第二十六話 顕現せし力
「チッ、かてぇな ――明音? お前それどうした」
「クーちゃんがたまたま持ってた奴をくれたの。あとでめいっぱい感謝しないとね」
「それはいいがお二人さん、はやいとこ此奴を片付けるぞ。これ以上破壊されると面倒だ」
「……っ」
空から合流した明音さんを交えつつ、一階の中庭ではお三方が会話している様子が見える。完全に崩落してしまったあとでは、もはや中庭と呼べるか怪しいところだが。
「で、今回は何ができるようになった」
「ん? いやーそれはこれから把握してくけど、とりあえず空は飛べるよ」
「それだけか。奴の骨を粉々にする力でも身につけてくれれば御の字だったんだが」
――グオオオオオオオオッ!!
「!?」
「な、なに!?」
「こいつ、声が出せたのか!」
大顎を限界まで開き、青く発光する瞳を彼女らに向ける。夜の校舎の隅々まで浸透するほどの雄たけびは、激しい突風を伴って私の場所にまで届いている。
「クッゥゥゥゥゥゥ!!?」
「紅京さん!!」
「レイダさん!? ……助かりますッ」
危うく吹き飛ばされそうになった体を、レイダさんが上から押さえてくれたことで事なきを得る。錯覚しそうになるが、足元にいるお三方はもちろんレイダさんも、異能石を使用したことで肉体的に強化された状態。
そんな彼女らですら踏ん張ってなお吹き飛ばされそうになる風圧となれば、生身の私など綿に同じ。
「ッッ……――――ハッ」
まるで空を泳ぐ鯉のぼりのように、突風に身を任せ流れるアクセサリー。激しく宙を舞う紐に付けられた先の宝石は、かろうじて外れていないだけという危機的な状態にある。
上から他人に押さえつけられ、未だ身を守ることすら満足に行えていないこの状況下で、私は片腕を使い迷わず宝石に手を伸ばした。
危機的状況の中でこんなものに気を使っている場合ではない。それはわかっている。でもこの宝石は、碌な思い出のなかった私の過去において、唯一の幸せな思い出の象徴。今は亡きおばあちゃんとの思い出を手放すなんて、私にはできない。
「ッ!! あいつッ、足の拘束を破壊しやがった!」
吹き荒れる風の中、目を閉じ聴覚に集中していた私の耳は、ある種軽快ともいえる破壊音と明音さんの驚愕の声を拾った。
足の拘束。そういえば明音さんは、私が到着する前すでに琥珀で足を固めていたはず。それが破壊されたということは、つまり奴の足が動き出したということに他ならない。
「おわッッ!?」
「ぐへっ!?」
人体の構造上、足は全体重を支える重要な部位。校舎よりも遥かにでかいガシャドクロの体を支える足ともなれば、たった一歩、片膝を立てただけでも振動はすさまじい。現に今、レイダさんと明音さんが捕まっていた方の足場が、振動に負けて倒れ始めた。
風に飛ばされないよう床に伏せていた私たちの体は、間にサッカーボール一つ分ほどの隙間を開けて宙に浮く。
「ちィッ!!」
明音さんは空を飛び、両手から琥珀のツブテを小銃のように連射している。だが、相手は九条さんとユーさんですら傷をつけられなかった化け物。
威力不足を悟るや否や、次は破壊ではなく拘束を目的に足先を重点的に狙い始める。
「ハアアアアアアッ!!」
九条さんは鎧の重量すらものともせず、片手に巨剣、もはや黒曜石の塊とも呼ぶべき無骨な武器を構え敵に向かっていく。細い両腕では足りないのか、技や技術ではなく肉体全てを使って大振りに振るう巨剣。その一撃は、かろうじて奴の姿勢を崩すことには成功した。
だが、黒曜石の持つ切れ味を生かした剣技を駆使して戦う九条さんにとっては、この戦い方は本来の実力を出せず苦しいだろう。
「貴様に自由に動き回られては困るッ! 跪けッ!!」
現状、最も奴に有効打を与えられるのはユーさんだけだろう。
私達とは違って肉体的にも優れているユーさんは、駆ける勢いを片足に集中させた飛び蹴りを見舞うだけで、ガシャドクロの足骨にヒビを入れるという九条さんと同じことを成し遂げている。
「吹き飛べッッ!!」
さらには、ドクロの眼前の一点に集めたアルコールを、指を鳴らす合図とともに爆発させ仰け反らせることにも成功している。彼女の能力は、ただアルコールを操り火の軌道を変えるだけでなく、高濃度のものを一点に集め爆発させることもできるようだ。
それらがどの程度奴にダメージを負わせられているか。残念ながらそれを確認する方法はない。しかしやはり、攻略の決め手はこの人を置いて他にいない。
「だ、大丈夫? ごめん、下敷きにしちゃった」
「平気、です。それよりもレイダさん、奴に有効な攻撃方法を占うことはできますか?」
「……それが、」
そんな彼女らの活躍をしり目に、私は上に乗っかっているレイダさんに攻略の糸口を訪ねる。しかしその声色は、どうにも要領を得ない。
「なんど占っても、明確に攻略できそうなものは浮かんでこないんだ。瓦礫をぶつけて倒れさせたり、ユーさんの炎を何時間も放ち続けて溶解させたり。どれも現実的な作戦じゃないんだよ」
小さな水晶を片目で覗き込むレイダさん。口に出された作戦は、確かに有効だが再現不可能と言わざるを得ないものばかりだ。
やはり、私たち以外の者の助けを借りるしか方法はないのではないか。
「(ネルさんの砂は、骨しかないあいつには多分有効じゃない。狗金さんの力はわからないし……どうしたら)」
宝石を握る腕にさらに力が入る。私の知る能力者は二人、その両名共に協力を要請するのは現実的ではないときた。
レイダさんも直接戦闘には向いてないし、吹けば飛ぶような私なんて論外もいいところではないか。
「(……欲しい。力が、異能石が)」
何度も思い続けてきた力への渇望が、再び胸中に広がっていく。
「(欲しい。戦う力が、みんなを守る力がッ)」
――パキンッ
「え? ――うわっ!!?」
「く、紅京さん何を!? これは、桜の花!?」
咆哮が止まり、突風も落ち着いたはずの空に舞う溢れんばかりの桜花。髪色を反映してかやや赤みがかったその桜は、私の足元から螺旋を描くように上り、やがて体全体を包みこむ。
「(なんだろう……凄く、落ち着く)」
桜の香りのせいだろうか。先ほどまで感じていた焦りがすべて消え、代わりに無限とすら感じる気力と自信があふれ出てきた。今の私になら、不可能はないとも思えるほどに。
桜吹雪は止まり、荒れた視界が鮮明になっていく。ゆっくりと閉じていた瞼を開き、私は自身の状態を確認する。
「……これは」
特に、衣服には変化は見られない。代わりに、体の方には目に見えて変化が起きていた。
服で覆われていない腕や足先に浮かぶ、桜を模した紋章。無数に連なり桜の木を表現しているであろうそれは、確認はできていないが体全体に浮かんでいるものと思われる。
「(これが、私の能力? じゃあ、私の異能石って)」
右手に握られたペンダント。そこにあったはずの桜石は、私の予想通り跡形もなく消えている。
「(……そっか。そうだったんだ)」
幸せを象徴する思い出の石。それが消えてしまったことが悲しくもあり、ようやく皆の力になれることを喜ぶ自分もいる。




