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第四十話 生き残りたい気持ち



「にゃ~~」


「そうですか。今までずっと一人で……」


「ええ。道中何度か明音さん達とも交流はしましたけど、ほとんどの時間はこちらの探索に使っておりました」


 屋上からの風景を眺めつつ、私たちは手すり近くのブロックに座り会話をする。といっても座っているのは私とクガネさんだけで、レーゼさんは固いのは嫌だと猫の姿で私の足に乗った。


 ――チラッ


「大変でしたね。普通の部屋ならともかく、科学準備室みたいな化け物の巣窟もあったでしょうに」


「そうですね。毎回扉を開く前は、待ち伏せして居る化け物が少ないように祈ってましたから」


 ――チラッ


「(……えーっと)」


 さっきからクガネさんの視線が、ちょくちょく別の所に動いているのが気になる。妙にソワソワしているし、落ち着きがないというかなんというか。

 戦いの後で彼女が凄く明るい人だってことはなんとなく理解してはいるけど、ここまで忙しない人だったのだろうか?


「……んにゃ? 手、止まってるにゃ」


「あ、ごめん」


「――!!」


 ほら、今なんかものすごく動揺している。足の上で整えた腕をわざわざ差し出すような仕草なんてして、一体クガネさんはなにを慌てているというのか。


 ん? 手を、差し出す? まるで何かをおびき寄せるかのように?


「――あ、あの!」


「? はい、なんですか?」


「そ、その。もしお二人がよろしければなんですけど……私にも少し、触らせて頂けないでしょうか?」


「触る? (あ、そういうことか)」


 どうやらクガネさんは、胡坐の上で喉笛を鳴らすレーゼさんのことを撫でたかったようだ。先ほどから頻繁に見かけた奇行も、どうにかして自分の所に猫を誘導するためのもの。


「私は別に構いませんから、レーゼさん次第ですかね」


「ん? 僕も構わないよ。なんならそこに胡坐をかいてよ、行くから」


「ほ、ほんとですかっ!!」


 本人(この場合は本猫だろうか)に許可をもらったことで、彼女は意気揚々と整った姿勢を崩し胡坐をかいた。

 しかし、武術を嗜んでいるだけあって彼女の体幹は素晴らしい。背中が曲がりやすい胡坐をかいていながら猫背にはなっておらず、天を穿たんとするかの如く背筋はまっすぐに空に向いている。


 日頃ゲームのし過ぎでがっつり猫背気味な私にとっては、憧れるとともに自身のだらしなさを見せつけられたように感じるが。


「準備できたぁ~? ふぁ~……」


 大きな欠伸を一つ落とし、ちょっぴりとめんどくささを感じさせるスローな動きで彼女は新たな寝床を目指して進む。二人の間に距離は開いていないので、対岸を渡るような感じだ。


 一回り程大きくなった寝床に、微調整を加えつつすっぽりと埋まる猫。感無量といった具合に破願するクガネさんは、慎重に背中に手を這わせる。


「はわ、はわわわわ!! さ、触っちゃいました! 初めて生の猫を触っちゃいましたぁぁ!!」


「ふふ。よかったですね」


 ぎこちない手つきで撫でる彼女を微笑ましく思いつつ、私は様子を観察する。何でもできる優等生に思えるクガネさんにも、意外な部分はあるものだ。まさか猫を触るのがこれが初めてだなんて。


「変な感じしませんか~? 力加減はこれくらいでいいのでしょうか?」


「大丈夫だと思いますよ。レーゼさんも落ち着いてますし、せっかく話せるなら本人に聞いてみましょうよ」


「そ、そうですね! 如何ですか、レーゼさん」


「ん、加減はちょうどいいよ。手のひらもあったかくて気持ちいい……けど」


 なにやら言葉に含みを持たせ、薄っすらと金色の瞳を覗かせる。何か気に入らない部分でもあったのだろうかと不安そうにするクガネさんを見つつ先の言葉を待つ。


「……ちょっと硬い。筋肉?」


「は?」


「!!」ガーン


 律儀に待っていた言葉の続きは、なんともまぁ失礼極まりない言葉。彼女が優しい性格じゃなかったら今頃貴女は八つ裂きの刑だろうに、よくもそんな言葉を。


「……痛い、ですか?」


「んー、なんていうかさ。紅京くんの足が普通の柔らかい布団だとすると、クガネくんのは高反発な布団みたいな感じ。でも、慣れればこっちも好きになると思う」


「そ、そうですか」ホッ


 ……おい、ちょっと待て。


「それはそれは。すみませんね~、無駄肉付きまくりのぷにぷに足で」


「え? いや、僕はそんなこと一言も。というかこれは物の例えで――ウニーーーー!!?」


 さんざん人の足をベッドにして気持ちよく過ごしていたというのに、恩を仇で返すとはこのことか。素早くクガネさんの足元へ手を伸ばし、驚きを隠せない猫を頬を掴んで持ち上げる。


「そんなことを口に出すのはこの口かー!? この口なのかえーー!?」


「ひ、ひょっひょ待っひぇ!? ひょんなもひかたひょうへいひへはい!!? (ち、ちょっと待って!? そんな持ち方想定してない!!?)」


「わ、凄い伸びてる」


 一人別方向に関心を寄せているのをよそに、私は目の前の失礼な猫に対し徹底的なお仕置きを敢行する。

 紅京は激怒した。必ず、この邪知暴虐の猫を懲らしめねばならぬと決意した。紅京に猫の気持ちはわからぬ(ry


「ひぇー、ほろほろほろひへほ~(ね~、そろそろ降ろしてよ~)」


 宙づり状態のまま三十秒ほどの時間が経過。いい加減かわいそうに思えてきたので開放する。当然、場所はクガネさんの膝の上に。


「やっと解放された。あーほっぺいたぁー」


「大丈夫ですか? よしよし」


「ありがと~♪ 僕に優しくしてくれるのは君だけだよぉ~クガネく~ん」


 これが正真正銘の猫なで声、か。などと考えている横で、レーゼさんはさらに言葉を続ける。


「あ~、ここは落ち着くなぁ。あんな乱暴な飼い主の元にいるより、こっちにいた方がずっと幸せでいられそう」


 などとのたまうではないか。


「ほぉう? そうですかそうですか。もう一遍宙づりになってみますか? 今度は一分」


「ひぃぃ!!? も、もう勘弁ーー!! クガネくん、僕を守って!!」


「え、え?」


「クガネさん、その猫引き渡してください。少しお話があります。待てーー!!」


「にゃーー!!」


 そこからはもうてんやわんや。屋上という狭い空間の中で、人対猫の負けられない戦いが勃発したのだ。必死に追いかける私の両腕を華麗にかわし、後ろ足で蹴ると同時に顔に肉球の痕を付けるレーゼさん。


「あ、あぁ――ぷっ! ふふふ、あははは!!」


「こら、待ちなさい!!」


「待てと言われて待つ野良猫はいないのにゃー♪」


 互いに引くに引けず、しばらくこの戦いは続くのだった。だが、この戦いは一切の血が流れない、平和な戦いだった。

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