第三十一話 間引き
『ようこそ、付喪神の皆さま』
忘れもしない、忌々しい少女の声。天井付近のスピーカーを経由し私達に指示を出す謎の存在に、皆一様に首を上げ同じ場所を見つめる。
『初の異能者が誕生してから、本日めでたく一年を迎えました。各々方、ご自身のお力を存分に振るったことかと存じます』
「付喪神? なんだそれは」
警戒を強め私から離れたユーさんがそう声の主に問う。確かに私としても、その付喪神とやらが何を指すのかは気になる。
それにしても、声の持ち主の姿を確認する目論見は、外れてしまったか。
『おそらく皆様方は、私の付喪神という言葉に疑問を抱かれたかと思われます。が、それは追々。本日皆様にお集まりいただきました理由は、この場を借りてとあるゲームをプレイしていただくためでございます』
「ゲーム?」
人を監禁し化け物と戦わせておいて、呑気なものだ。私たちが必死に命を繋いで今まで生きてきたというのに、相手はまるで修学旅行に来たみたいに簡単に言ってくれる。
かなり、ムカつく。
『ではまず一番気になっているであろう事柄の説明から。今皆様がお持ちになっている宝石。言葉をお借りし異能石と呼ばせていただきますが。こちらを所有し、憑依を可能とする者。それを差して、私は付喪神と呼ばせていただいております。この付喪神となられる資格を有する者のみが、現実から切り離され、鏡の世界へと足を踏み入れることができるのでございます』
「つまりこの状況は。学校から出られなくなるとかいうふざけた事は、全部お前が引き起こしたということか」
『ええ、相違ありません』
「……そうか」
――瞬間、骨人はその手に白の刀を展開し、切っ先をまっすぐスピーカーへと向ける。
「無駄な問答は終りだ、今すぐ俺たちをここから出せ。返答したということは、どこかで本体が見ているのだろう」
『お見事お見事。その展開の速さ、実によく馴染んでいらっしゃるようだ』
どこまでも余裕を崩さない声の主。安全な場所から高みの見物を決め込んできたその性悪の精神といい、どこまでも人を不愉快にさせる。
私以外は、今の発言を聞きすぐに異能石を発動させた。仮に少しでも居場所のヒントを出そうものなら、全員で襲い掛かるだろう程に殺気が充満している。当然、その中には私も含まれている。
『この一年、皆様方は脱出を目指し日々努力を重ねてこられました。時には互いに手を取り合い、自身のお力で怪物たちを倒し。昨日には、ついに付喪神最後のおひとりが異能石の力を解放され、めでたく十二名の参加者が揃いました』
「おい、聞いているのか」
『今宵行われます一夜限りのゲームは、その名も仮面舞踏会。ゲームを始めさせて頂きます前に、皆様にはこちらをお配りいたします』
スピーカーの奥から、指を弾く音がする。場を盛り上げるにしては拍子抜けな音を体育館中に響き渡らせ、やがてその反響すらも消える。
――ピシッ
その機械越しの音とは思えない謎の亀裂音が鳴るまでは、主催者への怒りや小言を考える余裕もあったのに。
「え……?」
「な、なんだこれは!?」
「きゃああああ!?」
音に反応し振り向けば、次の瞬間溢れかえるのはみんなの悲鳴。九条さんをはじめ、場に集まった全員の顔が、宝石で出来た仮面で半分ほど覆われている。
「取れないぃぃぃぃぃ!!」
「レイダさん!?」
「無理に剥がすな! 皮膚ごと持っていかれるぞ!」
自分の意思ではない、異能石と同じ材質の仮面。無理やり引きはがそうともすでに顔と一体化して取り外すことはできないらしい。らしい、と言ったのは、その仮面が私にだけは現れていないからだ。
二階に一人いた薄金の人も、瞑想を行っていた朱色の人も、形の差こそあれ例外なく仮面は現れている。すでに顔を隠していた骨人と白布の二人にも、その内側から突き破るようにして仮面の一部が外に露出していた。
『その仮面は、異能石の操作の対象外となるものでございます。その仮面がついていますかぎり、こちらから現実へと戻ることは叶いません』
「戻れ、ない!? それじゃあ結局、そのゲームとやらに参加するしかないってこと!?」
『はい、その通りでございます』
「ふざけるな!! 誰が貴様の余興になど付き合うものか!!」
『フフフ……』
余裕を含む笑い声がこだまする。スピーカーからだけではない。部屋中のいたるところから同じ声が聞こえてくる。
『よろしいのですかな? 一生をここで、そのお姿のまま過ごされても』
「くっ……説明しろ、そのゲームについて」
『そうこなくては』
拳を握りこみ、血が出そうなほど歯を食いしばる九条さん。手のひらで転がされていることを理解していても、私達には何もできない。故に、ただ黙って従うしかないんだ。どんなにムカついて、恨んだとしても。
『ではこれより、ルール説明に移らせていただきます。今皆様に発現いたしました仮面は、装着者の機能が止まりました際に肉体を宝石へと変異させるというもの。最終的にご自身以外のすべてを宝石に変えた方の勝利となります』
「装着者の機能停止? ……まさか!!」
「「「っ!!」」」
『ご想像の通り。装着者の機能停止とは、すなわち付喪神となられた皆様方の死亡にございます』
――この場に存在する十二人すべての人間に、衝撃と絶望が伝播する――
「……あたしたちに、最後の一人になるまで殺し合えっての!?」
『その通りでございます』
「いい加減にしろよっ、オレたちに人殺しをさせるだと……!」
『当然、ただ殺し合えと申すだけでは、やる気など到底出ないでしょう。ですがご安心を。この舞踏会の勝者となられた方には、褒美として“山ほどの金銀財宝”と“学校からの解放”をお約束いたします』
「……狂ってるッ!!」
今まで私たちが戦ってこられたのは、相手が人ではない化け物だったからだ。それも、自分の身を守るという大義名分のもとで傷つきながらしてきたこと。
それを今度は、人を殺すために振るえなどとのたまう。こんなの、人間の所業じゃない。私達が監禁され、死の恐怖から極限状態になることを考慮したうえで、声の主は発言しているのだ。
「二つほど、質問をしてもいいですか?」
『はい、なんでしょう』
「私たちが付けているこの仮面。先ほどは異能石の対象にはならないと聞きましたが、ならば異能石の力で破壊することは可能なのですか?」
『ご返答いたします。それは不可能でございます。顔に付けられた仮面は、どんな攻撃をもってしても破壊することはできません。爆発だろうと硫酸だろうと、絶対に』
スピーカーに最も近い位置に立つ、黒髪の異能者の質問に、至って冷静に返答を返す。
「では二つ目。仮に最後の一人が決められたと仮定して、この仮面はそのままになるのですか?」
『ご返答いたします。いいえ、先ほど皆様にお見せしたように、そちらの解除は私のみが行えるのです。勝者となった方の仮面は責任をもって外させていただきます』
仮面の物理的破壊は不可能。そして、仮面の取り外しは声の主であれば自由に行える。
「……次は私。わざわざ殺さなくても、気絶や仮死状態でもいいの?」
『ご返答いたします。いいえ。その仮面は、脳の信号が完全に止まった場合のみ肉体を宝石に作り変えます。ですから気絶などの一時的な状態で、体が変質し始めることはありえません』
「……そう」
僅かな希望に縋ってみたものの、やはり気絶などではだめらしい。




