第四十三話 大輪の桜
それから私たちは、場所を桜のあるグラウンドへと移す。
「相変わらず大きいな~、この桜」
「伊達に樹齢千年を生きたと言われるだけのことはあります。さて、あまり時間を掛けすぎてもいけませんね。校舎から此処はあまりにも見通しが良すぎます」
「うん、はやく調べて早く逃げよう。紅京くんもそのつもりで」
「はい!!」
七不思議の調査はお二人に行ったお任せし、私は私の目的を遂行する。
この大きな花と同じ名前を関した、私の異能石である桜石。どれほど魔物を倒そうとも一切その姿を見ることができなかったものだが、もしかしたらこの木の周辺に生成されているかもしれない。
ここになかったら本格的にまずい。そんな藁にもすがる思いで根の周辺から少し木の上なんかも探してみる。
「(それっぽいのもないなぁ。ここら辺に転がる石も全部ただの石っころだし、桜の形に掠ってすらいないよ)
「そっちはなにか手掛かりは見つかった?」
「いえ、いまのところ何も」
やっぱり、魔物からのドロップを期待するしかないのか。桜と聞いてもしやとも思ったんだけど……
「これで一周。桜石は発見できず、か」
――その時、太い木の根の上で、深いため息をこぼしつつ捜索を諦めかけた刹那。
「……あれ?」
偶然、今まさに飛び降りようとした私の視界に、ちらりと映りこむ白い謎の物体。木の根の隙間にはさまれて、見えるのは全体のほんの一部。
「破片? おっと」
それは、意外と簡単に抜き取ることができた。それもそのはずで、なぜならそのプラスチック片は、木の隙間に埋まっていたわけではなく破片の先が突き刺さっていただけなのだから。
「千切れ……いや、ただの切れ端か。開花には時期遅れだしなんでここにとも思ったけど、ただのゴミね。期待して損し――ん?」
何処かから飛来してきたゴミ。そう結論付け風任せに指を離そうとすると、切れ端に書かれた謎の矢印が気になった。
三角形に切り取られたカケラに何かを示すように一本だけ引かれた黒の矢印。ささっていた角度からしておそらく木の根の方向を指していたのだろうと思われる。
「……レーゼさん、ちょっと来てもらっていいですか?」
「ん、了解。今行くよ」
十秒とかからず近くに来てくれたレーゼさんに私は拾ったカケラに書かれた矢印とその意味について考察を延べ、同時にとあるお願いを伝える。
「なるほどね~、意味深に矢印が指し示す木の根っこ。ここを掘ればいいんだね」
「はい、お願いできますか?」
「お安い御用だよ」
次の瞬間、両手の爪を恐ろしいほどに伸ばした彼女は、樹木の繊維に沿って爪を差し込み力いっぱいに引き裂く。一度では下の方まで開通できなかったようで、開いた場所からさらに奥に爪を差し込みきっかけを作り、もう一度同じ工程を繰り返す。
「私もお手伝いしますよ」
「助かる。じゃあ反対側を引っ張ってもらっていいかな?」
「了解です」
クガネさんも加わり、木の根に開いた穴は見る見るうちに広がっていく。
そして、穴が大人一人を余裕で納めるほどに開いた時。
――バキッ
「フゥ。おぉ、こりゃ凄い」
「これは……これが、桜石」
その先に待っていたのは、溢れんばかりの大量の桜石だった。それも、一つ一つが大粒の上物。誰が何のためにここに隠していたのかはわからないが、これでようやく異能石の補充ができる。
「やった! お二人とも、ありがとうございます」
「お礼は後で受け取るからさ、とりあえず取って来なよ。結構深いから気を付けて」
「はい!!」
レーゼさんの忠告に従い、慎重に穴の奥へと進んでいく。慎重に、かつ迅速に。
底の方へと足が着くことを確認し、私は改めて足元の石を一つ手に取る。
「うん、間違いなく桜石だ。――あれ?」
一番上の一際大きな桜石が蓋となり、下敷きになっていた先には見覚えのあるプラスチック片がもう一つ。
この太い木の根の下に、上に突き刺さったものと同じ破片があることに違和感を覚える。レーゼさんとクガネさんの二人がかりで開かなければならない場所に、どうして……
とは思いつつも、破片を裏返し何かが書かれていないかと確認する。案の定そこには、消えかかった文字の羅列が。
“こ で 使 ”
「使? 何かを使えばいいの? でも桜石以外にあるものなんて――まさか!!」
脳に電流が走る感覚を、初めて体感する。
“ここで桜石を使え”
「……うん」
そう読み取った私は、破片と桜石を右手に持ち異能石を発動した。力は問題なく発動したようで、力を一切入れていないにも関わらず手の中の桜石のみが砕け散る。
だが、どれほどの時間を待とうとも。昔一度だけ発動したときは違い体に桜の刻印が浮かぶことはない。
代わりに、変化が現れたのは手に持ったプラスチック片の方だ。破片は見る見るうちに長方形のプレート型に変形していき、汚れはすっかり落ちた。さらにはプレートを中心に、いくつもの紙の束が生えていくではないか。
その非現実的な光景には、私はもとより上から覗きこむクガネさんとレーゼさんもあっけに取られている。
プレートの変化を見届けること、一分――
「――え」
私の手には、一冊の本が握られていた。




