第四十五話 太陽は輝き
「ちょっと、大丈夫!?」
――あぁ、レーゼさんは人より感覚が鋭いから、私の惨状にも一足早く気付けるのか。
「だい、大丈夫です。私は、はいっ」
「どうみても大丈夫には見えないよ! とにかくすべて吐き出して、呼吸はしっかりしなよ」
優しく背中を撫でられて、内容物すべてが出たことで落ち着きを取り戻す。いや、違うな。意図的に記憶を遡らないようにして、無理やり押し込めているんだ。
「クガネ、捜索は中断。はやく保健室に戻ろう」
「ええ、もちろんです。動けますか?」
「私、はっ! 大丈夫ですから! どうか、捜索を続けて……ッ!」
「今はそんなこと気にしないでいいんだよ。とにかく校舎に―――――ッ!!」
半ば強引に肩を持ち私を連れて行こうとしていたレーゼさんの動きが、なぜか急に停止する。片側から声をかけ続けてくれたクガネさんも同様に固まり、私はつられて視線を上げる。
ザクッ、ザクッ。軽快に砂を踏み抜きながら近づいてくる人影が一つ。揺れる髪色は白でも、黒でもない。
「本当は、屋内に逃げ込んだところを襲おうと思ってたけど」
銀。月光を反射し、キラキラと光る銀色の髪。その色を持つ人間は、鏡の世界においてたった一人だけ。
「別に、どちらを選んでも同じこと」
「辰砂……」
体育館で、纏と白布と共にいた人物。私の中での要注意人物の一人であるため、私は気分の悪さをこらえ臨戦態勢を整える。
とはいえ、ただレーゼさんから離れて一人で立つだけで精一杯ではあるが。
「何しに来たんだい? 生憎だけどこっちは立て込んでてね、戦うなら今度にしてもらえるかな」
「? 今から死ぬ貴女達に、都合なんてあるの?」
「話の通じないタイプだったか……」
「二人ともお下がりください、ここは私が」
一歩、私達より前に立つクガネさん。だが、すぐには異能石を発動しない。あくまで対話で済むならばそうする、クガネさんらしい対応だ。
「シンシャさんでしたか。あなたはなぜ、私達を襲うのですか」
「“家に帰りたい”以外の理由が、ある?」
「そのために、他人の命を奪う必要があるのですか」
「それが一番手っ取り早いならそうする。ただ、それだけ」
どこまでも無機質に、感情を感じさせない声でそう語るシンシャ。その雰囲気はどこかイサナさんに通じるものがあるが、彼女と比べてもさらに感情の波がない。
「どうしても、その考えは変わりませんか? 血を流すことなく、皆で帰ることができるとしても?」
「赤の他人のあなた達に興味なんてない。私は、二人と帰れればそれでいいの」
「……そうですか」
クガネさんの問いかけも、シンシャの心を動かすには足りなかったようだ。二人というのは、おそらくはあの二人で間違いないのだろう。
身の回りのもの以外どうでもいいという思考は、どこか子供らしさを感じさせる狂気だ。
――サラァ……
「では――ッ!!?」
――スパンっ!!
突如として、地面から伸びる砂柱。それは、回避に専念したクガネさんの肉体へと伸び、異能石を納めたポケットの部分を正確に切り裂いた。
警戒されないように最後まで石を取り出さなかった彼女の優しさが仇になった。
「しまっ――っ!」
「誰も、私一人で来たなんて言ってない」
シンシャの背後。何もない場所から突如として姿を現す白布。彼女はやはり無言で、彼女の隣に立つ。
「三対二……いや、纏も来てるとみて三対三で考えるべきか」
「さぁ、どうだろうね」
「チッ、仕方ない。紅京くん、申し訳ないけど君にも戦って――紅京くん?」
レーゼさんが、私の顔を見て困惑しているのがわかる。いや、そりゃそうだろうさ。私だって、今の自分がどんな顔をしているのかわからないのだから。
「……嘘だ」
信じたくない。けれど、今私のみた景色こそが現実。
「……嘘だ」
服を切り裂いた砂。そして、何もない場所から突然現れた事実。
「どうして……」
かつて、私を救ってくれた時の姿。
「どうして、そっちにいるんですか……?」
間違うわけがない。その能力は! 砂を操り、人魂を吸収する力は!!
「答えてくださいっ! ネルさん!!」
「……」
やっぱり、白布は何も話さない。でも、もう私が間違うことはない。彼女は絶対にネルさんだ。
私が閉じ込められた初めての日の夜。追いかけてくる人体模型から庇ってくれただけでなく、温かいコーヒーを作ってくれた。何も知らない私に、異能石の凄さや頼るべき人を紹介してくれた。
「さっきから何も話さないけど、なんとか言ったらどう?」
「ネル、あの子と知り合いだったの?」
「ネルさん!!」
「……話して、何になるのですか」
「!!」
久しぶりに、彼女の声を聞いた。顔に巻いた布はそのままに、少し籠ってはいるが本人の声。無事を確認できたことは素直に嬉しい。しかし、彼女がなぜシンシャの側に立っているんだ。
「ネルさん」
「久方ぶりですね、お元気そうで何よりです」
「どうして、何も話してくれなかったんですか」
「――貴女と会話をすることで、何かが変わりましたか」
威圧のこもったその言葉に、私は体を硬直させる。その様はまさに、親に叱られる子供のよう。たった一回あっただけの相手でも、私にとっては命の恩人。その相手に拒絶されてしまったことで、私は何も話せなくなった。
「あの時あなたを助けたのは、ただの気まぐれ。不必要に敵に居場所を知られるわけにもいきませんし、利用価値がなければ殺すつもりだった。それが、まさか異能石に目覚めてしまうとは。あなたは何も知らず、ただひっそりと化け物どもに殺されていればよかったんです」
「ネル、さ……――」
「私はシンシャの友人であり、纏の友人の芦花 猫爪。二人の進む道が私の道であり、敵であるあなた方と協調する気は一切ありません」
「ッ!!」
……私は、心のどこかで思ってたんだ。私と仲良くなってくれた人は全員、私に手を貸してくれるはず。そんな傲慢な考えを無意識のうちに。
ははっ、バッカだなぁ私。そんな甘い考えが、通じるはずないのに。
「無駄話はもう結構でしょう。異能石が使えないクガネさんから叩きます」
「わかった」
「くっ!!」
クガネさんに向かって、二人は一気に畳みかける。どんなに武術を納めていようとも強化された人間二人がかりとなれば話は変わる。
レーゼさんは何も言わず、ただ自分のなすべきことのためにカバーに入っている。
それなのに私は、何もしないままでいいのか? いや、いいわけがない。あってはならない!
「クガネさんッ!! これを!!」
「え!?」
「「!!」」
私は思い付きのままに、桜石でもって強化した身体能力を使い自前のスマホを投擲した。目標はもちろん、名前を呼んだ彼女の元へ。
この携帯の目的は、連絡ツールを渡すことではない。
「それを使ってください!」
「ッ!! 恩に着ます、紅京さん!」
向かってくるスマホを叩き割ると同時――クガネさんの肉体は、その姿を黄金に変える。
私が携帯を投げた理由。それは、携帯に使われている金を渡すため。自前の異能石がすべてネルに回収されてしまったクガネさんのために考えた策だったが、ちゃんと機能してくれたようだ。




