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第二十一話 不吉な予兆



 科学準備室前にて、


「ちわーーーッス!!」


「ちょっ!?」


 引き戸を足蹴りにして勢いよく弾き飛ばす明音さんに不意を突かれてしまう。

 いやまさか、あのダウナー系ギャルである明音さんが到着早々扉を蹴破るなんて考えるわけないでしょ!?


「なに、を?」


「んー? ただの待ち伏せ防止。たまにいんだよね、扉を開けてコンニチワしてきちゃう奴が」


「あ、あぁそういう」


 もっと他に方法があったのでは……せめて一言説明を……

 頭にはいろいろと明音さんに物申したいことが浮かぶが、これも一つの合理的判断かとそのことを口にするのは止めた。


「石の保管場所は奥の扉だ。オレらは周囲の警戒、紅京は素早く石を見つけてこい」


「了解しました!!」


 お二人に入り口周辺の警戒を任せ、指示通り私は扉を開けて保管庫の中へと進む。フラスコ、ビーカー、アルコールランプにリトマス紙。棚には実験で使う薬品がいろいろとあり、万が一ここであいつらと遭遇したら大変だなと嫌な予想をつけてしまったよ……。


「(んー、色々あるなぁ。知ってるものだと、ルビーにサファイアエメラルドだけど)」


 鍵穴で閉じられたガラスの奥に小箱に入れられた沢山の宝石たちが見える。現実ならば鍵がないと慌てふためくところだが、こちらでは鍵が閉まっているということはない。


 予想通り、扉は簡単に開いてくれる。


「(石の名前なんてわかんないしなぁ……)」


 一つ一つ指で摘まんで持ち上げてみても、模様や色で見分けることしかできない。おまけに、微妙に濃さの違う色のものが複数あるともうお手上げだ。


「(仕方ない、一つ一つ試してみよう)」


 見つけられたとして石の確保はどうするの? とは、頭の中の自分談。せめて自分の異能石なのだから、石の名前と特徴、それから入手難易度などは把握しておきたい。


 ~ 十分後 ~


「反応する石が、ない!?」


 あまりにも残酷な現実に、私は両手をついてうなだれるほかなかった。せっかくお二人のようにカッコよく力を使えると思ったのに、まさかの取り越し苦労。気に掛けてくれた九条さんや、時間を作ってくれた明音さんにも申し訳が立たない。


 他に可能性がありそうな、それこそ地質観察用の石なども試してはみたものの、どれも砕ける様子を見せなかった。


「嘘でしょ……」


 仮にも化け物を退けてきたうえでのこの仕打ち。まぁ此処になかったということは、それすなわち化け物達を倒して石を奪う他ないわけだけど。


「(ないなら仕方ない、よなぁ。切り替えるしかない)」


 地面にうなだれた拍子に服の中から現れたペンダントを眺めつつ、落ち着いて次の行動を考える。

 おばあちゃんから渡された桜石の入ったペンダント。宝石というよりはただの石っころのような外見だが、表面に浮かび上がった桜の模様はいつみても美しい。


「(……あれ?)」


 その時、私の脳に、ある一つの可能性が浮かび上がった。


「これ、この桜石。これも石の一種なら、私の異能石がこれっていう可能性もあるんじゃ!」


 あまりに身近なものなので、これを宝石ではなくアクセサリーだとしか認識していなかった。


 もしもこの石が、私の、私の異能石であるのなら……





 ――ドゴォォォォォォッ!!!!





「な、なに!? うわわわッッ!!??」


 今まで味わったことのないような大きな揺れが、私の体を大きく揺らす。壁に立てかけられた教材や高価そうな機械。テーブルに乗った書類その他ダンボールが床の上に散乱する。天井の隙間に溜まった砂埃が降り注ぎ、薬剤の入った瓶がカギのかかっていない棚から滑り落ちてくる。

 入ってきた扉に向かって九条さんの元に戻ろうとしたものの、もはやまともに立つことすら叶わない。


「う、くっ! うわあああああああ!!」


 散々中の物を放出し床にばらまいた棚。だけどそれだけでは終わらず、最後はこちらに向けて倒れこんできたではないか。

 縦長の準備室の構造と、部屋の両サイドに隙間なく並べられた棚の配置。一か所が倒れたことで、連鎖的に他のものまで倒れ始める。揺れで動けない中精一杯の防御姿勢を取ったが、迫りくる衝撃だけはどうしようもない。


 私の意識は、肺の中の空気と共に抜けていった。






 ――……や




 ――……れみや!




 ――……くれみや!!



「うっ……うぅ」


 どうやら、命は失わずに済んだらしい。背中に感じる鈍痛と胸を押しつぶす重みを感じたことで、私は自分がかろうじて生きていることを実感する。意識を失った元凶のおかげで生きていることを実感するとは、何たる皮肉か。


「紅京! 返事をしろ紅京!!」


「冗談でしょ……? クーどこ!? 声を聞かせてよクー!!」


 ガラガラと零れ落ちる瓦礫の音の中でも、二人の声はしっかりと耳に入ってくる。扉まではさほど距離はなかったし、はやく居場所を伝えないと。


「こ、こです! はぁーっはぁーっ」


 まずい。背中に乗っているものが思ったよりも重い上に多い。挟まれた腕で胸部と床の間に隙間を作ろうと試みたものの、乗っていたものが顔前に落ちてきて埃を立てただけだ。


「紅京!?」


「クーちゃん!!」


 けれど起こした物音は、私自身の声よりもはっきりと伝わったらしい。隙間から覗く人影が、私が下敷きになっている場所の前で止まる。


「紅京、そこにいるんだなっ!? 明音、頼む!」


「言われずとも!!」


 そういって明音さんが両手を床に付くと同時に、隙間から流れ込んでくる黄色い液体。それは、明音さんが生成した琥珀の元となる樹液。流れる液体は瓦礫の隙間という隙間に入り込み、私自身の体をも優しく包み込んでいく。


「いたっ! もうちょっとの辛抱だからね」


 樹液に包まれ視界が完全にふさがれているが、物がなだれ落ちる音だけははっきりと聞こえる。樹液は未だ流動を続け、それ以外の景色の変化はない。

 ……いや、景色以外に一つ。大きな変化があった。


「ぷはぁっ!! はぁっはぁっ!」


 呼吸ができる。それに、胸の圧迫もいつの間にか取れて、両腕が問題なく動かせるようになっているではないか。どうやら彼女の琥珀は、隙間に浸透すると同時に硬化し、瓦礫を支える柱となって抜けるための隙間を作ってくれていたらしい。 


「紅京!!」


 外への道が開かれ、同時に九条さんの腕が伸びてきた。がっしりとした彼女の腕は、いとも簡単にこの山の中から私を外に引っ張り出してくれる。


「よし、もう安心だ。どこか痛むところはあるか?」


「はぁっ、はぁっ。む、胸元が少し。でも、骨折らしき痛みはありません。ありがとうございます」


「そうか、よかった。オレたちも突然のことで気が動転してな。ところで異能石は」


「……すみません。特にそれらしき反応のある石は見つけられませんでした」


「……そうか」


 やはり、探索が無駄に終わったことに不満があるのだろう。それはそうだ、せっかく作った時間を無駄にしたのだから。


「ごめんなさい」


「! す、すまん。別にお前を責めているわけじゃ――」


「二人とも! 今はのんびり話している場合じゃないよ!!」


「!! そうだったな。紅京、説明は後で。早く外に出るぞ!!」


「え? え??」


 外に出られたのを喜ぶのもつかの間。私はお二人に手を引かれながら科学準備室を後にした。お二人の慌てようといい、さっきの地震は一体なんだったのだろうか。





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