第二十三話 水晶の煌めき
ユーさんら二人の後を追いかけ、今度は反対側、ガシャドクロに最も近い屋上へと向かう。未だ衝撃と音は止まず、一回ごとに届く衝撃に関しては激しさを増したと言っていい。
「二人ともご無事ですか!?」
「!? 紅京、なぜ来た!!」
「ユーさんとレイダさんを連れてきました!」
屋上に飛び出してすぐ、目の前には黒曜石の鎧を着こんだ九条さんが立っていた。近くに見えるド迫力のドクロを見れば、腕の関節を初めいくつかの場所には切り傷と黄色い結晶が付着しているのが見える。
「こいつはまた、デカい獲物だなァ」
「僕の占いの通りのサイズだね。ん? あぁ、蜂頼さんは下にいるのか」
ドクロの足元。ひたすら琥珀を生成しては奴の足を覆うように付着させていく明音さんの姿。おそらく、このサイズの怪物を自由に動かすのは危険だと考え動きを封じているのだろう。
事実その予想は正しかったようで、ドクロは動かせなくなった両足にまとわりつく琥珀をはがそうと、意識がそちらに向けられている。
「っし、準備完了。いくぞレイダ、アタシたちも戦うぞ」
「うぃ~っす、情報分析は任せてよ。それと、後ろからやってくる気配もね」
「後ろ? ――なっ!?」
レイダさんの感じた気配。気になった私はすぐに背後に振り向いたが、特に目を凝らさずともレイダさんの示したものが分かった。
いる。それも大量の怪物が。中には私の戦った人体模型でも骨格標本でもない人間に近いものやただの機械がひとりでに動いている。ガシャドクロだけに留まらず、こいつらの相手もしなければならないなんて。
「そうだな、任せる」
レイダさんの肩をポンポンと二度叩き、石を砕いてドクロに向かっていくユーさん。これでドクロと戦う戦力が三人に増えた。
「それじゃー紅京さん。こっちもやることやろうか、異能石の使い方はわかるかな?」
「すみません。私、まだ自分の異能石持ってないです」
「え!? ……あ~、そっか。見つからなかったのかぁ」
「でも、自分の身を守るくらいのことはできます。私のことは気にせず、レイダさんはレイダさんのできることをしてください」
武器を構え、群がる敵を見据える。この衝撃と揺れで不安定な足場の中、圧倒的な数の差を誇る化け物達を倒す。無謀もいいところのはずのこの状況で、私は不思議とやる気に満ちていた。
思えばこの二日間。なんども恐怖や絶望感に飲み込まれそうになった。学校に閉じ込められて、正体不明の怪物に襲われて、挙句の果てには鏡の中にまで連れてこられて。さっきなんて棚の下敷きにまでさせられた。
本当最悪だった。どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないのか、どうしてほかの人じゃないのか。どんなに取り繕っても、まったく思わなかったと言えばウソになる。
……でも、悪いことばかりじゃなかった。そりゃあ、化け物に襲われるのは怖いし、下敷きにされたときはとても痛かった、というか今も背中は痛いけど。
いろんな人と関わった。私を助けてくれたネルさん、食事を作ってくれたユーさん、友達として接してくれたレイダさん、生き方を教えてくれた九条さん、褒めてくれた明音さん。みんな優しく、私に心地よさをくれたんだ。
おばあちゃん以外には、両親にさえご飯を作ってもらった記憶はない。碌に掃除されていない部屋の片隅で、僅かなお金で買ったパンをかじる毎日。感じるのは寒さばかりで、自分が生きているのか死んでいるのか。それすらも曖昧だった。自立を覚え、一人暮らしをするようになって、他人に何かを期待することを止めた。
たったの二日。その間だけは、私は人間らしく居られた。
「――紅京さん?」
「! な、なんでしょうレイダさん」
「いま、意識抜けてませんでした?」
「ご、ごめんなさい。集中します(あ、危ない。あやうく走馬燈になりかけた)」
もう目前に迫った怪物の群れ。レイダさんはすでに異能石を砕いて準備完了。後は私の覚悟次第。
「(三人に集中してもらうためにも、私とレイダさんで足場を死守しなくちゃ)」
私が戦うのは何のためか。そこを今一度確認し、呼吸を整え――――走る
「はああああああ!!!!」
模型の胴体を突き刺し、まず一体。引き抜いた勢いのままパイプを振り二体。人間らしい肌と真っ黒に染まった目を持つ地縛霊らしき存在には、一言の謝罪と共に脳天から叩きつけ三体。ポルターガイスト付きの機械には、依り代となる機械部分を砕くことで仕留める。
衝撃と音にお引き寄せられ、次々と現れる化け物ども。一体一体の対処は容易くとも、こうも数多く現れては体力が心もとない。なるべく余裕があるうちに数を減らさないと。
「よっと、危ないあぶなーい。僕ちゃんじゃなかったら避けられなかったよ~?」
隣では、顔に水晶の仮面を身に着けたレイダさんが無数の結晶が生えた腕を武器に戦っている。明らかに戦闘慣れした叩き方もさることながら、まるで敵の来る方向がわかっているかのように背後や足元からの奇襲に一足早く対処している。
あれも、占い能力の応用なのだろうか。態々水晶を覗き込まなくても、直接見ることも可能らしい。
「ん! そーろそろいい感じに纏まってきたかな? 紅京さーん! ちょっと離れられるー?」
「わかりました!」
彼女の指示を受け、私は一旦距離を離す。どの程度離れるべきか悩んだが、念のためにと柵の付近にまで後退する。
「OK! それじゃあいくよー!!」
水晶を生やした腕を上空に掲げ、レイダさんは何かを始める気らしい。私を狙って近づいてきた化け物達は、その声で一斉に彼女の方に向かい始める。
「いい調子いい調子♪」
天高くにそびえる水晶の塊が、急速に成長を始める。結晶同士がこすれ合い、時折破片を床に落としながら、水晶はその数と長さを増やしていく。やがて手首を覆い、成長が二の腕にまで達しようとした瞬間。
「ぬぅぅぅぅん!!」
腕を下ろし、遠心力によって重い結晶を半身ごと後方に傾け、
「おぉぉぉぉぉぉりゃああああああ!!」
雄たけびを上げ、全力で結晶を投げた。巨大な塊だった水晶は、腕から離れると同時にバラバラになりそれぞれが六面体の結晶として敵に向かっていく。
まさに鋭い砲弾。異能石によって強化された身体能力から繰り出される散弾は、あれだけ密集していた化け物どもを一網打尽にする。
これが異能石を持つ人間と、持たない人間の差。いくつかは軌道を外れかろうじて生き残っている奴もいるが。たったの一射が、私たちの戦力差を覆した。




