第二十九話 死合いの銅鑼
「・・・・・・。」
ガシャドクロとの戦いから、今日で二日。鏡の中の学校も無事元通りに復元され、私たちは至って普通の監禁生活を満喫していた。
「え~、織田信長は、こうして明智光秀の謀反により本能寺に没した。これがかの有名な本能寺の変だ~」
気だるげな歴史科目の教師を眺めながら、授業とはまったく別のことに思考を巡らせる。
「(結局、何も話せなかったな)」
何か意味ありげな目線を投げるだけで、まったく話そうとしなかった白布。ドクロから噴き出した宝石を軽く物色したかと思えば、一つ二つ手に持ってその場から消失してしまった。この場合の消失とは、姿が見えなくなることを指す。
あまりに短時間で済まされた行動に、別件で混乱していたこともあって話しかけることは叶わず。結局、あの場に現れた他の異能者も含め、普段の所在やらを聞くこともなくお開きとなってしまった。
「(人魂を吸収したかと思えば、今度は姿を消すなんて。あの人の異能石は、どんなのなんだろう)」
警戒しろと言い聞かせられてはいるが。実のところ白布の人に関しては、そこまで私自身悪感情を抱いていない。纏う雰囲気とか背筋が凍るくらいだったけど、なにより命を救ってもらったし。
あの時倒れたドクロに人数が少なくなるまで接近してこなかった骨人の方が、どちらかと言えば怖かったかな。
――カチ
「(……)」
外に露出し、今も机の角に当たり小さな音を立てるペンダント。その中にあるはずの桜石の姿は、今や欠片もない。
「(見つからなかったなー、桜石。九条さん達にも手伝ってもらったのに)」
右腕の感触は、今でも鮮明に思い出せる。自分を簡単に押しつぶしてしまえる巨大な骨を豪快に打ち砕いた瞬間。レイダさんやユーさんのように特殊なことはできなかったけれど、これでようやくみんなと同じ土台に立てたような気がして。
「(でもまさか、私の異能石だけ時間制限があるとはね)」
私より早く能力を発動し、紋章が消えた後も能力が解除される様子のなかった黒曜石や琥珀の異能石。確かに瞬間的な出力は凄いが、力の行使に時間的な縛りがあるとなると途端に使いづらいものになる。
「(破壊力は骨人さんの大砲やユーさんのアルコール爆発に負けて、身体能力は薄金髪の人や黒髪の人と同じくらい、かな)」
悪くはない、が、良くもない。それが、私の異能石に対する評価。
純粋なパワーアップというのは、いざという時に応用しやすい。例えば前者二人の破壊力は二次被害を気にしない屋外だからこそできたことであり、もしあれが廊下みたいな屋内だったならこちらの方が優れている。
後者の二人に関しても全力がどの程度かはわからないが、少なくともガシャドクロの片足破壊に匹敵する攻撃は確認できなかった。
「(性能は悪くないけど、代わりに時間制限と石の生成ができないというのは……)」
レイダさんのように投擲で遠距離から攻撃することも、九条さんのように鎧や武器を作って装備を整えることもできないということ。これができていれば、人魂が飛来した時にやけどを負うこともなかった。
「(うぅ、難しい)」
右手に巻いた包帯を摩りながら、今夜の行動予定を脳内にイメージする。
昨夜明音さんらお二人に独り立ちの許可を頂き、ついに今日から一人で真夜中の鏡の世界を行動するのだ。入学して次の日の学校を散策するより遥かに怖い化け物の巣窟にたった一人。備えという備えを用意できる状況にはないが、せめて考えすぎるぐらいには先々のことを見通しておかないと。
――そうして今日も夜になり、いつも通りに私は鏡の世界に足を踏み入れる
次にここを通るとき、そこに待つ非情な現実を知らないままに――
♢
「あむっ」
今日は、家庭科室ではなく購買のパン。初めての独り立ちということで、景気づけに少ない持ち金から購入した正当なパンである。
「ん、んま」
異能石がない以上得物は変わらず鉄パイプ。すでに仕留めた化け物は今日だけで二桁に迫る。
撃破時に彼女らへの手土産にちょうどいい異能石もいくつか発見したが、生憎昨日のうちに山ほど貯蓄されている。生き物の入った琥珀のような、特別価値のあるもの以外は見つけてもその場に放置している。そんなにたくさんも持てないし。
「んっ……さて、とりあえず校内はすべて見回ってみたけど。特に変わったところもなくいつも通り」
途中、家庭科室にてべっ甲飴を作るユーさんと、欠片を口に含みながら出来上がりを待つ明音さんに声をかけた。自分以外の人間に会ったのはそれくらいで、後は誰ともすれ違っていない。
「(この三日間、毎夜校内を見回っても四人以外には出会わなかった……)」
初日以来顔を合わせていないネルさんも合わせ、あの日集まった十人の人間と、狭い校舎の中こうも出会わないなんてことがありえるのか。
見識の甘さや未知への恐怖から、私が意図的に近づくのを避けているのは、体育館、屋上、グラウンドの三つ。九条さんがあそこまで警戒する骨人や白布がいることを踏まえると、校舎よりも遥かに狭いこの三つに残りの全員がいるとは考えづらい。
「もしかして、私の知らない場所がまだあるのかな」
鏡の中に別世界が広がっているように、自分の知らない場所があるのではないか。それを前提にこれまでの謎を考えると、ある程度の辻褄は合うように思う。
「……あるな、可能性。ま、とりあえずは桜石の収集を第一に行動を開始しましょ。しゅっぱ~っつ!! ふーんふーんふふーん♪」
授業時間を使って私が立てた当面の目標は、異能石である桜石の補充と力の検証。能力が解除されたのは本当に時間切れか、それとも能力の使い過ぎによるものかの確認。そして、桜石と他の異能石の違い。
意気揚々と穴だらけの鼻歌を歌い、時折怪物との戦闘を交えながら探索すること、二時間。そろそろ夜も深まり零時を過ぎようとした頃。
――カチッ
音を立てる秒針が、零時を示す円盤の頂点に到達した。
ゴーン……ゴーン……ゴーン
「え?」
偶然通りかかった教室の時計から、重く響く鐘に似た音が現れる。ここだけではない、隣接する他の教室を初め、校舎中から同じ音がけたたましく鳴り響いている。
「こんなの、今まで聞いたことない。うちの学校は全部電波時計だし、十二時になったからって音が鳴るなんてなかったのに」
音楽室にて一人でに動く楽器を破壊したことはあれど、ここまで大きな音を出せるものは存在しない。では、この音を出している犯人は誰だ。誰がこの音を出している。
「まさかっ、ガシャドクロみたいに大きくなった怪物!?」
つい、あの時と同じ大きな怪物が現れるのではないかと考えてしまう。だが起きるのは変わらず音だけで、衝撃も振動もない。その音も、次第に力が抜けるように小さく小さくなっていく。
「な、なんだったの、今の」
――ギィィィィィィン
「ひぃぃっ!!?」
各教室一つずつ設置された校内放送用のスピーカーから流れる、聞くだけで不快になる擦れた音。
――ゴォォォォォォン
――ガァァァァァァン
――ゴォォォォォォン
よくよく聞いてみると、どうやら放送前に流れるチャイムの音が物凄く引き伸ばされたものだったらしい。アスファルトに擦りつけながら発したように聞こえる音は、最後の一音をゆっっっっくりと出し切り本放送に繋ぐ。
「『校内に残留中の、十二名の生徒にお知らせいたします。至急、体育館に集まってください。繰り返します――』」
「残留中って、もしかして私たちのこと? それに、体育館に集まれって」
流れる放送の声主は、高校には似つかわしくないほどに幼げな声をしている。今まで聞いたことのない声色の放送は、校内に残る私たちに体育館への集合を指示する内容。
まったく同じ内容が二度繰り返され、再び不快なチャイムを鳴らして放送は終わる。
「化け物の悪戯? 今まで会話が通じる奴はいなかったのに、どうしてこのタイミングで」




