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第四話 現れたるは黒の御手



「んー! んー!!」


 真っ暗な部屋の中、伸びてきた腕が私の腕と口を塞ぐ。かろうじて呼吸こそできるものの、その場から動くことは叶わない程度の拘束を受けている。


「(私、どうなっちゃうの。このままお化けにつかまって、あの世に連れていかれたり……!?)」


 その手の創作にありがちなお化けに捕まった人間の末路は、あの世に引きずり込まれてしまうこと。彼らと同じように私も、このまま真っ暗な闇の中に引きずり込まれるのではないか。

 そんなのは嫌だ。だけど自分の体を拘束する腕からはどうやっても逃げられそうにない。背中と口元に感じる微かな熱を感じながら、私は、状況の変化を今か今かと待った。


 ガコン ガコン ガコン


「(あ、あいつ。まだあきらめて ――ひっ!?)」


 背後の扉にぶつかる人体模型の頭部と、それとは別の不規則な音。あの時、私が透明な壁を引っ掻いた時と同じ音だ。できる限り首を横に向け、その瞳で窓の反対側を覗いてみれば、外から差し込む光が廊下の様子を映し出す。


 私の予想通り、そこには頭部だけが綺麗に切り取られた人体模型が立っていた。部屋の中に入りたいのか、指先で今もガラスを擦り続けている。


「(もう嫌だ……! 怖いっ、怖いっっ!!)誰か、助けてよぉ」


 心の中で感情を抑え込むには、とっくの昔に許容量を超えている。押さえられてなおくぐもった声で、抱え込んだ弱音が口から声となって溢れ出す。


「大丈夫」


「――へ?」


 今、誰かの声が聞こえたような。いや、まさかまさか。だってここには、私以外にはお化けしか


「大丈夫、落ち着いてください」


「!? だ、れ?」


 二度目。今度は間違いなく聞こえた。私以外の、少し低音の落ち着く声。相変わらず拘束は緩む様子を見せないが、あの声は間違いなく私の顔のすぐ近くから発せられていた。


「(……? 音が、止まった)」


 その声と同時に、背後の物音がパタリと止まる。ついで、何かが地表を滑る摩擦音が少しの間続き――


 カチリ、と。何か固い物同士をはめ込む音を最後に、校舎の中に静寂が訪れる。


「(諦めた、のかな。あの人体模型)フー」


 とりあえず問題が一つ退けられてよかった。残る問題はあと一つ、私の体を捕らえた拘束をどうにかするだけ。多少激しく動くことも想定して、念のためにもう一度廊下の様子を……



 ジーーーー



「ッッッッ!!」


 見た、目が合った・・・・・。相変わらず瞼のないその瞳で、口角だけを上げた恐ろしい笑みで、私を窓越しにじっとりと見つめていた。

 諦めたなどと、少しでも安心した自分を殴りたい。さっきの何かがはまる音は、人体模型が自らの首をはめ込んだ音だったのだ。

 

「(み、見られた!? ど、どうしよう!? は、入って、入ってくるかも!!??)フー! フー!!」


 両目を閉じて、何も視ず聞かず考えず。そこまで徹底的に外の情報を遮断しても、鼻息荒く心臓はうるさく脈打っている。額に汗が浮かぶがそんなことを気にする心の余裕などない。水槽にべったりと張り付き覗き込む子供の用に視線をまっすぐ私に合わせた人体模型。あれが一体何を考えているのか、何を求めて私に付き纏うのかわからない。


 ただ一つ、さっさと何処かに行ってくれ。そう一心に願い続ける。


「フー! フー!! フーー!!」


 どれほどそうしていただろうか。五分? 十分? いや、もしかしたら一時間以上そうしていたのかもしれない。深呼吸を繰り返し、これは夢だ夢だと願い続けていた時。


「――もう大丈夫、あれはここから離れていきましたよ」


「ぅ ほんとに……?」


 体を抑え込む拘束が解かれ、同時に感じていた温かさが離れていくことに一抹の不安を覚える。不思議なことだが、私はお化けに捕まっている間、背中と口に感じる温度に安心していたらしい。お化けに体温というのもおかしな話だけど。


「はい、ご安心ください。立てますか?」


 あぁ……久しぶりの会話に凄く安心する。自分以外の声を聞くのはいつぶりだろう。いや、ほんの数時間前までなんてことない日常を過ごしていたのだけれど。

 なんてことを考えながら、眼前に差し出された手のひらをじっと見る。少し白っぽ過ぎる気がするが、お化けというにはしっかりと生気を感じさせる肌の色。外に通じる窓の光がその手の持ち主を照らしだし、彼女が長袖のコートのような服を羽織っているのが確認できた。


「ご、ごめんなさい。腰が抜けてしまって」


「無理もありません。私が側にいますので、回復までそのまま安静にしてください」


 な、なんて優しいお化けさんなのだろう。キラキラと艶のある黒髪を腰まで伸ばし、片目が隠れそうなほどには前髪も長く伸びている。見た目はまさしく某井戸のお化けそっくりでも、彼女にはそういった悪い感じはしない。不思議なお化けだ。


「もうだめかと思いました。ありがとうございます、優しいお化けさん」


「お化け?」


 コテン? と、黒髪のお化けさんは首を傾げる。隠れがちだった彼女の瞳が見えて、同性なはずなのに思わずキュンとしてしまう美しくも可愛らしい素顔が露になった。


「あ、すみません。失礼でしたよね、せっかく助けていただいたのに」


「? ……! ふふっ♪」


 手で口元を抑え、控えめに笑う姿も美しい。彼女は優し気に私に微笑むと、その手に毛布を広げ私の体に優しく掛けてくれた。彼女の心遣いが、荒み切った心にじんわりと染みわたる。そういえば私、まだ自己紹介をしてなかった。


「毛布まで……すみません。あ、あの! あの私、紅京くれみや むくろって言います。この学校に通う三年生です」


「これはご丁寧に。私の名前は芦花あしはな 猫爪ネイル。貴女と同じ、この学校に通う三年生です。″ネル”と、愛称でお呼びください」


「ネルさん! 良いお名前で――あれ?」


 お互いに握手を交わし、その手に確かな体温を感じたその時、気づく。確かに感じる温度と力、そして、月光に照らし出された部屋の中で確認した、彼女の両足。


 三年、生? 同い年――ひと?


「あ、れ。私、もしかして」


「――ふふっ、お化けだぞー?♪」


 両手を顔の横に付け、爪を立てた猫のようなポーズでお道化るネルさん。そういえば拘束されているときも、人肌の温かさを感じていたんだ。


 ――私、命の恩人に対して、なんてこと


「申し訳ございませんでしたっ!!!!」


 立てなくなったとは何だったのか。私は彼女に頂いた毛布を一度外し勢いよく頭を地面にこすりつける。まさか同じ学校の同級生を、顔を覚えていなかったどころかお化け扱いしてしまうだなんて。

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