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第十五話 学びの中に見る夢



「おっはよーございます」


「おはよー。ねぇねぇ、昨日のテレビ見た?」


 ほんのり涼しい、日の出る前の朝の時間。



「ふわぁ~」


 徐々に人が増えてきた教室の片隅で、私は机に突っ伏して眠りこけていた。昨日食事を済ませた後、レイダさんに案内兼護衛されてシャワーと洗濯に向かった。道中いろいろな怪奇現象に襲われはしたが、なんとか清潔な格好を維持でき乙女としての尊厳を守り抜くことができた


 しかしそれはそれ。化け物が徘徊する夜の校内で睡眠をとるのも恐ろしく、結局一日レイダさんと校内を動き回りただいま徹夜状態である。


「(流石に、日の光が出て人もたくさんいるんだし大丈夫でしょ。もうまともに頭動かないし、寝よう)zzz」


 微妙に緊張感の抜けきらない体ではあるが、溜まりに溜まった睡眠欲には抗えず、すぐに意識は夢の中へと沈んでいった。朝のホームルームまで約三時間、平均睡眠時間十時間の私にはだいぶ足りないが、授業時間も当てれば十分に睡眠はとれるはず。余りに酷いようなら保健室にでも行こう。

 それから私は、朝のホームルームまでの時間、そしてホームルーム中を寝て過ごした。学生としてあるまじき行為なのは重々承知しているうえで、こればかりはご勘弁願いたい。


「(足が重たい。一限から移動教室はついてないなぁ)ふぁ~」


 朦朧とする意識の中で、片腕に教科書を抱えもう片方で手すりを掴み教室を移動する。次の授業が何だったか、今手に持っている教科書が本当に授業で使うものなのか。それすらも曖昧なまま、目的地を同じくする集団の後を無心でついて歩く。


「ん~、ようやくついたぁ~。お休み」


 背もたれのない椅子に腰を下ろし、脱力と共に机に突っ伏し睡眠の姿勢を取る。黒板に対して複数の長机と椅子が設置されているこの教室。私の位置は教室と同じく一番後ろで、隣三人は仲の良い人達なので私を気にすることもない。

 一限五十分の六時間。休憩を加味すれば一時間ごとに移動教室が挟まれるが、この際それは気にしないことにしよう。せめてもの幸せな夢の時間、今夜に備えておやすみなさい。


 授業開始のチャイムが鳴る


「よし、授業始めるぞ。担当のもの、号令」


「起立、礼、お願いします」


 いつも通りの、男性教師の低い声とクラスメイトの声が聞こえる。


 ――はて、そういえば今の時間はなんだったか


「えー、それでは。今日の授業は元素記号についてだ、教科書百三十ページを開きなさい」


 元素記号……


「(ん~、理科か~。ということはここは理科室かな)」


 同じ緑色だったから家庭科の教科書持ってきちゃったよ。まぁ使わないしいいか~



 理科、室?


 

「ッ!?」


 寝ぼけ眼に恐ろしいことに気が付いてしまった私は、伏せた腕の中から顔を持ち上げゆっくりと後ろを振り返った。教室の一番後ろには、元素記号がずらりと書かれた紙、おそらく名のある方が描かれたであろう絵、貯金箱のような小さい人形に、授業で使う顕微鏡が並べられた棚が置かれている。


 ――そして、教室の左端には、透明なガラスの奥に入れられた骨格標本。


「(ひーーっ!? ま、まさかあれ動いたりしないよね!?)」


 昨夜、洗濯のために部室棟に向かう途中で遭遇した人骨。理科室から抜け出た骨格標本だろうとレイダさんは言っていたので、あの棚の中に見える標本は昨日動いていたものに違いない。

 最悪なことに、教室の中で標本に一番近い席は私の場所。もし奴が人目も気にせず襲い掛かってきたら、逃げることもままならない。


「(お、お願い。動かないで! というかなんでよりにもよって理科室にーーっ!!)」


 眠気も疲労も何処へやら。背中に感じる冷たい感覚に気が気でなく、少しでも目を離そうものなら何が起こるかわからない、一種の強迫観念に駆られながら時間が過ぎるのを今か今かと待ちわびる。


 ――カタッ


「ひぃぃっ!!??」


「なんだ紅京、寝ぼけて悪夢でもみたか」


 音を立てて席を立ちあがった私を笑う教室中の声。

 今、確かにあの標本は、口をカタンと動かし笑ったのだ。授業中なので物を動かすような振動があったはずはない。奴は自らの意思で笑ったのだ。


「い、今! 標本が笑ったんです!!」


「何を馬鹿なことを。さては昨日、遅くまでホラー映画でも見たんだろう。そんなことあるわけないから、席に着きなさい」


「で、でも! ……はい」


 誰も、私の話を信じない。実際に動いている状態を見ればとも思ったが、見た教師生徒多数が笑うだけで無反応なことが気になりもう一度見ると、動いたはずの口の骨が元の閉じた状態に持ち上がっている。


 ……絶対に動いてる。


「(なんで私の教室、同じ境遇の人がいないんだろう……あの人達に会いたい)」


 結局、その授業中は仮眠すら取ることも叶わず。私は終了のチャイムと同時に一目散に教室を飛び出した。

 次の授業予定を確認し、今日はもう理科室及び科学準備室に近い移動教室がないことを確認すると、誰よりも早くに到着した教室で今度こそ睡眠をとるのだった。



 時は流れ、お昼休み



「(お昼ご飯……は、いいや。持ち金も少ないし無駄使いできない。うん、寝よう)」


 そう思って残った眠気を頼りにぽわぽわと夢の世界に旅立っていく。

 それから、どれほど経っただろうか。大体三十分くらいだろうか?


「――さん、紅京さん!」


 軽い振動を肩に感じ、ぼやけた目をこすり頭を持ち上げる。見ると、会話もろくにしたことのない、ただ顔だけを知るクラスメイトが立っていた。


「ん、あい。なんれしょう?」


「貴女に用時だという人が来てます。九条さんという方です」


「九条?」


 私の知る限り九条さんといえば黒曜石のあの人だけだが、わざわざあの人が私の教室に?


「すまない紅京、少し時間をもらえるか?」


 私の予想通り、そこに立っていたのは黒紫色の短髪を揺らすその人であった。

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