を探る。校舎を背にする私たちと、大輪桜を背にするネル、シンシャの二人。

 砲弾が飛来したのは後方からなので、奴は間違いなく屋上のどこか。


「レーゼさん、どこにいるかわかりますか!?」


「こほっ、こほっ! ダメ、煙がひどすぎて視界が!」


 見れば、舞い上がった砂はさらに色濃く幕を形成し始める。爆発で舞い上がったとはいえ、ただの煙がここまで濃ゆくなるはずがない。ぱっと見は砂嵐のレベルだ。


「(ネルの能力か!)けほっ! ……クガネさん? クガネさん!? 聞こえますか!」


 さっきの振り回しの時、私達二人とクガネさんは意図して距離を離していた。結果、この砂嵐の中を分断されてしまう。

 彼女からの返事はない。まんまと彼女らの作戦に引っかかり分断されてしまったようだ。


「――ハアッ!!」


「奇襲!? ……けど残念、僕の耳はちゃんと知ってたよッ」


 煙幕を飛び出しレーゼさんに襲い掛かるネルの姿を捕らえる。姿は見えず、陰でかろうじて位置を確認できる程度だ。


「レーゼさん!!」


「こっちは大丈夫! 君はクガネくんのもとに行くんだ!!」


「っはい!」


 懐から桜石を一つ取り出し、ドクロ戦と同じ力をイメージしながら石を割る。現れる桜の刻印を認めると同時、私は最後に確認した場所に向かって駆け出す。視界は相変わらず最悪。巻き起こる砂嵐がさらに激しさを増し、前に進む私の方向感覚を奪い去っていく。


「(この砂、どうにかならないか)」


 今の私なら、この程度の砂を蹴散らすことなど造作もない。ガシャドクロの巨体を一度は破壊したほどのパワーならできるはずだ。

 視界が開けることで纏からの射線を通す危険はあるが、どちらも敵の近く。彼女にも人間らしい心が残っているのなら、誤射を恐れて攻撃はできないはず。


「ハアアアッ!!」


 問題なしとの判断を下し、私は腕を大きく振って激しい突風を巻き起こす。桜の花弁が舞い上がりさながら花吹雪のような景色を作り出すが、月明かりの照らす夜空はしっかりと映し出された。


「やった、うまくいった! これでクガネさんの救出に――――」





「 あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!! 」





「――え」


 空に光が戻り、鮮明に景色を映し出す私の瞳が目にしたのは、肉体を銀色に染める黄金の姿。彼女の右腕、雄々しく煌めいていたはずの部分が。先が欠け、まるで血のように銀色の液体を垂れ流している。


「クガネ……さん?」


「少し遅かったね、彼女はもう終わりだよ」


「グッ! ガア”ァァッ」


 右腕を庇い、地面をのたうち、声にならない声を上げる姿。足元にできた銀色の水たまりに涼み、体に擦りつけさらに絶叫は残酷に夜空を染め上げる。


「シンシャ……一体、何をしたんですか。彼女に、何を」


「私は何もしていない。彼女の攻撃に合わせてこれをかざしただけ」


 そういって見せるのは、なんの変哲もないただの銀色の板。手の動きに合わせてひらひらと波打つ性質から鉄ではないみたいだが、そんなことはどうでもいい。

 ただの板一枚で、クガネさんがこんな姿になるわけがない。


「ふざけ……ないで。ふざけるなッ!! クガネさんに何をした! 答えろォーーーー!!」


 時間はまだ残っている。それに、桜石の使用限界・・・・・・・も。

 私は今ここで、はじめて人間を相手に異能石を使用する。クガネさんの苦しみを、今ここで返すために。花弁を四方八方にまき散らしながら、右手に全エネルギーを集め殴る。構えも技も何一つないただ怒りだけが込められた一撃。


 それを、シンシャは容易く止めて見せる。足元から出現させた銀色のものによって。


「異能石『辰砂』、能力は水銀を操ること。殺す前に、名前くらいはきいてもいいよ」


「知ったことかあああああ!!」


 冷静さを欠いた私にとって、わざわざ名乗りを上げた辰砂の行動は神経を逆なでするだけだ。流動する水銀で私の攻撃を受け止め、逆に一切の攻撃を行わない姿もまた、私の心をさらに怒りに染め上げる。


「クソッ! クソッ!! クソォーー!!」


「怒り任せの攻撃に意味はないよ、もっと頭を使わないと。ほら胴」


「ぐぷっ!?」


 がら空きだった私の腹部にねじ込まれる水銀の柱。


「そして顔」


「ガハッ!?」


 シンシャの体を一周する間に遠心力によって威力を重ねた水銀が、頭部側面を打ち付ける。どんなにパワーが上がっても、それをうまくコントロールできなければ意味はないことを嫌でも理解せざる負えない。

 脳に直接入った打撃により、思考が奪われると同時に遥か後方の球技用ネットにまで弾き飛ばされる。


「ァ……カハッ!」


「貴女に仮面はまだ出てないけど、問題はないはず。あとでどうとでもなる彼女より先に、貴女を始末しておくわ」


「ハァッ……ハァッ……」


 “ 自身は動かず、あくまでも周囲の水銀の力でトドメを狙うシンシャ。立ち眩みとめまいを併発し、一時的に脳の機能がマヒしたことで紅京に取れる行動は一つもない。溢れんばかりの輝きを放つ水銀が、今、無数の槍となって彼女に向かっていく ”


 ――ガシッ


「ッ!?」


 だがそれを、決して良しとはしない人物が一人。


「クガネ!? 嘘、どうして動けたの!?」


「ッッ友達を、見捨てるような真似だけはッ! できないッッ」


 元よりシンシャ自身が纏っていた水銀により、クガネの変異させた箇所が溶け始めている。抱き止めんと前に向けた両腕はもちろん、浸食は背中に面した胴体にまで及ぶ。


「っ!! 邪魔!!!!」


 友達。同じく友人のために戦うシンシャには、その一言がどうしようもなく胸をざわつかせる。しかし、今更後戻りはできないことも知っている。

 だから彼女は、敵をクガネに再度改め容赦なく引き裂きにかかった。


 胸前に来る両腕を溶断し、蹴り技と移動を封じるために両脚も奪う。拘束すらさせまいとその長い髪も短く切ってやった。もはやクガネはダルマ状態。一人では何もできない弱者へと落ちた。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ!!」


「……ッ」


 それなのに、目の前の女は笑顔を止めない。なんなんだこいつは、気でも狂ったのか。そう叫びたい気持ちに駆られつつも、平静を常に意識する。

 そして、互いに呼吸が正常になったころ。クガネはゆっくりと、言葉を刻む。


「『誰かのために』……そんな尊い感情を持ってなお、殺し合いから逃れることはできないのですね……」


「貴女……一体、何者なのよ! そんな状態で、まだ話せるというの!?」


「ふ、ふふ……あぁ……最後に……私にも……心から友達と呼べる人ができました……あの世で家族に……自慢……できますね」


「ッ!! もういい! 次はその頭をもいで、喋れなくしてやるから!!」


 ――クガネの周囲の気温が、急激に下がり始める。


「あぁ……でも、これだけはやらないと……先を生きる私の友人たちに……少しでも多くの物を残さないと……」


 ――代わりに、クガネ自身の体温は急激に上がっていく。


「いい加減に! 死ねエエエエエエ!!」


「私の……最後の攻撃を……ッ!!」


 ――夜明けを連想させる暁色の光。黄金の熱伝導を利用し、クガネが放った熱線。自らの頭を取ろうとするシンシャの右腕を引き裂き、片腕の損失というダメージを負わせた。


 だがその熱線の熱量は、シンシャの水銀と反応し毒を生成してしまう。


「う……ぅぅ……――!!」


 それが、私が意識を取り戻して最初に見た景色。



 ―― 東雲しののめ 狗金くがね 水銀による毒と溶解により死亡 ――

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