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第三十六話 これからのこと



「……」


「にゃ~ん♪」


「……あの、そろそろ降りてもらえませんか」


 猫の姿に戻ったレーゼさんは、私の頭の上で器用にバランスを取り毛づくろいにいそしんでいる。

 地味に首に負担が掛かっているしぜひとも自分の足で歩いてもらいたいと先ほどから何度もお願いしているのに、一向に聞く耳を貸さないのだこの人。


「い~や♪ だってポカポカして気持ちいいんだもん。もう少し居させてよ」


「今夏ですよレーゼさん。ポカポカしたら逆に辛いでしょう」


「いいじゃん、理由なんてなんでも~」


 遠回しに退去をお願いするとすぐにこれだ。まぁサイズは小さいし雑に扱っても落ちないから気にしないでいいのはいいんだけど、これではいざという時に戦えないではないか。


「ところで紅京くん、だったっけ? 君は何処を目指しているんだい? さっきから忙しなく歩き続けてるけど」


 これは……正直に話してもいいのだろうか。こうして学校中を何度も歩き回っているのは、九条さん達の捜索の他に異能石である桜石の確保にある。後者に関しては、これを伝えることがそのまま自身の無防備を晒すこと同じになる。


『え? いま異能石持ってないの? なーんだ。じゃあ君はい~らない♪』


 なんて、脳天をカチ割られたらたまったものじゃない。この人だって、何の思惑もなく誘うことなんてしないだろうし。初対面の相手に求めるメリットなんて、異能石の能力ぐらいな物だろうし。


「? 紅京くん?」


「知り合いの居場所を探してるんです。少しでも生存確率を上げるために、できる手はすべて打ちます。あと、せめて“くん”じゃなくて“ちゃん”でお願いします。男っぽいので」


「ふ~ん……ヤダ☆」


 あ、今ものすごくこの猫を放り投げたくなった。いいなそれ、今度化け物と出会ったら真っ先に投げよう。

 後頭部にぺちぺちと当たる尻尾の感触を鬱陶しく感じつつ、変わらず私は便利な台車としてレーゼさん(猫モード)を頭に乗せて歩く。


「あ、そこは迂回した方がいいよ。それとそこの教室に隠れてるのがいるから慎重に通るといい」


「……はい」


 できれば、道中の化け物は倒していきたいのが本音。でも、危険と物音をできるかぎり避けたいこの状況で、わざわざ敵と戦い石を探すのはバレる可能性が高い。偶然を装って戦おうと思っていたのに、どうしてこうもうまくいかないのか。


「ふんふん、人の気配も化け物の気配もしばらくないね。いやー、どうも今日は敵がわんさかで困っちゃうや」 


「凄いですね、レーゼさんの能力。今のところ敵との遭遇回避率百パーセントですよ」


「ふふん♪ くるしゅーない。ほれ、我が毛並みを撫でる権利をやろう」


「……さっきから思ってましたけど、その姿で他人に撫でられて嫌じゃないんですか? あまり言いたくはないですけど、その、裸を撫でられるようなもので――い、痛い痛い痛い」


「ニャッ! ニャッ! ニャッ!!」


 に、肉球が! 肉球がおでこに!? くっきりと肉球の形をした痕跡を無数に肌に付けられてしまい、流石にデリカシーがなさ過ぎた。


「まったく、まったく! やっと! やっと慣れてきたのに! この、この!!」


「ごめんなさい! ごめんなさいい!!」


「……まったくもう。――」


 一通り猫パンチを叩きつけ満足したのか。前足を組んで頭を乗せ、私の目を見下ろすレーゼさん。


「ここに閉じ込められて半年くらいたったかな。あんまり人と関わることが好きじゃない僕でも、流石に人肌恋しくなることもあるさ。さ、わかったら早く撫でるんだ。さぁ、さぁ」


「はぁ~い」


「(それに、私の予想が正しければ……)」


 視覚に頼れない以上、手先の感覚を頼りに逆なでに気を付けながら優しく背中を撫でる。時には頭や首元に移動し、お尻付近にはなるべく触らないよう気を付けながら。優しく、優しく


「んっ、ぁぅ。な、なかなかの腕前で……最高」


「それはよかったですね」


「ンニャァ~オ♪♪」


 頭の上で身震いをする猫様は放っておいて、私はかねてより計画していたあることを実行に移す。それは、活動の範囲を広げること。

 ひとまずの目的地は、屋上だ。


「(ここからだと、別館に続く通路前の階段が近いかな)」


 このまま、闇雲に化け物を倒し続けても状況が好転する可能性は低い。まだ生存の可能性のある九条さんとユーさんの姿も見つけられていない以上、屋上に行くのは悪くない選択肢に思えた。


「(懐かしいなぁ。あの時は地震の正体を探るためにお二人と一緒に来たんだっけ)」


 私の前を格好良く、逞しく走る九条さんと明音さんの姿。二人がそろっていれば怖いものなしと、無条件で信じていたころが懐かしい。


「……」


「にゃ~」


 ……何も考えていないかのように破願するレーゼさんが、今は少し羨ましい。でもそれは、学校に閉じ込められてから今日に至るまで、たった一人で生きてきた結果。


「(誰かを失う悲しみを知らない。代わりに、誰にも頼ることができない。そんなの……)」


 羨ましい、と言ったことを訂正する。頼りにしていた人を失うのは悲しいことだけれど、それ以上にこの暗闇と怪物渦巻く世界で一人になりたくはない。


 謝罪を込めて、背中をひと撫で。


「ふにゃ」


 そんなこんなで、ついに屋上へと繋がる扉の前まで到着した。この扉の奥にいるのは、果たして怪物か、それとも敵か。何より、私が一番懸念しているのは空を飛行できるイサナさんの存在。遮蔽物のない屋上に待ち構えられたら、瞬く間に氷漬けからのバッドエンド。


「レーゼさん、扉の奥に人の気配はありますか?」


「……にゃ~」


 これは……どっち? 寝ぼけ眼で適当に返事しているようにしか聞こえないが、特別慌てた様子はないし、危険はないと思ってドアノブに手を掛ける。


「――あ、敵いるよ」


「は?」


 それを先に言――


 ――ガギィィィィィィィィィィィィィィン!

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