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第十七話 かつての宝は今を紡ぐ



「……やばっ、かわい」


 はっ、わ、私は何を!?


「っ!! し、失礼しました」


 私は一体何を考えているのか。初対面の相手の好意に甘えて自分勝手に頭を擦りつけるなんて! 私は猫か! まったく。……昨日ユーさんに感情を引き出されてからというもの、自分の中で理性が働きづらくなってしまっている。自制しないと、のちのち大変なことになってしまいそうだ。


「んにぇっ!? ヤ、気にしないでいいっつーか、役得っつーか? とりま、も少し頭貸しとき」


「え? あ、はい」


 一人反省会を行う傍ら、意外や意外明音さんから許可が下りてしまった。しかも今度は、頭を引っ張り膝枕の上に乗せた上での撫で撫で。柔らかな匂いと眠気が相まってこのまま眠ってしまいそう。


「初めてっつーことはまともに眠れてないんでしょ。時間になったら起こすから眠っとき」


「は、はぁ」


「まぁお前がいいならいいが、寝る前に話だけは聞いてくれよ?」


「ふぁい!」


 少々呆れた様子の九条さんを眺め、明音さんの膝枕にお世話になるという贅沢を味わいながら話が来るのを待つ。頭の中で整理し終えた様子の九条さんが話し始めたのは、それから間もなくのことである。


「明音、今夜から二日ほど空けられないか」


「石狩りのこと? それは別に構わんけど、その間何スンの?」


「紅京に戦い方を教える」


「っ!」


 ……いつか来るとは思っていたが、こんなに早く戦い方について話が上がるとは思っていなかった。しかし、冷静に考えてみればそれも当然のこと。

 鏡の中の世界や、現れる化け物たちはどれも危険な物ばかり。いつ何が起こるかもわからない環境で、人一人を守りながら戦うことのなんと大変なことか。


「マジ? いや、教えることに関しては賛成するケド。でも昨日今日巻き込まれたばかりなのに戦えってのはあまりに酷でしょ」


「わかってる、オレたちだってまともに戦えるようになるまで半年はかかった。肉体はもちろん、破壊に慣れる精神面ができてない」


「なら」


「――奴らの動きが活発になっている」


「――ッ」


「奴ら……?」


 九条さんの発した言葉が、明音さんの雰囲気を一変させる。お二人はその“奴ら”について、人体模型や骨格標本以上に警戒をしているらしい。化け物数体を一纏めに倒す九条さんにおそらくそれと同等の戦闘力を持つであろう明音さんをして空気を変えさせる奴らとは一体?


「紅京、お前にもかかわることなので説明しておく。昨日のうちに出会ったネルと説明を受けたオレら三人、そして家庭科室の二人は“穏健派”だ。この極限状態の中で、かろうじて助け合いや善意が成立している人間。しかし、この学校に閉じ込められた人間全員が同じとは限らない」


「は、はい」


 流石に、寝たままの状態でこの話を聞くのはマズい。鈍った思考をそれでも回転させ、一言一句聞き逃さないように真剣に耳を傾けるのだ。


「全身を白布で覆った『白布』、骨のような仮面を身に纏う『骨人』。顔を隠してたんで素性は割れてないが、異能石を使っていたので間違いない。今話した特徴を持つ人間と遭遇したら、一目散に逃げろ」


「その二人が、先ほど言っていた奴ら」


「奴らは、学校からの脱出を第一に手段を問わない。理由なく人を襲うことはないはずだが、その“理由”さえあれば容赦なくこちらを襲うだろう。もしも遭遇したら一目散に逃走し、仮に奴ら以外の人間を見ても接触は十分に気を付けろ」


 迫りくる化け物や七不思議の謎に加えて、同じ閉じ込められた人との戦う可能性まで出てきた。つくづく、初めにネルさん、そして九条さんに出会えた私は幸運だったことを痛感する。


「見たの? どっち?」


「白布だ。昨日、私が倒した人体模型の残骸を物色しているところを見つけた。本館一階の廊下、鏡の中だ」


「あの辺……人体模型というと、あたしが昨日首を落として逃げられた奴かも」


 真剣な表情で語り合うお二人。ただ怪物を倒すだけではなく、そういった不意打ちを警戒しながら校内のサバイバルを生き残ってきた歴戦の人たち。お二人から何かを任せられるレベルに成長するのは長い道のりになりそうだ。


「――というわけで、紅京には護身術程度には戦えるようになってもらいたい」


「しゃーない、か。オケ、あたしも協力するよ。せっかくできた可愛い後輩をみすみす無くすわけにはいかないっしょ」


「よろしくお願いします、九条さん、明音さん。」


「もちろん。きついだろうが、バックアップは万全に行うつもりだから安心しろ」


「りょ」


 お二人の協力を得ることで、どうにかこの先の化け物との遭遇時にも対応ができるようになりそうだ。とはいえまだ右も左もわからない初心者。二人のご忠告にはしっかりと従い、こちらがお二人を危険に晒すことのないよう努力する所存。


「で、ナーちゃん」


「あ?」


「なんでメンチ切ってんの?」


「目つきは生まれつきだから諦めろ。で? 用件は」


「ギブ&テイクって、大事っすよね?」


「お前の異能石を探すのを手伝えってことだろ? 言われずとも一晩付き合ってやるから」


「+ユーさんのべっ甲飴二つ。一日分はそれで相殺したげる」


「それはユーに聞けよ」


 結構フランクなやり取りが二人の間には散見される。それだけ長い時間を共に駆け抜けたということか。


「明音さんの琥珀って、そんなに見つからないものなんですか? それに、初めの方に言ってた“石狩り”というのは」


「ん? あー、石狩りっつーのは簡単に言うと、化け物狩りのこと。化け物は必ず体のどこかにランダムに石を隠し持ってて、それを集めるのが石狩り」


「へぇ」


 明音さんは腰ポケットから、大小さまざまな琥珀を取って見せてくれる。綺麗な黄色をした宝石は、なんとも純度の高い綺麗な物ばかり。


「あたしがナーちゃんに協力をお願いする理由は、私の能力の方に関係するの。ついでに、あたしの異能石を教えとくわ。石は見ての通り『琥珀』、能力は奥の手は秘密にしておくとして、琥珀の生成ができるよ。もっとも、あたしの生成する琥珀はナーちゃんの黒曜石みたいにそれ自体が特殊なんだけド」


「特殊?」


「ほら、トロ~」


 いつの間に石を消費していたのか。明音さんはわざわざ目の前で実演をするためだけに能力を発動してくれた。

 彼女は指先を差し出し、ちょいちょいと手のひらを出すよう指示を出した後で石の生成を始めた。でてきたのは、石と呼ぶには塊ですらない、液体状のものだったが。


「な、なんですかこれ!? 皮膚に張り付いて、トロっとしてます!!」


「ほら、琥珀って正確には石じゃなくて樹液の化石じゃん? あたしが能力で琥珀を作る場合、初めから石として生成するほかに、こうして樹液の状態で生成することもできるの。ネバネバしてるから獲物を捕まえるのに重宝するんだ。あ、ゴメンね」


 本人の言う通り、手のひらを覆うほどの樹液は瞬く間に硬化して巨大な琥珀になった。お返ししたそれは再び樹液になって明音さんの手のひらに吸収されたが、なるほど、彼女の言う特殊性とはこのことだったのか。


「凄いですね」


「でしょ? ……あ、もう時間ないや。ほら、さっきの続き。少しでも寝ないと夜持たないよ」


「え? あブッ!?」


 多少強引に引っ張られ、再び私の顔に触れる明音さんの柔らかい腿の感触。頭を撫でるほかに、お腹に感じる感触にちらりと向けばそちらには九条さんが優しく撫でてくれている光景が。


 ――誰かに撫でられる感触に嬉しさを感じるのは、一体いつ以来だったろうか。

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