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第十六話 二人目の紹介者



 いつぞやと同じく、九条さんの後ろをついていく私。時折あくびを挟みながら、ただ付いていくことだけに頭を使う。


「急に呼び出して悪い、二日目の朝だが体調は問題ないか?」


「まぁ、何とかという所ですかね。夜は怖くて眠れなかったので、今ものすごい眠気に襲われてます」


「あー初日、というか石を見つけられてないとそんなものだよな。オレもそれまでは授業時間を寝ることに費やしたものさ」


 二人で歩くこの廊下も、鏡の中と現実ではかなり違う。広かった道幅は他の生徒とぶつからないよう意識しなければならないほどに狭く、代わりに声や物音で静寂という概念がない。普段の何気ない生活音がこうも落ち着きを覚えるものになろうとは思わなかった。


「ところで、今日は急にどうしたんですか? 何か事件でも起こったとか」


「ははは、そう物騒なことじゃない。昨日、オレのことをネルから聞いたと言っていただろう? その時おそらくは二人のことも聞いただろうし、昼間のうちに顔だけでも会わせておこうと思ったんだ」


「二人?」


 眠気に思考の八割を奪われた私の脳は、九条さんの話を理解するまでに時間を要した。

 ネルさんから紹介された三人。黒曜石の『九条 漆瀬』、琥珀の『蜂頼 明音』、黄金の『東雲 狗金』。隣に立つ九条さんを除いた二人の名前が、レイダさんとユーさんのお二人に書き換えられてしまっていたのだ。


「あ、はい。蜂頼 明音さんと東雲 狗金さんですね」


「そうだ。特に明音のやつは夜型でな、いつも異能石集めのために化け物を狩りまくってる。だから睡眠のために一か所に留まる昼間にしか、正確な場所を把握することができん」


「それじゃあ、今日はその明音さんのところですか?」


「そういうこと」


 先ほどから、屋上へ続く階段を上っているところを見るに、おそらくその明音さんという方が睡眠をとっている場所は屋上なのだろう。もしもその人と交流を深められたら、お昼寝にご同伴預かれるかもしれない。


 と、思ったものの。多少機能を取り戻しつつある脳がとあることを思い出した。


「と、ところで九条さん。その明音さんのことでご質問が」


「ん? どうした」


「感じ、といいますか、人柄について九条さんの意見をお聞きしたく。昨日初めて会ったばかりですが優しいネルさんが、その人のことについては言葉を濁しまして」


『悪い人ではないのですが、彼女はその……少し、個性的です』


 思い出されるのは、手作りのコーヒーを頂きながら紹介された明音さんの情報と、人柄について言葉を濁したネルさんの渋い顔。思えばあれが、ネルさんが表情を著しく変化させたのを初めてみた瞬間だったように思う。

 ひょっとしたら、目的のために他者と関わることを控えてる人なのかもしれない。それか、自分にも他人にも厳しい努力家の人かも。


 返事を待たず色々と妄想にふける私のとなりで、当の九条さんは何やら心当たりがあるのか苦笑いしながら私の方を振り向いた。


「あぁ、別に明音が気難しいとかそういうわけじゃない。ただネルの性格的に、あいつとはそりが合わないってだけさ。かろうじて外れてはいるが、性格だけならオレやユーさんのこともあいつは苦手だろ」


「? あの人に性格の不一致があるんですか?」


「意外だろう? いつもすました顔してるくせに、好き嫌いははっきり出るタイプなんだあいつは」


 あの、ミステリアスでクールな雰囲気を持ちながらどこか可愛らしいネルさんに? いまいち想像できないが、私より付き合いの長いであろう九条さんが言うのなら間違いないのだろう。あとは本人を直接見てみて、私が判断することだ。


 各々が好きな場所に腰かけ昼食を取り始めるころ。少数ながら同じ場所を目指す生徒に紛れ私達も屋上への扉をくぐる。空は雲一つないとは行かないまでもさわやかな晴天。肌を撫でるそよ風は肌寒さすら感じる。


「明音さん、いますかね? 見たところ琥珀色の髪の人は見当たりませんが」


「こっちだ紅京」


「あれ、九条さん?」


 確かに扉をくぐるまでは隣にいたはずの九条さんは、いつの間にやら屋上入口の裏側へと一足先に進んでいた。


「な、なにを?」


「奴はこの上で寝てることが多い。特に今日みたいないい風が吹く日はな」


 急いでそちらへと回り込んでみれば、そこには壁に取り付けられた梯子に足を掛ける九条さんの姿が。

 もうこの上には、貯水タンクくらいしか物はなく、落下防止の柵も置かれていない。風がある日に上るなんてもってのほかだと思うのに、彼女はすたすたと上へと上るものだから私も渋々後に続く。


「(九条さん、やっぱり腿もきっちりしてるなぁ)」


「そこ、滑りやすいから気を付けろ」


「うわっ!?」


 ちょっぴり、良い思いをしながら。


「おう、やっぱりいたな。最後まで油断するなよ紅京」


「はーい! よいっ……しょ――あ」


 梯子の天辺。屋根上に頭が出たところで、九条さん以外の人物の姿が私の視界に映りこむ。

 風に揺れる琥珀色の髪をサイドで纏め、着崩した制服と緩んだネクタイが軽い印象を受ける人物。この人が明音さん。九条さんが会わせたかったという人。


「おい、起きろ明音」


「――んぅ、うるさ……漆瀬? なんでンなところに」


「お前に会わせたい奴がいるんだ」


「はァ?」


 目をごしごしと眠そうに擦り、九条さんを見つめ、次に私を視界に映した明音さん。こちらの存在に気付いた彼女は、ゆっくりと体を持ち上げくあっと大きなあくびと共に背筋を伸ばす。


「あー、あたし蜂頼ほうらい 明音あかね。初めま、シクヨロ」


 ――あ、この人、ギャルだ。

 軽い挨拶の合間に、なんとなくネルさんが苦手とする理由を垣間見た気がした。


「よ、よろしくです。私は紅京 躯といいます」


「で? ナーちゃんはこの人を紹介してどうしよっての? 別に友人には困ってないんだけど」


「オレはお前の母親か。ちげぇよ、こいつは新しい同居人だ」


「同居人? ってーことはもしかして、あたしたちと同じ閉じ込められた子ってこと?」


「初めからそう言ってるだろ」


「ふ~ん」


 視線を私に戻し、全身を舐めるように見回す明音さん。嫌、という訳ではないがなかなかに遠慮のない眺め方だなとは思う。

 ちらりと見ては小言を漏らし、別角度から観察した後また小言をこぼす。


 ぽんっ


「はえ?」


 そうやって数秒の品定めがあった後、明音さんはおもむろに片手を伸ばし私の頭を撫でる。


「怖かったっしょ、諦めずに生き残れて偉い! ところで何日目? どこまで知ってる?」


「えーっと、昨日閉じ込められたので今日で二日目になります。明音さんのことは猫爪ねいるさんからお聞きしまして、異能石や鏡の世界、それと化け物については知ってます。少しだけなら戦ったことも」


「マジ? それはますますお疲れさんだわ……」


 頭を撫でる手の動きが優しさを増す。あまりに撫で方が上手なので、ついこちらからも頭を擦りつけてしまう。

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