第三十二話 遊戯開始
「では、私からも質問をさせてもらおう。――なぜ、そこの女だけが仮面を付けられていない」
骨人の指は、真っ直ぐ私を指している。だが、この件については私からも質問をしようと思っていたところだった。
『さて、こちらとしても大変興味深くは存じますが……おそらくは異能石との融合が完全ではないのでしょう。なにせそちらの方は、最も遅くに力を解放されていますから』
「それで、その肉体を宝石に変える機能とやらは使えるのかね」
『ええ、もちろん。見た目には出ておらずとも、然りと種は植えておりますのでご心配なく』
あくまでも仮面は外見上の物。肉体の変化はもっと別の機能があるということか。もしかしたら私の体は変化しないのではないかと思ったりしたのだが。
『ご質問は以上で出そろいましたね? それでは、ただいまより仮面舞踏会を開始いたします。皆様のご健闘ご活躍を祈っております』
――ゴォォォォォォォォン……
開始を知らせるゴングのように、スピーカー越しに鈍い音が鳴る。といっても音質的に集合を呼びかけた際のチャイムの流用だろうが。
「……」
「……」
この場に集まる全員が、始まる前に取った姿勢のまま微動だにしない。相手も私と同じように出方を伺っているのだろう。いきなり開始の宣言をされた上に殺し合いをしろなどと言われて、すぐに動けるはずがない。
「(いつまでも他人事みたいに考えてちゃダメだよね。この場合、私がするべきことは対話すること。当たり障りのない会話から、少しでも場の雰囲気を殺し合いの空気から変えていかないと)」
そう思い口を開こうとしたその時、いち早く行動を開始した人物が一人いた。
「皆さん、少しよろしいでしょうか」
開始前、精神統一を行っていた朱色の髪の女性である。彼女は姿勢よく片腕を上げると、聞き取りやすいようゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「私は見ての通り、『黄金』の異能石を持つ東雲 狗金と申します。このような事態の中ではありますが、まずはお互いに自己紹介をしませんか?」
「(狗金? じゃあ彼女が、ネルさんの言っていた三人目の異能者……)」
紹介を受けた時には真っ先に会いに行こうとして、一番遅くに出会うことになってしまった狗金さん。半分は仮面に隠れているが優しそうな表情で、九条さんに負けず劣らずの鍛え抜かれたスタイルをしている。
同じ女性として、嫉妬したくなるほどのプロポーションだ。
「賛成。不本意でもこれから殺し合う以上、後腐れはない方がいい」
床を強くたたく音とともに、二階から一階に姿を現した薄金の人。結構な高さのある場所を階段を使わず飛び降りてきたらしい。
「夜刀神 冷泉、呼ぶときはレーゼでよろしく。異能石は『猫目石』。ほら、仮面に縦に一本線が走ってるでしょ? これが猫の目に見えるから猫目石」
レーゼさんはそういうと、屈伸と欠伸を同時に行い会話を終える。石の名称にある猫のように、なんともマイペースな方だ。
「……次は私。名を漁火 勇魚、異能石は『氷晶』。短い間だけどよろしく」
ぼーっとしたような目元が特徴的な白髪の女性。レーゼさんと同じかさらに短く会話を終えたイサナさんだが、もしかしたら人と会話するのが好きではないのかもしれない。現に今も、他の人達の誰とも遠い離れた場所に陣取っている。
「九条 漆瀬だ。異能石は『黒曜石』。よろしく頼む」
「蜂頼 明音、異能石は『琥珀』だよ」
「天傘 零雫、異能石は『水晶』。よろしく~」
「網縫 勇駆、ユーと呼んでくれ。異能石は『酒石』」
順番が巡り、次々と名乗りを上げていく。ユーさんが紹介を済ませると、立つ位置的に次は私となる。
「紅京 躯と言います。異能石は『桜石』、よろしくお願いします」
礼と共に下げた頭を戻せば、他の反応は意外にも優しげである。変わらず無表情なイサナさんは別として、レーゼさんとクガネさんはほんの少し口角を上げ表情を柔らかくした。
さて、私が紹介を済ませたことで順番は次に回る。まだ紹介していない人で私から一番近いのは……
「……」
「(白布さん……)」
空気に流されやっと声が聞けると考えていたが、やはり白布は声を出さない。話せない理由でもあるのだろうか。もしくは、元々声が出せない病気……とか
「白布、今はそれで勘弁してやってくれ。ハクでもシロでも好きに呼んでくれて構わねぇから」
残念。白布さんの声を聞くことは叶わず、順番が隣の骨人さんに回ってしまう。
「浦賀 纏。一部には骨人なんて呼ばれてるが、ちゃんと人間だ。異能石は『化石』」
「辰砂 莉緒、異能石は『辰砂』。以上」
仮面が現れたことで左右非対称になったマスクで、纏と名乗った骨人さん。後にシンシャさんも続き、これで自己紹介はあと一人。
「おや、とうとう私にまで順番が回って来ましたか」
黒い髪を持つ、異能者。
「では、僭越ながらオオトリを務めさせていただきます。初めまして皆さま、私の名前は黎々明 卿。異能石は『鉄』を頂いており、クロロアと呼んでいただければ幸いです。以後、お見知りおきを」
右腕を胸前にもってきて、深々と辞儀をするクロロアさん。緊張とは無縁そうな風貌で、銀色の装飾が付けられた黒く分厚いロングコートが大変よく似合っている。
ちょうど反対の位置に立つクガネさんとは、装備の重さや仮面の色など正反対と言える。
「皆さんありがとうございます。では一通りの自己紹介を終えたところで、私から一つ提案をさせていただきたきたく思います」
拳を握り、悲痛な面持ちで彼女は語る。
「……私は、誰かと命の奪い合いをすることを望みません。できることなら全員で無事に現実へと帰り、この学校から脱出したい。そのために日々の時間を手掛かりの捜索に費やしてきました。もし、私と志を同じくする方がいらっしゃるのでしたら、私とともに脱出を目指しませんか」
クガネさんの話は、私にとってはこれ以上ない提案。なるべくなら人を傷つけたくないし、いち早く現実世界に帰って学校からの脱出を目指したいとも思っている。
利害の完全な一致。この提案に乗らない手はないと思い私は挙手しようと腕を動かし――止める。
「(あれ……皆、さん?)」
私以外の誰一人、彼女の提案に同意してはいなかった。レーゼさん達はおろか、明音さんや九条さんまでもが無反応。考えが纏まらないんだなと数分待ってみるものの、やはりその手は動かない。
「クガネ、と言ったか。仮に貴様の提案に乗ったとして、どうやってその方法を見つけるつもりだ」
「それは……」
場を静寂が包む中、纏さんが口を挟む。
「ここ一年、あるいはそれ以上の期間閉じ込められた奴がいる。だが、十二人も集まって誰一人脱出の手掛かりは見つけられていない。これ以上どこをどうやって手掛かりを探せというんだ。さらに今は、鏡の外にすら出られなくなる始末」
「それは……まだ、出られないと決まったわけじゃ」
「ハッ! この仮面を作った奴が、その程度のことをできないとも思えんがね。――つまりだ。お前の提案は所詮、その場しのぎのハッタリに過ぎない。いずれ希望に縋ることも厳しくなり、次は成果を出せなかったお前が恨まれ、狙われることになるんだぞ」
「……」
クガネさんは、それきり反論をしなくなった。言い方は悪いが纏さんの言葉にも一理ある。以前より狭まった行動範囲の中で、これ以上希望を信じ続けることは難しいのだ。
「――それに、わざわざお前の提案に乗らずとも着実に脱出へと近づく方法はある」
そう言って、纏さんは背後から何かを取り出す。白く、所々青に光っている謎の物体。ちょうどLの字をかたどったような形状のそれを、彼女は一部に人差し指を引っ掻け、握る。
「ッ! まさか、貴女!!」
「そういうことだ。この世は弱肉強食、謝罪はしない」
――それは、纏の化石の力で作り出した銃。今まさに吐き出されんとする銃弾は、静かに狙いを標的へと向ける。
向けられたのは、私
私の反応よりも早く、銃口は火を噴いた。




