第二十四話 隔絶の力
「いよっしゃーー!!」
床に転がる水晶と怪物の山。私が必死に動き仕留めた数を、レイダさんはたったの一撃で数倍。ほぼ全滅といっていいほどの数を倒してしまった。
「どうよー紅京さん! 凄いでしょーー!?」
「え、ええ」
これが、異能石。まざまざと見せつけられた力の差。戦闘に特化しない、占いの力を持つ水晶ですらこの破壊力。
欲しい・・・力が・・・
――ズドンッッッッ!!
「うわああ!?」
「な、なにがあったのーー!!?」
喜びはしゃいでいたレイダさんの背後から、あまりに重い音と衝撃。空を一望する屋上は瞬く間に砂埃に見舞われ、景観を損なうどころか一寸先すら見えない空間となる。
だが、それだけではない。あの音が聞こえてからというもの、何かが致命的に変化している。
「一体何が……!? あ、足場が!!?」
私達が足場にしている通路が、ゆっくりとだが傾き始めている。頑強に作られているはずのコンクリートが圧力に負け、ひび割れ、崩落し始めている。
原因は、倒した怪物の残骸が吸い込まれている大穴。煙の発生源にして、ガシャドクロの腕が突き刺さっている部分。おそらく九条さんらを狙って放たれた一撃が、目標を外れ通路の屋根に直撃してしまったのだ。いままでに積み重なったダメージが許容量を超え、崩壊し始めたというところか。
「……クッ!」
レイダさんの攻撃に合わせ手すりまで後退していたのが幸いした。私はそれに捕まることで、傾いた床に吸い込まれるのを回避できた。だけど、捕まることに必死で武器まで気にする余裕はなく、パイプを落としてしまった。
「うっ!? あっ! あぶねぇ!?」
「大丈夫ですか、レイダさん!!」
「なんとかねー! ぎりぎり突き刺さってよかったよほんと」
見れば彼女は、指先に生成した水晶を直角に近くなったコンクリートに突き刺し飲み込まれるのを回避している。私とは違ってほぼ通路の真ん中に立っていたレイダさんだったが、無事を確認できて何より。
できれば、残りのお三方の安否も確認できると嬉しいのだけど。
「――っと」
「明音さん!? 無事だったんですね!」
「ん、一応これでも経験は積んでるかんね。しっかし、ほんととんでもない馬鹿力だよ」
一人仲間の安否を気にする私の前に、明音さんは何でもないかのように現れ、壁に付着させた琥珀と足裏に生成した樹液の粘性によって壁に張り付いている。
「お二人は、状況はどうなっているんですか!?」
「二人とも無事だよ。ちまちまと削ってはいるんだけどねぇ……たった一回攻撃を許しただけでこれだ。どうしよっかな」
たった一回、人が机を叩くような軽い動作で引き起こされた惨状。本館と別館を繋ぐ通路が落とされて、これで別館に行くことは難しくなった。さらには、ガシャドクロに最も近い足場がなくなったことで、近距離を主体とする明音さんや九条さんがより厳しい戦いを強いられてしまう。
ガシャドクロを襲う爆炎。おそらくあれは、ユーさんのアルコール操作による発火だろう。
「おー、流石の火力。遠距離持ちが一人でもいてよかったよ」
「あたしらも攻撃に参加しないと。石をぶつけるなりやれることはあるでしょ。アンタも」
「そうしたいのは山々なんだけど、生憎両手が塞がってて」
遠くで上る業火を眺め、隣に並ぶお二人の会話を盗み聞く。やはり異能石がなければ、これ以上の戦いとなると身を守ることすらままならない。早急に私の異能石を見つけ出して力を使えるようにしないと。
……が、今それを考えたところでどうしようもない。今は武器となるパイプが行方不明になった以上、それ以外で攻撃に使えるものを探さなければならないのだ。片手は手すりを掴んだまま、制服のポケットを初め使えそうなものを探る。
――コツン
「(……ん?)」
制服の右ポケットの中、突っ込んだ指先に当たる固い感触。コツコツと音を立てて、小さなそれは狭いポケットの中を転がる。
「(なんだっけ、これ。こんなもの私入れてたっけ)」
感触だけでは、表面はつるつるで曲面で構成された物体ということしか伝わらない。大きさは親指程度。とても武器になりそうにはないが、気になった私はそれを手に取り眼前へと持ってきた。
「(これって……琥珀?)」
思い出した。確かこれは、私が初めて倒した人体模型が持っていたものだ。あの時は教材の一つが挟まっていたのだろうと予測していたが。
「(虫入りの琥珀。そういえば、明音さんに会った時に渡そうと思ってたんだ)」
しかし、明音さんはすでに異能石を一つ使用している。いまさらこれ一つを手渡したところで意味はない。そう結論付けて再びポケットに直そうとしたところで、胸中にふと引っかかりを覚える。
『それで、どうだ? 例のものは』
『ダメ、アレどころか琥珀すら落としてない。どれも見たことのない石ばかり』
数時間前の、お二人の会話の内容を思い出す。探し物が見つかったかを尋ねている九条さんと、目的の物が見つからない様子の明音さん。彼女のさす“アレ”の詳細はわからないが、その後に続く文章から、明音さんの目的は自身の異能石またはそれに関連したものだろうことは予測できる。
「(思い出せ。ほんの数分前、明音さんが使っていた琥珀を!!)」
もしも“アレ”の正体が、何か特別なものだとしたら。その特別が、能力の発動に必要な異能石のことだとしたら。
『ただ大きさ、純度、人工のものか否かなどで多少出力は変わるようですよ。人づてに聞いたことですが』
ネルさんからお聞きした異能石の特徴。
『でもねーこれには欠点があってねぇ。僕の水晶は他より異能石の質に左右されやすいんだ』
レイダさんの、能力の特徴。
思い出せ。明音さんが飛び出していく前、その手に握られていた石の大きさ、色、形。そして内容物を。
彼女の使っていたものは、琥珀は――
「(――間違いない。中に何も入っていない、ただの琥珀だった!!)」
「とりあえず僕も攻撃してみるけどさぁ、正直効果は薄いと思うよー?」
「やれることはやりなよ。アンタだってまだ死にたくないでしょ? ほら、さっさと上がって準備を」
「あ、明音さん!!」
可能な限りの大声で、場を離れていきそうだった明音さんを引き留める。
「なに? クーちゃん」
「明音さんの探していたものって、“特別な琥珀”のことですか!?」
「そう、だけど?」
――やっぱり!!
「明音さん。これ、使えますか!? 中に古代の蜂が入った、特別な琥珀です!!」
その瞬間。明音さんの表情が驚きに染まる。それは、決して悪い感情の物ではない。どころか、私の一言に希望を見出した、歓喜の表情であった。




