第三十話 付喪神ども
廊下を歩き、階段を下に降りながら思考する。先ほどの放送の指示に従うべきか否か。
常識的に考えて、得体のしれない存在からいきなり命令を下されるという非常事態。物に取り付くタイプの化け物による罠の可能性の方が高い状況において、迂闊に耳を貸すのは危険だとは思う。
「(でも、これが初めての化け物との対話だ。脱出の手掛かりになるかもしれないし、他のみんなも向かう可能性はある)」
みんなが一年以上もの間脱出を目指しては失敗している今、多少の危険は承知の上でチャンスを掴みに行くべきだろう。
異能石の補充もなく、武器はただの鉄パイプ一本だけ。保険も何もあったものじゃないけど、向かうだけ向かってみるとしよう。
私が最初にいた本館三階から一階へと階段を降り、空き教室側を通って別館への通路を渡って、体育館へと続く道を進む。
「……ッ」
その場所に立った時、私は思わず息をのんだ。
体育の授業や集会などで使い慣れているはずの場所なのに、目の前の両開きの扉からは淀んだ雰囲気をひしひしと感じる。予感なんてものではない、この扉の向こうには、間違いなく何かがある。
「……えぇい、女は度胸!!」
持ち手をしっかりと掴み、女一人で引くには少々重すぎる扉を引く。人一人分通れる隙間を作ったところで、私は体をねじ込み暗闇の中へと入っていく。
手洗いや球技用の道具が入れられた倉庫を通り過ぎ、程なくして天井の高い競技スペースに到着する。ここまでの通路とはうって変わり、こちらはしっかりと照明がついていた。
「(先に来てるのは……)」
「あ! お~い、クーちゃ~ん!!」
「明音さん? と、ユーさんも」
「こっちだ」
手を振り居場所を示してくれた彼女の元に走り寄り、顔見知りに囲まれたことで一息をつく。ここに来ることを選んだのは間違いじゃなかったようだ。
「お二人もさっきの放送を聞いてここに?」
「真夜中に放送が使われたのは初めてで気になってな。こいつとは意見の一致から同行した」
「声も初めて聴く感じだったし、何かあるんじゃないかと思って」
「なるほど」
二人とも放送に何かを感じ取りここに来た口らしく、楽しく歓談しているように見えても手には異能石を構えている。
そして、同じ考えのもとこの場に集まったのは、私達三人だけではなかった。
「……」
腕を組み壁に寄り掛かる黒髪の異能者。目を閉じているところから察するに仮眠を取っているといったところか。何が起こるかわからない場所で眠れるのは、それだけ危ない橋を渡ってきていることの証明。
「ふぁ~……アぁ」
手すりに身を預け、二階から下の様子を伺うような姿勢で大きな欠伸をするのは薄髪の異能者。時間は午後零時をとっくに過ぎている。どんなに慣れていても眠いものは眠いのだろう。
「スゥー、フゥ―」
同じ目を閉じている状態でも、朱髪のあの人は随分と様子が違う。両手を合わせ規則正しく息を吸っては吐き、精神の統一を図っているらしい。ガシャドクロを仕留めた時の構えや攻撃からして、彼女は武道の経験があるらしかった。
「……」
そして、ステージの近くで場に集まった全員の様子を観察する白髪の異能者。黒の人と同じく壁に背を付けているのかと思えばそうではなく、先ほどから瞬きもしていないようで本当に生きているのか心配になる。肩が微かに動いているので呼吸はしているようだ。
「九条さんとレイダさんは、まだ来てませんか」
「あいつらに限って何かあったなどとは考えられん。心配などせずともそのうち来るさ」
「そうですね――むっ!?」
現在の情報を集める間にこの場にいない人たちの心配をする私を、ユーさんはなぜか自身の側に引き寄せ、そのたわわに実った二つのお山を顔を挟むようにして私の両肩に乗せ始めた。
「な、なななな何を!?」
「重いから置かせろ。ったく、こうも大きいと肩が凝って仕方ない」
―― 一瞬、薄金髪と白髪の人の視線が鋭くなった。
「……なにしてんの?」
声が冷たい。隣の方にも反感を買ってるじゃないですかやだー!!
「(な、なんという重量感と甘い香り!! 生まれて初めてこの高くもなく低くもない平凡な身長に感謝した!!)」
肩に山を乗せるついでに、筋肉質で太い彼女の腕が私の体を抱きしめる。いわゆるあすなろ抱きである。硬い筋肉と女性らしい柔らかい感触が交互にやってきて、私の情緒は破壊され尽くしている。
「あ~……ちょうどいい高さ」
「ほぁ~~」
「ほら、クーちゃんも嫌がってるみたいだし離れなよ。今すぐ」
「ん? いや、これは嫌がってるというより喜んでいるみたいだぞ」
「(!? ば、ばれた)いや、その、ユーさんの腕に抱かれると安心感が凄くて。ここまで危ないことばかりでしたから」
元より私にそっちの気があるのは本当で、危ないことばかりしてきたせいで安心感に飢えているのも本当。表には出なくてもそこそこ消耗してきていた私が、一気に両方を埋められるユーさんに気を許してしまうのは当然の結果だった。
「そうか。そういえばこうして抱きしめるのは、初めて会った時以来か」
腕の力がより強いものになる。
「あっ」
「不思議だ。お前を抱きしめていると、今まで感じたことのない温かさを感じるよ。何故だろうな」
「ユー、さん……」
「このまま、アタシと一つになってみるか?」
彼女の手のひらが、小さい私の胸に伸びてくる。せめて二人きりの時にと胸中で反抗してみるものの、がっしりと捕まえられた体は一切の抵抗ができない。
このまま私は、ユーさんと――
――ガラッ!
「っ!?」
「だああああ!」
扉の開く音に互いの気が緩んだ隙に、明音さんの手で無理やり間を引きはがされる。ユーさんは距離を離し、私はそのまま明音さんの腕の中に入り込む。
「ごめーん、遅くなったーー!!」
「おい明音、何してる」
「ユーさん! あたしのクーちゃんを誘惑しないで!」
「あと少しだったんだが。残念」
やってきたのは九条さんとレイダさんで、私達の様子に困惑している様子。
そりゃそうだ。冷静になって状況を振り返った私ですら羞恥心に悶えるような状況なのだから。
「わ、私は一体何を……?」
「よしよし、怖かったねクーちゃん。しばらくあの人に近づいちゃダメだよ?」
「……なるほどな、ユーの悪癖か」
「ユーちゃんはねぇ、真面目だからおふざけのレベルも高いんだよね。気づかないと勢いに流されるから気を付けた方がいいよ~紅京さん」
「先に教えてほしかったぁ~っ!!」
「? アタシは至って真面目だが」
頭を撫でられ、なんとか顔を見せられる程度には赤みも引いてきただろうか。相変わらず燃えるように熱いが、ここでしおらしくなってはより追及が激しくなるだけだ。
などと、場に似つかわしくないおふざけに興じある程度体に入った無駄な力が抜けた頃。
「あ」
「っ!!」
骨人と、それに付き従うように後ろを歩く白布が入り口から中へと入ってきて、そのさらに後ろには、今までに見たことのない光沢のある銀色髪の女性もいる。
「(あれ、これで十二人?)」
放送では確か、校内にいるのは十二人だと言っていたはず。
私、九条さん、明音さん、ユーさん、レイダさんの五人。薄金、朱、白、黒の四人。骨人、白布、そして銀髪の人。この場には確かに、十二人の乙女が集まっている。だけど、
「九条さん、明音さん。放送では校内に残っているのは十二人という話でしたよね」
「あぁ、そう言っていたな」
「言ってたね」
「今、ここには私を含めて十二人いますよね。……ネルさんの姿が見えませんが」
「!! 確かに、どうなっている?」
「そういえば……」
砂を自在に操る異能石を持つネルさんが、校内に残された十二人に数えられないのはおかしい。
一体、なぜ




