第三十九話 猫と黄金と小桜と
「まさか、脳からの信号を金を利用して早めてしまうとは。実にユニークで素晴らしい発想力」
仮面に隠れていないもう半分で笑顔を作り、高らかな拍手を彼女は送る。
「生憎と、私の力では体を鉱物に変換することはできませんが。生成した石を身体強化に用いる発想は、応用できるかもしれません」
ぼそぼそと小さい声でつぶやきつつ腰かけにしていたコンクリート片から飛び降りると、おもむろに顔を両手で覆う動作をする。行動理由がわからず、困惑するばかりだ。
「? 何をしているのですか?」
「いえ、先ほどの戦闘で得た教訓を履行しようと思いまして」
「あっ!」
少しばかり時間を掛け、ゆっくりと顔を覆う両手を退けるクロロア。片側のみだった仮面が左右対称に揃えられ、顔全体を覆うようにメット型に成形されている。
「ふむ、こんなところですか。どうですか? 鏡がないので自分で確認することはできないのですが」
「顔を鉄で覆い隠した……外見におかしなところは見受けられませんが、それで呼吸はできているのですか?」
「問題ありません。視界、呼吸ともに良好。これで、生身の部分を攻撃される心配はなくなりました。左半分とは違ってこちらは生成物なので不安はありますが」
ただでさえ金属光沢のあるロングコートを羽織っている彼女が顔全体をメットで覆ったことで、肌の露出は完全にゼロとなった。
どうみても不審者にしか思えないその風貌は、変身を目の前で見ていた私達からしても近づこうなどとはとても思えないものだ。真夜中の学校で何も知らないままこの人と出会ったら、間違いなく泣き叫んでいる。
「クガネ。あなたとの一戦は、私にとって実り多きものでした。頂いてばかりというのも心苦しいですし、ここはひとつ私の異能についてもご説明しておきましょう」
「私の異能は『磁力』。引力と斥力を切り替え、磁力に反応するものを操作することができます」
瓦礫の中に埋まっていた金属製品を空中に浮かべ、実演を交え能力を明かす。
先ほどの戦いも、そして体育館でも。自ら敵に向かっていくばかりだったというのに、明かされた能力はとてつもなく強力なものだ。わざわざ接近などせずとも、遠くから投擲するだけで十分強いはずなのに。
「……どうしてわざわざ相手に有利な距離で戦うのですか。鉄と磁力を使えば、遠くから攻撃するだけで良かったはず」
「言ったでしょう? 私はあなた方のもつ異能に興味があるのですよ。相手の思うもっとも有利な条件を提示し、代わりに異能の行使・応用を見届ける。そうして初めて私が戦う意味が生まれるのです。いずれそちらのお二人とも手合わせを願いたいものです」
――“ですがそれはまたの機会に”
コートを翻し、私達とは反対の扉に向かって歩いていく。自分の思うがままに言葉を話し、それが終われば一方的に立ち去るクロロア。ただの人間の歩行音にしてはやや重い音を鳴らす彼女のブーツは、着実に扉の前に進んでいく。
だが、扉に手を掛け屋上を後にする直前。徐に彼女は振り返り――
「そうそう、お礼ついでにご報告と忠告を。先ほど体育館にて起きた闘争で、すでに二人の人間が亡くなりました。水晶の零雫、琥珀の明音の両名」
「ッ!!」
……覚悟はしていたが、いざ報告を聞くと来るものがある。事象が確定し僅かな可能性がゼロになった瞬間に、目の前が真っ暗になる感覚に襲われる。
「大丈夫?」
「……すみません」
足元がふらつきバランスを崩す私を庇うように、レーゼさんはクロロアとの間に立ち姿を隠してくれる。
「放送を聞きすぐに武器を抜いた纏さんの危険性は承知しているとは思いますが。あの場にいた人間の中で、もっとも恐れるべき人物は別にいます」
「纏くん以上? 誰だい? それ」
「『辰砂』の異能石を持つ莉緒という女性。彼女には気を付けなさい」
そう言い残して、クロロアさんは扉の奥に消えていった。後に残されたのは、明音さんの死に呆然とする私と、忠告を受けるクガネさんとレーゼさん。
「(明音……さん)」
今一度、最後に感じた感触を思い出すべく唇に触れる。ついぞ、彼女の最後を見届けることすらできなかった。今もなお燃え盛る体育館の中で、宝石になった彼女の体は焼かれ続けているのだろうか。
「(仮面は能力の影響を受けないという話だった。もしもあの炎が静まったら、一目だけでも会えるだろうか)」
なんて、未練たらたらな言葉を脳内で繰り返す。と同時に、彼女の遺言についても思い出した。
『もしもナーちゃんが生きていたら、その時はクーちゃんが、あたしの代わりに支えてあげて』
クロロアさんの挙げた名前の中に九条さんは含まれていなかった。九条さんは生きて、この学校のどこかにいる。ならば、私はまだ明音さんの遺言を遂行できるということ。
「――くん、紅京くん」
「体調でも優れないのですか? もしや、先ほどの戦闘で影響が」
「……あ、はい。問題ありません」
二人の言葉で意識を現実に引き戻し、ふらつきを正して立ち直る。
「改めて、初めましてクガネさん。『桜石』の異能石を持つ紅京 躯です」
「『猫目石』の夜刀神 冷泉。よろしくクガネくん」
「これはご丁寧に。『黄金』の東雲 狗金です」
握手を交わし、がっちりとしたクガネさんの腕の感触を確かめる。異能を解除し金色から朱色に戻った髪色を確認し、こちらに敵意がないことは認めてもらえたらしい。
「お二人はペアで行動されているのですね。ご友人でしょうか?」
「いえ、先ほど初めて会ったばかりです」
「僕たちはあまり殺し合いには積極的じゃなくてね。一人だと心細いと思って僕から協力をお願いしたんだ」
「なるほど、それは素晴らしいですね!」
戦闘から解放され緊張が抜けたせいだろうか。先ほどとは打って変わりコロコロと表情を変えるクガネさん。
両手を合わせる動作に始まり言葉にあわせて身振り手振りを加える姿は、一目で悪い人物ではないと印象づけられる。
「……あの、クガネさん。今回は折り入ってご相談……というより、お願いがありまして」
「はい、なんでしょう?」
「……あの! 私達と 「僕たちと協調しない?」 ちょ、レーゼさん!?」
隣から声をかぶせられ、一番重要な部分を言いそびれてしまった。けれど内容はレーゼさんが被せたものと変わりはなく、事実クガネさんにはしっかりと伝わったらしい。
「協……調っ!! ぜひぜひ、お願いします!! あの場では皆さんに断られてしまい意気消沈しておりましたが、誘っていただけてとても嬉しいです!」
「あ、あれ?」
「なんか、思ったより食いつきが凄いね。もう少しややこしくなることを想定してたんだけど……」
……ま、まぁとにかく。これで三人目の仲間ができた。ちょっとずつでも、状況が好転してきているような気がした。