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第三十五話  逃げた弱虫




「はぁ……」


 学校中を逃げ回って、空を飛ぶイサナ相手に外は不利だと屋内に逃げ込んで。一瞬の隙をついて物置に身をひそめることに成功し今に至る。

 逃げることに成功し、命があることをひとまずは喜ぼう。そう、思うのだが


「(こうして静かな場所に一人いると、嫌でもさっきのことを思いだしちゃう……)」


 体育座りの状態で、肌を伝わる寒さをかき消すようにぐっと力を込めて両足を抱き込む。

 ゲームが始まってから三十分は経過した。たったこれだけの間に、一人が死亡し一人は生死不明。容易く人の命が奪われる環境にいることを嫌でも実感させられ、身を守る術を得ることが先決だというのに、未だこの密室から抜け出せずにいる。


 目の前に立てかけられた姿鏡も、その奥へ進むことはできなくなっている。


「(……ダメ、しっかりしろ私。二人の想いを無駄にしないために、意地汚くても生きるって誓ったばかりでしょ)」


 正直、あの場で死んだのが私だったなら。なんてIFを考えなかったかと言えばウソになる。もしもレイダさんの代わりに私が犠牲になったなら、今ほどユーさんが怒り狂うこともなく、明音さんも火の海に飛び込まずに済んだかもしれないと。


「(そう。私は生きなくちゃいけないの。レイダさんの分まで、明音さんとの約束を果たすまで)」


 唇に触れ、かすかに残った明音さんからの証を確かめる。そうして短くも長い物置部屋の一人反省会を済ませ、私は一思いに外に出る。


「……燃えてる」


 隠れた物置が別館一階だけあって、燃え盛る体育館を間近に見ることができる。すでに火の手は建物の端から端まで行き渡り、ある種キャンプファイヤーのような巨大な炎になった。


「(確か、あっちの世界で最後に受けた授業、本能寺の変だったっけ。寺ごと信長を殺した明智も、こんな光景を見ていたのかな)」


 なんてどうでもいいことを考えながら、私は異能石確保のために校内を歩き続ける。

 不謹慎だろうと無関係だろうと、何かを考えていなければ嫌なことを思い出す。


 どこにでも現れる化け物を容赦なく粉砕し、ドロップする宝石が目的のものではないことに落胆するのを繰り返す。中には水晶や琥珀なども当然あり、そのたびに込み上げる吐き気を我慢してきた。


 そしていよいよ桜石の獲得を諦めかけていたころ、私の体は校内を周りきり別館一階の同じ物置の前へと戻ってきた。


「(……これだけ探してもないとなると、まだ行ったことのない場所に行ってみるしかないか。体育館はもうダメになったし、屋上か、グラウンドか)」


 屋内を隈なく捜し歩き、残された捜索場所はすべて屋外。すなわちそれは、再びイサナや他の異能者に見つかる確率が上がるということ。

 空を飛ぶ彼女はもちろん、グラウンドは特に窓から簡単に様子を見ることができる場所なのだ。力のない状態で行ったところで死地に飛び込むようなもの。絶対に推奨されない行為だということはわかっている。


「……やってやる」


 いざとなれば相打ちを覚悟してでも。気合を入れて鉄パイプを握りしめる。恐怖に打ち勝つための、私のルーティン。


「――見~つけた」


「ひっ!?」


 何処かから聞こえてきた女性の声に、私は思わず声を上げた。だが、これでもいろんな体験を重ねてきたのだ。すぐに姿勢を正し、壁を背にしながらパイプを構え敵の姿を確認する。

 人影はなし。隠れられる物陰のないだだっ広い廊下があるだけで、靴音も人の気配も一切ない。


「(気のせい……いや、絶対にいる。もしかしたら、姿を隠せる異能かもしれない。油断するな)」


「お~い、こっちだよ。こっち」


「こっち? ……は?」


 ぺちぺちと足先に何かが当たる。先ほどから聞こえてくる人の声を気にしつつも、私は先ほどからの足への違和感を確認するために目線を下に降ろし……

 脛を肉球で叩く、一匹の薄金色・・・の毛並みを持つ猫を発見した。


「猫?」


 つい、警戒を緩めて屈む。顎の下を指で優しく撫で、ゴロゴロと気持ちよさそうに鳴く猫の姿に久しぶりの癒しを感じた。


「……可愛い」


 すっかり猫のアニマルテラピーに癒されて、体に入りっぱなしだった緊張がスルりと抜け落ちていく。それにしても、どうしてこんなところに猫がいるのだろう。現実と切り離される際に誤ってこちらに入り込んでしまったのだろうか。

 こんな危険な場所に一人、他に同じ種族もいないのに。


「……ねぇ、君。よかったら私と来ない? 安全……は、確約はできないけど。でも、出来る限りのことはするから」


 あえて少しだけ距離を取り、平手を向けてこの猫にその意思があるかどうかを確認する。顔の左半分を覆う仮面をつけた不思議な猫は、少しだけ首を傾げるようなポーズを取ったかと思うと、一直線に近寄り柔らかい肉球を手のひらに乗せた。


「そっか……よかった」


「うん! これで契約成立、だね」


「――え?」


 今度こそ、私は見逃さなかった。何度も聞こえてきた謎の女性の声に合わせ、綺麗な口の動きを披露する猫の姿を――


「よかった、君以外の奴らは嫌な感じがして気が進まなかったんだよね。君から選んでくれるなんて嬉しい誤算だった。――――よっと」


 宙を一回転し、一瞬光輝いたかと思うと光源から人型が姿を現した。縦に一本線の入った仮面、薄金色のウルフカットの髪。


「れ、レーゼ……さん」


「ん、そう。これからよろしくね、協力者さん?」


 彼女の名は夜刀神 冷泉。

 頭頂部から生える猫耳と腰部から生える尻尾。その特異な姿は、人というよりも獣人に近い。先ほどの猫への変身といいこれが彼女の異能石の力なのか。


 男性のみならず、女性にも受けがよさそうな王子様スマイルを浮かべ握手を求めるレーゼさん。

 よく考えれば、異能石も使えないただの猫が鏡の中に入れるわけがないだろうに。自分の浅はかさに辟易としつつ、イサナのように敵対する意思がなさそうなことが救いだ。

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