第十九話 力の琥珀技の黒曜
「周囲に影はなし。準備はいいか、二人とも」
「オッケ~」
「はい!」
鏡の世界へと入り、昨夜のうちに立てかけておいたパイプを回収してお二人の後を追う。
昨日現実の世界で回収していたこのパイプだが、鏡の中にも同じものがあるとわかったのでそっちと事前に入れ替えておいたのだ。当然、使っていた方は元に戻して。
そのおかげで、今握るパイプは凹みも錆も一切ない新品の物。前より雑に扱っても壊れることはないだろう。
「今夜の予定だが、別館三階の科学準備室を目指しつつ道中の獲物で経験を積む。目的地を準備室にしている理由だが――」
「私の異能石を見つけるため、ですよね」
「よくわかってるじゃないか」
正解を導き出したことを褒められ、すこし気分が高揚する。子供っぽくはあっても、やはり褒められるのは嬉しいものだ。
「んで? あたしとナーちゃんはどう役割分担すンの?」
「初めはお前に戦いを見せてもらう。戦闘方法だけならオレが見せた方がためにはなるが、まぁいいだろ」
「りょ。――お? 噂をすれば化け物たちのお出ましじゃん」
階段を上り三階の廊下を少し進んだところで、複数体の人体模型の群れがお目見えだ。昨日見た奴らとは少し違って、今回のは大人サイズのものばかり。
「さてと、あたしのカッコイイところを後輩にお見せしますかね。悪いけど二人とも、少し下がってて」
私達よりも二歩ほど前に進み、制服のポケットから親指より少し大きめの琥珀を一つ取り砕く。明音さんは、指先を揺らして筋肉をほぐし数秒のストレッチを挟んでから構えをとると、向かってくる怪物に一直線に向かっていった。
そして、上着の袖口から琥珀を生成すると、ある一つの物を形作る。
「あれは!」
「オレが黒曜石で刀を作るように、あいつも自分に合った武器を作る。それがあの『琥珀製の鎖鎌』」
琥珀で出来た美しい鎖。その先には、一方には刃先の鋭い鎌、もう一方には鎖分銅が繋がれている。明音さんは、両腕の袖口から伸ばした二本の鎖鎌の内の一本を回転させると、高速回転による遠心力を利用して勢いよく放つ。
ガコンッという豪快かつ爽快な音が響くのと同時。標的となった一体の人体模型は、直撃を受けた胴体から二の腕や腿のあたりまでをたったの一撃で粉々に粉砕してしまう。もう、立ち上がるどころか微動すら見せない。
「まだまだ行くよ~」
遠方に飛ばした鎖を戻す間もなく、自ら近づいて手に持った鎌で敵を切り裂く。見た目は鋭利な鎌でも材料は本人の作り出した琥珀。硬化したものを樹液に戻し、再度形を変えて新たな刃に変形させることで切りつける角度や深さも自由自在。
「あ~ら、っよ!」
そうして二体をあっという間に解体してしまうと、最後に周囲を囲うように存在する模型たちを巻き込むようにもう一度大きく鎖を振り回す。通常よりも広くなっている鏡の世界の廊下だからこそできる技だが、その分周囲の化け物どもを一纏めに粉砕してしまう。
終わってみればなんともあっけない。気だるげな印象を抱かせる明音さんとは似ても似つかない、豪快な戦い方だった。
「いっちょあがり。バッチリみてたか? クーちゃん」
「ばっちり見てました! 流石です明音さん!!」
「……ん、そー純粋に褒められると調子狂っちゃうな」
「素直に受け取っておけよ。先輩として」
九条さんはそういうが、私は心から明音さんをカッコいいと思う。豪快に鎖鎌を振り回し、正確に敵を打ち抜く戦闘力。鎖の隙間から覗く、普段の眠たげな目とは違う獲物を狙う狩人の眼。鎧を纏い素早く片付ける九条さんとは違う戦い方。
こんなにかっこいい人達から指導してもらえると考えると、興奮を通り越して勿体なくも思えてきた。
「それで、どうだ? 例のものは」
「ダメ、アレどころか琥珀すら落としてない。どれも見たことのない石ばかり」
「そうか、まぁ機会はまだあるだろ」
「チェ、使った琥珀分も回収できなかった」
ぽろぽろと床に零れた宝石を足蹴りにする明音さん。簡単に手に入る上に換金の手立てのない私たちには意味がないと分かっていても、なんとも贅沢で勿体ない光景だ。
――コツン
「足音?」
「物音におびき寄せられたか。次は、オレの番だな」
背後から近づいてくる謎の足音。人体模型と比較しても、かなり軽快な音。
その正体は、関節も肉もなく動く三体の骨格標本のもの。両手をぶら下げ気だるげな格好で歩いてはいるが、その目的は模型と同じこちらを襲うことなのだろう。
明音さんに続いて、九条さんもその手に異能石を持つ。
「はぁぁぁぁああ!!」
曲面の美しい黒曜石の鎧を構築し、九条さんは三体の内中央に陣取る一体へと体当たりを仕掛ける。勢いと体重を乗せて標本を押し出し、腰付近に生成した刀で斜めに一刀両断。襲い掛かる敵を追って振り向く二体の標本に対しては、両手合わせて六本生成した刀を投擲し串刺にする。
あまりに華麗で鮮やかな手際。両方合わせて八体もの化け物を、お二人は十分とかからず殲滅してしまった。
「こんなものか。どうだ紅京、何か掴み取れたか」
「い、いや、流石にこのレベルは無理ですよ。でも、格好良かったです!」
「焦ることないよ。ゆっくりゆっくり」
能力者の戦いをじっくりと見たのはこれが初めてであるが、やはり技術も基礎能力もレベルが違う。私だって多少動くことはできるけど、お二人のように多数を相手にするなんてとても考えられない。目の前にそびえる壁の厚さを自覚するのみだ。
「格好いいか。そう言われると照れるな」
「なに? 人に素直に受け取っとけとか慣れてます感出しといて、自分が言われるのには慣れてないんだ?」
「ッ! う、うるせぇ――こほん。さて、紅京。早速だがお前の出番だ」
「!! は、はい!」
出番。とうとう私に戦う順番が回ってきたということか。パイプをより強く握りしめ、俄然やる気……ではなく、お二人の前でうまく戦えるか不安がにじみ出てくる。
「ちょうど奥、一匹だけ合流の遅れた標本が一体こちらに向かってきている。どんな方法でもいい、あいつを相手に戦ってみてくれ。現状どの程度戦えるのか見ておきたい」
「肩の力抜いて、適当にやればいいよ。あたしたちの前だからって緊張せずにね」
「わ、わかりました!」
お二人に倣って、二歩ほど前に進む。それに呼応するかのように、ちょうど柱の陰で見えなくなっていた骨格標本が、ゆっくりと光の下に現れた。




