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第三十八話 強者の対話



「――いやはや、これは一本取られましたね」


「!!」


 何とか落ち着きを取り戻したレーゼさんの横で、大量のコンクリート片を退け姿を見せるクロロア。彼女は破片の山から這い出ると、手ごろな場所に腰を落ち着ける。


「ふぅ。それにしても、今日はやけに爆発に合う」


「これでも倒れないとは……まだ、続けますか?」


 未だ即身仏を解除していないクガネさんが彼女に問う。本人はそれを、首を横に振るうことで否定する。


「止めておきましょう。時間は沢山あるのですから、決着はいつでも付けられます。その代わりと言っては何ですが、どうですか? この夜空の月を眺めながらお話でも」


「話? それに時間はあるって、クロロアさんは一刻も早く脱出しようとは考えないのですか?」


 つい、私は彼女に対し質問を投げかける。これでは言外に、彼女の提案に乗ると言ってしまっているようなものだ。だが、クロロアさんは気にした様子もなく私の質問に答えてくれる。


「脱出? ……あぁ、そういえばそんなこともありました。いいえ。私は別に、ここから出られるかどうかは気にしておりませんよ」


「考えていない?」


 ある意味、一番予想外の返答が来た。

 ではなにか。彼女はこのまま、一生を鏡の中で過ごしてもいいというのか?


「ええ。生憎と、私は執着とは縁遠いものでして。現世の娯楽などには一切の未練を持っていないのですよ。家族にも、友人にもね」


「……」


 表情を観察する限り、動揺や後悔の感情は読み取れない。彼女は心から、現世に対して未練がないのだろう。

 脱出のために躊躇なく武器を構える纏さんまではいかずとも、自身の身を危険に晒すことを許容できる、何かしらの強い動機が彼女にもあるはずなのに。


「う、あぁ。まだ少し耳がキーンとくる……あぁ、もう」


「あ、レーゼさん。もう立ち上がって平気ですか?」


「……で、クロロアくんだったっけ? それじゃあ君は、どうして殺し合いに参加しているんだい? さっき見せた実力からして、自己防衛に努めて身を隠せばいいじゃないか」


「そうですね。あれだけ凄い剣の腕前なら、身を守るくらい造作もないでしょう。理由をお聞かせ願えますか?」


 レーゼさんとクガネさんも、ほぼ同じ意見。私以外の目から見ても、非合理的すぎる。


「あなた方にとって、きっと私の動機は理解できないことでしょう。それでも聞きたいですか?」


 一同、ほぼ同時に頷く。


「――憧れですよ」


「……憧れ?」


 彼女の前置き通り、その一言ではさっぱり意味が分からない。


「そう、憧れです。人知を超えた、科学では説明のできない力。それを自由に操り、戦う。実に浪漫にあふれているではありませか」


 ……訂正。説明されてもなお、彼女のことは一ミリも理解できはしない。


「そんな理由で、君はクガネと戦ったのか?」


「はい。私の鉄の異能は確かに素晴らしいですが、他の方々の持つ異能にも大変興味をそそられます。ですから私は、この殺し合いというルールをお借りして皆様の力を見せていただいているのです」


 たった、たったそれだけの理由で。平気で人が死ぬ戦いに身を投じているクロロアという人間を、いつしか私は恐怖の対象としてみるようになっていた。

 気が狂っているとしか思えない彼女には、レーゼさんとクガネさんもいい顔はしていない。


「君、だいぶ狂ってるよ」


「おやおや、そう取られるのは心外です――あぁ、そういえば一つ伝え忘れていました。先ほどルールをお借りしたと申しましたが、それはあくまでも人に異能を行使する部分のみ。決して、積極的に人を殺すような真似はしません」


「ここまで信用のない言葉も珍しい。刃物を振り回すような人間に、人は殺さないと言われて信じられるとでも?」


「? おかしなことを言いますね。ここには、目的のために人を傷つけるものしかいないはずですが?」


 クロロアの目的はさておき、鏡の世界にいるほぼすべての人間が力を行使することに躊躇しないのは事実だろう。現にレイダさんを殺した纏さんと、私を氷漬けにしようとしたイサナさんなんかがいい例。

 みんな、長い軟禁生活の中で疲弊しているのだ。一刻も早く日常に戻りたいという気持ちは凄くよくわかる。


「ところでクガネ。あなたの『金の性質を強化する』力は、実に面白いですねぇ。延性を利用した肉体の伸縮と、重量を生かした打撃の強化。そして、熱伝導性による熱の吸収と放出。さっきみせた爆発は、貯めた熱エネルギーを利用して空気を爆発させたのでしょう?」


「ええ、正解です。短期間によくぞそこまで」


 かなり鋭利な皮肉を軽く受け流し、すでに興味はクガネさんの異能へと向けられる。何処までもわがままで自由奔放なクロロアに、レーゼさんは駄目だこいつと全身で表した。私も同意見です。


「しかし、やはりそのスピードだけは解せません。肉体のみの力ではそこまでの金を動かすだけでも至難の業でしょうに。金の性質の中に、私の知らないものでもあるのでしょうか? 重量、延性、熱伝導の他だと……――電気伝導性・・・・・?」


「――お見事、正解です」


 電気伝導とは、電気の通りやすさのこと。金は、鉱石の中でも電気を良く通すことで知られる。携帯のパーツにも使用されているほどだ。


 しかし、クガネさんのスピードと金が電気を良く通すことに繋がりがあるとは信じられない。


「そこまで見破られては、お教えしたところで何も変わりませんね」


「い、いいんですか? クガネさん」


「はい。――私は、自身の肉体を金に変換し戦います。その理由は、クロロアさんが述べたような金の持つ性質を可能な限り活かすためです。延性は私の武術の有効距離を伸ばすため。重量と熱伝導は、単純に破壊力を増すため」


「そして、最後の電気伝導性。これは、脳からの信号伝達を加速させるために利用しています」


「脳からの信号? ……!!」


 その理由に思い立った時、私はクガネさんの、自身の異能石を熟知し余すことなく戦闘に取り入れた頭の柔軟さに驚いた。


「動物の四肢は、脳が生み出した微量の電気を神経を伝って各部位に送り筋肉に刺激を与えることで動いています。私は神経を金に換え電気を通りやすくし、反応速度をあげました」


「……素晴らしい。実に素晴らしいですよクガネ。あなたは私が見てきた中でももっとも自己の研鑽に努めたお方だ、心からの称賛を送ります」


 初めて、私とクロロアの意見が一致した瞬間である。

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