第四十二話 叶える願い
――ピクッ
「ん?」
「どうしました?」
「……いや、何でもない」
? まぁいいか。
などと一人納得し、視線を目の前に広がる紙の上に戻す。
「どうしました? 何かわからないことでも」
「いえ、大丈夫です。続きを」
「そうですか。では、改めて私の持つ考えとこの先の行動指針についてご説明します」
広く取られた裏紙にペンを走らせ、自身の持つ考えを一つ一つ文字に書き起こしていく。初めから真面目に聞く気のない一匹は放っておくとして、私は真面目に話を聞く。
「以前、九条さんとお互いの情報を交換する機会がありまして、その際に有力視された脱出の手掛かりがあります。それは、この学校に広まる七不思議の存在です」
「! それ知ってます!! 前に本人から聞きました。えーっと確か……」
①数えると増えている階段
②夜に見ると引きずり込まれる鏡
③ひとりでに動く道具
④0時を過ぎるとこの世から消えてしまう
⑤グラウンドの桜の下には死体が埋まっている
⑥絶対に開かない扉
⑦
「そうそう、確かこんな内容でした」
「ええ。特に前半四つに関しては、すでに私たちにも見覚えがありますね。①・②は今いる鏡の中の世界、③は襲い来る化け物、④は鏡の世界の拡張と修復です。七つ中四つが今起こっている異変と関連付けされている以上、残る三つにも何かしらの意味があると考えられます」
「“桜の木”“開かずの間”そして“隠された最後の謎”……」
前々から思っていたことだけど、この最後の七つ目がなぜ隠されているのかが気になる。今までの内容から察するに、こちらの世界に来た過去の誰かが教訓として残したものだということは想像がつく。じゃあなぜ、残すべき内容が七つちゃんとあるのに最後の一つだけ消してしまったのだろう。
「まるで、七つ目を知られるのが不都合みたいな……」
「っ」
「!! ええ、私もそう思います。しかもこれは、明らかに現実に干渉できる存在の仕業です」
足元の猫肌がビクッと震え、正面から私のつぶやきを拾ったクガネさんがズイっと顔を近づける。近づくにつれて彼女の良い匂いと美しい顔の造詣がはっきりとして、動悸が高まるのを感じる。
「七不思議の存在は全生徒の知るところ。つまり一度は、誰かの手によって情報が流出したということです。すでに出回った情報を意図的に改ざんするためには、別の情報で上書きする以外に手はない」
「じゃあ現実に干渉出来て、かつ私達以外の一般人が聞く耳を貸す相手が必要だね。誰かもわからん放送の声とか、喋るマネキンなんかじゃ、八つ目の不思議に入るだけと。だとすれば」
「“人間”にしか、できない」
昔から人の口に戸は立てられないともいう。学校という思春期の少年少女が集う狭い空間に広まった未知の話など、彼らが食いつかないはずはない。
そんな彼らの情報を改ざんする過程は二つ、前の情報を消し、新たなものを刷り込むこと。両方同時にこなすには、より興味惹かれるものを流すことが一番手っ取り早いのだ。
「そう、私たちに殺し合いを強制した黒幕は人間なんです。そしてその黒幕は、私達と同じ鏡の世界にいる」
「どうしてそう言い切れるのかな? もしかしたら私たちが殺し合うのを、現実からテレビでも見るように監視しているかもよ?」
「根拠は二つ。一つは、あの放送を除き言葉を話す化け物を確認していないこと。話し方の癖といい、正確な受け答えといい。間違いなくあの声は本人が発していたものでしょう」
「でも、それも現実から送ってきたものかも」
「かもしれません。しかしながら、それが二つ目の根拠に繋がります」
いつの間にか、私の膝の部分で前足を組み会話に入ってきたレーゼさんに主導権が渡る。
二人の討論を眺めつつ、私は私の考えを構築していく。
「皆さん、鏡の世界で電話は鳴りましたか?」
「電話? そんなの向こうに置いてきちゃったよ」
「あ、私持ってます。でも、そう言われてみれば一度も鳴らなかったような」
「そう。こちらの世界には現実の電波は通っていないんです。現に職員室に設置された固定電話も、一度として鳴ったことはありません」
「……つまり?」
「現実からこちらに通信を送ることは不可能なのです。一度、明音さんの協力を得てケーブル接続も試してみましたが、電波そのものがこちらには来ないようになっています」
「放送を流すためには、必ずこちらの機材を動かさなければならない。だから黒幕がいるのは、現実から遮断されたこちらの世界だと断定できるのか」
これで、敵の正体が人間であるという証拠と、同じ鏡の中にいる証拠が出揃った。ここまで判断材料がそろっているのなら、もしかしたら殺し合いを止めることができるかも。
「ええ、おそらくはこれが七つ目が隠された理由なのでしょう。鏡の世界を作った黒幕に繋がるなにかが、そこにはあった」
「なるほどね。じゃあ次、これから私たちがとるべき行動は?」
ようやく、殺し合いを避けられる可能性が出てきた。それも飛び切りの希望を抱かせる根拠と説得力をそろえたクガネさんの説明によって。
レイダさんと明音さんが亡くなり、九条さんとユーさんの安否も未だ不明。だけどこの情報と、協力してくれる二人がいてくれるなら、きっとこれ以上の血を流さずに済むはずなんだ、
絶対に、黒幕を暴いてこの世界から出してもらう。
「ここで七つ目について考察する前に先に⑤と⑥を調べにいきましょう。⑥の開かずの間については残念ながら場所の特定はできてませんが、この学校で桜の木と言えば一つしかありません」
「体育祭の選手宣誓なんかで定番の、グラウンドの“大輪桜”ね」
大輪桜は、私もよく知っている。
樹齢千年と言われる本校が誇る巨大な桜の木で、体育祭の選手宣誓、学生の恋愛成就、仕事や行事の成功祈願などなど。県内でも五本の指に入る観光スポットとして有名なのだ。
「では、今から向かうとしましょうか。あまり時間を掛けては化け物や他の方々に気づかれます」
「りょ~か~い。――大輪桜なら、もしかしたら異能石も見つかるかもね。ね? 紅京くん?」
「そうですね~……――って、え? 気づいてたんですか!?」
あまりにさらっと話すものだから、つい流れに乗って肯定してしまった。が、本人の口からその言葉が出たということは、もしかして……
「ま、まさか、初めから気付いて……」
「え? 今更?」
せっかく立ち上がろうとしたところで、私は両ひざをついて崩れ落ちる。まさか初めから気付かれていたとは思いもせず、意図しない場所で弱点を暴露してしまうだなんて……
「安心しなよ。僕が君に協力をもちかけたのは、戦うのが目的じゃないからさ」
「そう……なんですか? じゃあどうして」
猫の姿のまま、ただ見つめるだけのレーゼさんに私は何も言えない。理由がどうあれ、今殺しに来られたとしても結果は変わらないのだから。
ただ伏して、次の言葉を待つ。
「んー、秘密♪ ネタバレはよくないよねぇ~?」
「え、ええ!!? なんですかそれ!? 教えてくださいよ今後の私の身の振り方が!!」
「いいんだよ今まで通りで。でもその代わり、今後もナデナデと頭に乗る権利はもらうけどね~♪」
「ちょっと!? レーゼさん!!?」
何故か、彼女は言葉を濁し煙に巻いたのだった。




