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第十話 黒は夜に潜むもの



 十数段はある階段を一足飛びに降りる。普段なら絶対にしない行為も今となってはやりたい三昧だ。


「くっそ、人体模型が増えるなんて聞いてない! ここがどんな場所かもわからないっていうのに!!」


 これで化け物から逃げるのは二回目、しかも今度は一対複数の圧倒的不利試合。一回目もある意味一対多ではあったが、今回は追ってくる奴ら全員が五体満足の状態である。こうなってくると、私が倒した模型は本当にあの時追ってきたものだったのか怪しくなってきた。


「隙を見て何処かの教室に飛び込まないと。五倍に増えた奴らの視界から逃れるチャンスがあるかはわからないけど、やらなきゃ私が死ぬだけだ! ――って、あれ」


 私が今走っているのは、一階の第二空き教室へと向かう廊下。現実と鏡の中という違いはあっても、先ほど一度通った道に間違いない。だというのに私は、この道が一度通った場所であることを少しの間認識できなかった。

 注意深く見てみるが、レイアウトも教室の数もすべて同じ。外に見える景色も同じで、途中に見える本棚や上への階段の場所も、すべては変わらず現実のまま。ではこの、胸の奥につっかえができたような違和感は一体なんだ。こっちとあっちと、何が違う?


「っ! 考えたまま逃げるのは危険か!」


 日々の体重維持には気を使っているけれど、所詮は血の通った生き物の常識の範囲。中身が空っぽで脂肪もつかない奴らは、私なんかとは桁違いの足の速さを持っている。転がる頭にすら追いつかれそうだったところに、完璧なフォームとバランスで迫る人体模型。後者の方が素早いことは、火を見るよりも明らかだった。特に背の小さい、子供のような人体模型。他の大人サイズと比較しても、私との距離は大人一人分もないほどに縮められている。


「ああ、もう!!」


 迫る恐怖に耐えきれず、全力疾走から急激に速度を落としてパイプを振る。まさか止まるとは思ってもみなかったであろう小さな模型は、生み出した速度のまま私のパイプに頭部をえぐり取られ、全身を部位ごとに分裂させて地面へと転がる。だが所詮は一体。行動不能になったのを流し目に確認しつつすぐに逃走を続ける。


「足の速いのは潰したけど、こいつら全く隙が無い! もうそろそろ空き教室に近づいてるってのに!」


 現実世界では、空き教室は廊下の突き当りに二か所。うち一つはネルさんがいたところだ。空間が違うのでネルさんはいないだろうが、これが見えてくるということは本館の突き当りが近いということ。逃げ込む教室が少なくなってきた。


「はぁ、はぁ、第一空き教室通過! ――え、特別学習室・・・・・?」


 私の感覚が確かなら、もう第一空き教室を過ぎて荷物置き場が見えてくるころだ。だというのに、教室上のプレートに書かれた文字は、二つの空き教室でも倉庫でもなく、特別学習室と書かれていた。


「どうして、ここが? い、いや! もうここが何処だっていい!!」


 などと考えている間も、人体模型は着々とその距離を縮めてきている。この際、教室がどこであろうと構わない。内側からカギを〆てしまえば、奴らは扉を開けることはできないだろう。奴らが諦めるまで、ここで籠城を決め込もう。


 そう思い、取っ手に指を伸ばしたその時――


 カツン・・・


「!」


 甲高く響く足音が、廊下の先から聞こえてきたのだ。


「あれは……!?」


 真っ暗な廊下の先で、闇に隠れ認識が遅れてしまう。だが、足音の持ち主が月明かりの下に現れると同時に、私は驚愕に目を見開くこととなる。


「『・・・・・・』」


 それは、美しい漆黒の鎧だった。素肌を一切露出させず、ただこちらを向いて立つ全身鎧。残念ながら、その出で立ちからでは素性を一切探ることができない。あれが味方であるのか、それとも人体模型と同じ敵であるのか。


「『スゥ……』――!」


 鎧と同じ漆黒の仮面。その奥から確かな呼吸を感じ取った後、鎧は一直線にこちらへと突っ込んできた。決して、こちらに走り寄ってきたなどという訳ではない。文字通りひとっ飛びに、たった一回のつま先の加速だけで、教室二つ分の距離を詰めてきたのだ。

 反応、などというレベルではない。反射的に腕を交差させることすらできなかった。


「――――」


「……!!」


 鎧は瞬く間に私の横を通過する。鎧後方から露出した、白紫の髪だけが唯一私の知り得た情報だった。


「うわっ!? は、はや……いッ!?」


 鎧の加速で生じた大気の揺れに巻きこまれ、体勢を崩しつつも視線は鎧を追いかける。

 鎧はまず、小人を除き一番先頭を走っていた模型に襲い掛かる。空中を翔ける合間にその手には鎧と同じ漆黒の刀が生成され、勢いをそのままに最も頑丈な胴体を一刀両断。昔テレビで見た、刀で藁の束を一丁両断する達人の姿。今の一撃はその達人と同じ、荒々しさの中に確かな技を感じるものだった。


 間違いない、この人は人間だ。


 パーツの中でも最も堅い胴体を容易く切り裂く鎧の人。もはや奴らの数など何の意味もなさず、その人は片手に握った刀で瞬く間に模型をゴミに変えていく。中には反撃を企てたものもいたようだが、気づいた時にはそれらは細かく八つ裂きにされている。


「す、凄い!」


 圧倒的だった。あまりに一方的すぎて、あれだけ恨み深かった奴らにも多少の憐憫を感じたほどだ。すべてを切り終え、積み重なった残骸の上に鎧は立つ。現れてから今まで一言も話していないが、何か理由があるのだろうか。助けてもらったことへの感謝と、この空間からの脱出方法を聞くために、私は一歩その人の元へと近く。


「『動くな』」


「っ!!」


 刀の切っ先を突きつけられながら、初めて聞く鎧の人の声。声質は少し低く、落ち着きを感じさせるネルさんとはまた違う男性的なワイルドさを持った声。けれどその中に確かに感じる女性らしい発声の仕方は、この人が女性であることを示していた。

 だがなぜ、私は刀を突き付けられているのか。まだ声を発する前で、やったことといえば彼女に近づいただけ。それだけで私は、彼女にとって命を奪う対象になってしまったのだろうか


「『お前、人間か?』」


「! は、はい」


 その一言で、女性は再び言葉を話さなくなる。変わらず刀を下ろす気配はないが、相手が何かを考えている時間を利用してこちらも可能な限り情報を得ることにする。戦闘中ではないので彼女の動きは止まっている。遠目には艶のある黒としかわからなかったこの鎧も、間近で見ることでわかることがあるはずだ。


「(本当に綺麗な黒。鏡のように周りの風景を映してて、まるで宝石として研磨された黒曜石。やっぱりこの人)」


 実のところ、この人の正体についてはおおよその検討を付けている。光を反射する黒の鎧にまず引っかかりを感じ、決定的だったのは途中で手先から作り出した同系色の刀の切れ味。その昔、石器を使い始めた旧人類が、次に道具に利用したその宝石。割れた破片の切れ味は鋭く、現代でも一部の医療現場で使われているという。


 その名を『黒曜石』。そして、ネルさんに聞いた黒曜石を異能石としている人物の名前


「あ、あの。“九条 漆瀬”さん、ですよね?」


「『!!』」


 表情はうかがえずとも、動揺が全身から伝わってくる。


「『どこでその名前を知った』」


「ネルさ――芦花あしはな 猫爪ねいるさんから、貴女のことを伺いました」


「『ネル、だと?』」


 その名を口にしたとき、空間に充満する緊張感が一気に霧散した。いつの間にか刀は跡形もなく消滅し、残骸の中にあったはずの九条さんの体は鎧を解いて眼前に迫っており、


「なんだお前、あいつの知り合いだったのか。驚かせてすまなかったな」


 ネルさんに聞いた通りの、日に焼けた肌と紫の瞳という九条さんの特徴を確認した。髪色も聞いた通り黒紫色をしていたが、鎧越しに見た彼女の髪色は確か、白紫だったはずだが。


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