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第二十話 実は意外な才能が



 カタン カタン


「スー、フゥー」


 一旦、後ろの目指すべき指導者の姿は忘れよう。その上で冷静に、相手の動きをしっかりと見る。大丈夫、あちらが近づいてくるまでまだ距離はある。


「(大丈夫、いける。不意打ちに近いとはいえ一度は化け物を倒したんだ。九条さんのように一気に近づいて、明音さんのように豪快にパイプを振るうだけ。大丈夫、大丈夫)」


 ドキドキと脈打つ心臓を落ち着かせ、呼吸を整え、弱弱しく縋るように握るパイプを正しく構える。


 ギュゥゥッ


「(……よし)はぁぁぁぁ!」


 覚悟を決めて、一思いに廊下を走った。靴底が床を踏み抜くたびに、キュキュッと激しく音を立てる。

 一歩、一歩、また一歩。足に込める力が増すほどに、自分でも驚くほどの速さで距離を縮めていく。


「ハァッ!!」


 ――軽い。


 パイプが標本の首元に吸い込まれたとき、そう思った。


「ハァ! ハァッ!!(やれる! ヤれる! 私はヤレル!!)」


 同じ模型であるはずなのに、人体模型と比べても格段に脆く、まるで野球のホームランを打つように標本の頭部をはるか後方へと殴り飛ばせたのだ。


「(簡単……いや、まだ油断するな!!)」


 しかし、どんなに脆く壁に勢いよくぶつかったとしても、流石にそれだけでバラバラになるほどではないようだ。


 私は知っている、奴らに脳の概念がないことを。胴体と頭部をばらしたとしても、万が一パーツ単位で襲ってこられないように。

 カコンと首が落下するのと同時に、パイプを突き立て上顎と下顎に、右脳と左脳に、大脳と脳下垂体に。念入りに分解し破砕する。


「次ィッ!!」


 獣の咆哮にも似た自らの声に驚きつつも、内に燻る本能とアドレナリンに従い残った標本の胴体を砕き始める。

 とはいっても、頭ほど念入りにする必要はない。人体模型で弱点は胴体のどこかであることは知っていたし、九条さんが胴体を斜め切りにするだけで同族は動かなくなっていた。つまり狙うべきは胸元の肋骨部分、人間と変わらない。


「トドメェェ!!!!!!」


 足を砕き転倒させて、力を籠めやすくしたところを一思いに突き刺す。なんとか引き抜こうとパイプを掴みにかかる姿に多少の罪悪感はあれど、ここで手を緩めるのは得策じゃない。少しパイプの角度を変えて、何度も何度も奥深くにねじ込む。

 するとどうだ。だんだんと力が抜け始め、抵抗が薄くなり、最後は力なく腕を一文字に脱力する。


「ハァッ、はぁ、はぁ(やれた……のか?)」


 できた。私は、やれたのだ。私を信じるお二人のように、獲物を狩れたんだ。


「どう、ですか? 九条さん、明音さん。私、やれてましたか?」


 獲物を狩り取り、容易くその骨を砕く手腕。九条さんには及ばずとも素早く距離を詰め、そして自らの手で武器を振るった。不意打ちではなく正面から、堂々と敵を打ち滅ぼしたのだ。


 これで私は、お二人に価値を証明できたはず!!――


「これは……」


「正直、予想外ですわ……」


 驚いている。でもまぁ、これが普通の反応だろう。九条さんにはその辺を説明していたはずなのに、実際に見るのとでは色々と違うものがあったのだろうか。


「(まぁ、いいか。今は認められなくとも、見込みありとさえ認識してくれれば)」


 さて、と。突き刺したパイプを引き抜いて、念のために数回の確認を済ませてから石の採集に移る。

 はてさて、この肉も皮もない体のどこに石を持っているのやら。てっきり倒した時に衝撃でポロっととれるものかと思っていたのだが、軽く周囲を見回してみてもそれらしき輝きは見当たらない。


「(もしかしたら、パイプを突き刺した時に一緒に砕いちゃったかな)」


 せっかく倒したのに成果ゼロとは情けない。ま、今回は力を示すことの方が大事だったのだ。これはこれで仕方ないと、突き立てたパイプを支えに立ち上がる。


「(ん?)」


 石を探して屈んでいた時にはなかった輝きが、目の端に映りこむ。そのきらめきが無ければ見つけられないほどに真っ黒の石がそこにはあり、手に取って見つめてみれば。


 その石はなんと、九条さんの異能石である黒曜石だった。


「落とし物、ではないよね。ここまで走ってきたのは私だけだし」


「クーちゃん乙~。で、どうだった石は」


「あぁはい、黒曜石でした。これ九条さんにお渡しします」


「あ、あぁ。ありがとう」


 九条さんの反応はいまいちだが、私には石の良し悪しはわからない。初めての成果をこの人に渡すことで、私の初めての化け物狩りは閉幕する。


「それで、どうでしょう。私の評価のほどは」


「……訓練の必要、なかったな。経験故の拙さはあるが、思い切りも反応も詰めも、申し分ない」


「ね、あたしたちの初戦より全然動けてる。初めはたった二日で何とかなるかって不安だったけど、これなら回数重ねるだけですぐに独り立ちできるよ」


「ありがとうございます」


 未だ武器をぶら下げ、鎧を纏うお二人がそういうのなら、ある程度鏡の世界での戦闘力は保証されたとみていいだろう。先ほどとは違う歓喜の感情が、再びパイプを握る拳に力を籠める。


「誤算はあったが、急いでここを離れて科学準備室に向かうぞ。標本どもが音におびき寄せられたように、いずれ別種の化け物が来るかもしれない」


「ちゃちゃっと目的を済ませて、ユーさんのいる家庭科室に向かおうか。そろそろ飴の補充もしたいし」


「了解です!」


 破壊した残骸はそのままに、私たちは小走りでこの場を後にする。お次はいよいよ、私の異能石採集の時間だ。


「(ようやく、私も能力を使えるようになる。どんな石が私の異能石で、どんな力が使えるんだろう)」


 今からわくわくが止まらない。

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