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第二話 学校暮らしの始まりは



 コンッ コンッ コンッ


「くそっ、こっちもダメなの!?」


 表が駄目なら裏口から。そう思って全速力で裏口に向かってみたものの、やはりこっちにも見えない壁が存在する。道中登れそうな塀を見つけては登ってみても、そこにも同じものがあった。


「なー、今日の練習ってどことだっけ」


「覚えてねーわそんなの。早く帰りてぇ」


 こんなに必死に壁を叩いている私の隣で、ユニフォームを纏った男子学生が悠々とその先へ通り抜けていく。まだ明るさを残していた空の色が、徐々に黒みを帯びていく。


「(どうしよう、どうしよう、どうしよう!? も、もうすぐ日が暮れてきちゃう。そしたら私、暗い学校に一人ぼっちになるの!?)」


 人より暗いところが駄目な私にとって、お化けの噂が絶えない夜の学校に一人でいるなんて耐えられない。無理やりにでも隙間を開けて、外に出られないかと必死に指で空を掻く。


「開いて! お願いっ……!!」


「何してるんだ? 紅京」


「っ!?」


 必死になりすぎて周りを視れず、背後からの声に全身が持ち上がったのを理解した。そして、飛び上がった体が地上に降りてくると同時に、その声の持ち主が誰なのかも理解する。


「せ、先生!」


「珍しいなお前がこっちにいるなんて。正面から出た方が早いだろうに」


 今日、私を叩き起こした黒髪の女教師。彼女は車の窓ガラスから腕を出し、出口に立つ私を奇異の目で見つめていた。先生も今から帰宅するのだろうか。こんな時に限って、いつもは遅番として夜までいる先生らしくもない。

 だけどこれはチャンスだ。今私の置かれている状況を話せば、この人なら必ず味方になってくれる。未だ暴力に抵抗がない少々古い価値観の先生ではあるが、決して困っている生徒を見捨てるような人ではない。それはこの三年間、お世話になった私が言うのだから間違いない。


「先生ッ!!!!」


「うおお!? きゅ、急にどうしたんだ!?」


 開いた窓を閉じられないよう、扉に指を乗せて先生との距離を詰める。そうだ、言わなくちゃ。学校から外に出られなくなっている、助けてください と……


「先生! た――」


「た?」


 あ、れ……?


「た、たっ! あ、ッあ…!?」


「?」


 こ、声が、出せない!!? な、なんで!? さっきまで普通に話せたのに!? 早く、先生に助けを求めないと……! わ、わかってるのに声が! 声が!!


「なんだ、どうしたんだ?」


「あっ、か……! き、気を付けて、く、ください、ね? へ、へへ」


「? あぁ」


 なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで!!??


 私はただ、「助けて」と言いたいだけ! なのになんで今私は、先生に助けを求めるどころか、車から距離を取っているんだ!?


「紅京、なにかあったのか? 困ったことがあるなら遠慮せず話せよ?」


「な、なんでもっ! グッ……ありま、せん!! さ、さようなら、です(嫌だ、待って先生! 助けて!!)」


「……そうか。じゃあお前も、寄り道はほどほどにしろよ。じゃあな」


 タイヤが動き始め、次第に焦りが出てくる。

 必死に声を出そうとして、声が出るどころか呼吸すらも怪しくなってきた。息苦しくなり涙で視界がぼやけてきても、私は懸命に声を出し続けた。

 力が抜けて立つことすら怪しくなり、地面に腰を打ちつけてなお溢れてくる涙を必死に拭い、残った僅かな力を振り絞り手を伸ばす。


 ――そんな奮闘も虚しく。私は、速度を上げて学校から離れていく黒の車を見送ることしかできなかった。


「あ″っ! あ″あ″あ″あ″!!!!!!!!」


 ガラスを引っ掻くような不快音を響かせながら、私は虚空に指を動かし続ける。先生の車が見えなくなって、学校から外に出る生徒も見えなくなった。小屋に残った自転車はほんの二、三台の放置自転車を残すのみ。

 正真正銘、私はこの暗くなっていく学校に一人、取り残されてしまったのだ。


「ど、して……こんなことに」


 閉じ込められてしまったことと、夜の学校への恐怖が私に涙を流させる。絶望と虚無感が同時に体を駆け巡り、必死になって動かしていた指先すらピクリとも動かせそうにない。


 ――キ


「ぁぁ」


 ――キキ ――キ


「(これから……どうしたら……いいのかな)」


 幸い私は一人暮らし。両親はいるがいなくなったところで心配するような人達ではない。財布には少しだがお金もある。服は、体操服が、一応……


 ――キキ ――ギキキキキ……


「なに、この、音?」


 久しぶりに涙を流し、憎たらしいほどに冷静になった頭で今後のことを考えていた時。不意に私の耳に、金属の軋む音が聞こえてきた。


 軋み。というよりこれは、車輪が動こうとしている音のような……車輪?


「え? 動いて、る?」


 遠目からではわからないほどに少しづつ、少しづつ。門のキャスターがひとりでに閉まろうとこちらに向かってきた。


「う、嘘? なんで勝手に!?」


 キリ……キリ……


 ――キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリ!!


 ゆっくりと閉まっていたはずの門が、突如として速度を上げる。車輪の音はさながら、人の悲鳴のよう。専門的知識などなくとも、これが普通ではないことなど誰が見ても明らかだった。


「きゃああああああ!!」


 そして、問題が一つあった。校門は内側から手動で閉じる仕様上、内側に取っ手分伸びて作られている。そして、私が座り込んでいる場所は車輪の進路上、目と鼻の先に校外が広がる場所ということ。

 勢いの付いた鉄製の物体。当たれば間違いなく無事では済まないそれを、私は後先考えず飛び込むようにして回避した。


「い、痛ぁ」


 後先考えずに飛び込んだせいで、露出していた皮膚がアスファルトに擦れて擦り傷となる。


「ぅ、ぅぅっっ!!」


 声にならない悲鳴を上げて、その場に深くふさぎ込む。もはや希望は何処にもなく、涙を流しても救い出してくれる手は伸びてはこない。涙を隠し声を殺したのは、私のせめてもの抵抗だった。


 ひとしきり涙を流し終え現実を理解し始めた私は、まともに動くようになった体で荷物を抱え薄暗い校舎の中に戻りはじめる。

 暗い学校は怖い。けれどそれ以上に、一人でに動いたあの校門から少しでも距離を取るために。

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