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第三十三話 一人目



 ――長い、長い一秒。


「う、うぅっ……――?」


 自身に向けられた発砲音を耳にして来るべき未来を覚悟したというのに、暗転はおろか痛みすらも感じない。

 まさか人の死とは、こんなにもあっけないものなのか。そんな甘い考えを持って目を開けたその先に――


「――カハッッ!?」


 口と、左胸から血を流すレイダ・・・さんの姿が映る。


「……っは?」


 時間がゆっくりになったように感じた。私の視界外からわき目も降らず飛びこんできたようなレイダさんの体が、赤い血潮を流しながら固い床に崩れ落ちていく。


「!!? レイダさんっっっっ!!」


「「「ッ!?」」」


 倒れ伏して、おそらく十秒とかからなかっただろう。身代わりとなって血を流す彼女の姿を認識し、介抱だとか安静などと言ってられない慌ただしい思考のままに、血の池から体を抱き上げた。


「レイダさん、レイダさんっ! レイダさんッ!! しっかりしてください!!」


「は、かっ!? はぁ……はぁ……」


 かろうじて、呼吸はできているようだ。だが、必死に血を抑え込もうと傷口に手を当てても、溢れ流れる血は止まらない。


「どうして……こんなっ!」


「……あ、くれ……さん……無事……だった……」


「!! はいっ、私は無事です! レイダさんが助けてくれたおかげです!」


「……よか……た」


 口の端から血を流し、話し辛いだろう体に鞭を打って他人の無事を喜ぶ。後悔をこれっぽっちも感じさせない顔を浮かべていても、痛みで歪むその表情は笑顔とはとても言えないものだ。


「どうして前に出たんですか!? 私を庇わなかったら、こんな――」


 ――くしゃり


 真っ赤に染まった左腕で、頭を撫で髪を梳かすレイダさん。私は、黒髪が真っ赤な血で染まることなど気にもせず、冷たくなり始めた手のひらの感触をかみしめる。


「……こうなる……未来は……見えて……た。見殺しには……できない、からっ」


「っ!!」


 そう言って、もう片方の手のひらから零れ落ちる水晶の破片。私がクガネさん達の会話に夢中になっている間も、彼女は自身にできることを考え行動に移していた。能力で未来の出来事を占い、私が銃撃されることを知り、手遅れになる前に飛び出したのだ。


「ごめんなさい! 私がもっと、もっとしっかりしてたら!!」


「謝らない、で……なんか……失敗……しちゃった……みたい、だから……」




「……だから……代わりに……ね?」


「!!」


 ――なぜか、私には彼女の求める言葉が理解できた。何一つヒントなどない、予想できなくても仕方がないその一言を。

 もう、レイダさんとできる会話も数少ない。無駄にできない残されたうちの一つを、冷静に、しっかりと伝わるように、最大級に心を込めて言葉にする。



「ありがとう……ございます」


「っ……――――」


 苦痛を忘れ、今度こそ完璧な笑顔を浮かべるレイダさん。力なく首は倒れ、髪に絡んだ手のひらもスルリと血の池に沈む。残り少ない彼女の灯を無駄にしないよう、最良の言葉を口にした瞬間だった。


 それが最後の、私と天傘 零雫さんとの会話だった。


「っっっっっっ!!!!」


 言葉にならない、とは、このことだ。安らかに眠る彼女の姿を見ながら、先ほどまで感じていた感触を思い出すために赤く染まった髪を無心で触り続ける。

 出会って過ごした期間はたったの四日。それでも、私のこれまでの人生の中で一番濃ゆい時間を過ごした人。

 初めて閉じ込められた日の夜、育てた水晶を自慢げに話す愛らしさ。シャワー室や洗濯機の使い方を教えてくれた、優しい声。屋上に押し寄せる化け物に、二人で立ち向かった時の安心感。腰を抜かした私に抱き着き、涙を流す姿。


 そのすべてが、今、私の手のひらから抜け出ていった。


「まずは一人。さァ、次だァァァ!!」


 銃を消し、両手に二本の骨の刀を生成する纏。持ち手下部には肩鎧から伸びる細長い脊髄が装着され、殺し合いに向けて戦闘姿勢を取る。今再び、彼女が狙ってくる可能性は大いにある。この状態で狙われれば、今度こそ死んでしまうかもしれない。


 せっかくレイダさんが繋いでくれたこの命、無駄にしたくない思いは当然ある。だけど……


「……」


 レイダさんの水晶の仮面が、次第に顔全体に広がり始め浸食が首から下へと進んでいく。一度この場を離れてしまえば、次に私が目にするのは、生前の面影のないただの水晶の塊。

 言い換えればこれは、お葬式に出られず、次に見るのが遺灰ということに同じ。それではあまりにも、寂しいではないか。

 ……せめて浸食が全体に移るその時まで、見送るワガママを許してほしい。



 ――鉄と鉄のぶつかり合う音が、密室の中では良く響くーー


「お前は、クロロアとか言ったか」


「早速愛称でお呼びいただけるとは恐悦至極。しかし、亡き友を送る者を害するのだけはいただけませんね。時間はあるのですから、せめて見送りくらいは」


 振り抜かれた骨の刀を受け止めたのは、自身の鉄で作られた二振りの剣を握るクロロアさん。壇上から此処までかなり距離があったというのに、彼女は私の前に立っている。


「誰からでも別に構わんさ、どのみち全員を殺すことに変わりないからなァ!!」


「おやおや。血気盛んで、実に結構」


 二人が戦闘を開始し距離を離したところで、私は視線を戻す。仮面の浸食は思った以上に早く、すでに腰より下。太腿あたりまでを服ごと水晶に変化させている。


 浸食は最終段階に入り、足首を包み、小指の先まで余すことなく水晶に変化したのを見届ける。同時に私の頬に伝わる冷たい感触は、きっと、彼女には気付かれなかったはずだ。



 ――――ドォォォォォォォォン!!


「!?」


「っと」


 無事に最後を見届けた後も、残念ながら平穏な時間は訪れない。だが、今回の攻撃は纏でもクロロアさんの物でもない。


「……っ」


 その爆音を轟かせたのは、私の後ろでレイダさんの最後に涙を流すユーさん。

 レイダさんを知る私達全員で最後を見届け、悲しみに一区切りつくと同時に湧き出してくるのは強い憎しみ。もっとも彼女と親しかったユーさんは、私なんて比ではないほどの恨みと憎しみを感じているのだろう。


「俺以外にも、この規模の攻撃ができる奴がいるとはな」


「高い威力と仕込みを気づかせない静穏性。素晴らしい能力です」


「……下がれクロロア。アタシは今、手加減ができる状態じゃない」


 目元を隠していた髪が爆風で揺らめき、奥に隠された顔を晒しだす。決壊した涙腺から零れる雫を押しとどめるべく力を入れて、結果として獰猛な表情を作るユーさん。


「纏、だったな。お前は……お前だけはッ!! このアタシがぶっ殺してやるッ!!」

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