【お題短編】僕と彼女と不思議な眼鏡【眼鏡】
数年前に某所に投稿したお題執筆形式の短編です。
僕には気になる女の子がいる。
同じクラスの、一番後ろの席の女の子。とても無口で、とても変な子だ。
どう変な子なのかと言うと、他のクラスメイト達曰く「何だかわからないけど、何か怖い」だそうだ。
無口なのに会話が成り立たないとは一見矛盾しているようだが、実に理にかなっていた。
彼女と会話が成り立つ人間がそもそも存在しないのだ。自然と無口になるのも当然と言うものだろう。
事実、彼女に自分から話しかける人なんて誰一人いなかった。彼女はいつも一人ぼっちだ。
そんな彼女が、放課後の教室でいつものようにボーッと窓の外を眺めているのを、いつものように僕は眺めていた。
その時僕はふと、ある事に気が付いた。
彼女が眼鏡を掛けていたのだ。
今まで彼女が眼鏡を掛けていた事なんて一度もなかった筈だ。今日だって例外ではない。
一体いつの間に掛けたのだろう。目が悪かったのだろうか?
疑問を抱いた僕の行動は素早かった。何気ない足取りで彼女の隣の席に腰掛け、予め買ってあった紙パックのジュースを二つ、机の上に置いた。
「リンゴとオレンジ、どっちがいい?」
「両方頂くわ。だってどっちも好きだもの」
窓に向けていた視線をこちらに戻し、彼女は口だけで微笑んだ。
僕はこのクラスで。いや、この学校でただ一人、彼女と会話をする事の出来る人間だ。
放課後、教室でこうやって彼女とお喋りするのが僕の日課であり、彼女の日課であり、お互いの暇潰しであった。
議題に理由なんて無い。会話に意味なんて無い。表情に意図なんて無い。
その場限りの、思いつきだけの水掛け論。
「君、今まで眼鏡なんて、してたっけ」
今日のテーマは、彼女の眼鏡。
「してないわ。今さっき初めて掛けてみたの」
「目、悪かったっけ?」
「悪く無いわ。極めて良好よ?」
「目が悪く無いのに眼鏡を掛ける意味なんて無いよ」
「目が悪く無かったら眼鏡を掛けちゃいけないなんて決まりも無いわ」
夕日が差し込む教室の窓際で、僕と彼女との会話が淡々と続く。
疑問には疑問で、否定には否定で返すのが僕達の会話の特徴だ。特に狙ってやっている訳ではないのだけれど。
「じゃあそれは、いわゆるファッションの一つなんだね」
「ハズレ。実はね、この眼鏡には不思議な力があるの。不思議眼鏡なのよ」
彼女は眼鏡の両蔓を両手で持ち、顔から離したり近づけたりして遊んでいる。
僕は鞄から紙パックのジュースを一つ取り出し、机の上に置いた。リンゴ、オレンジ、牛乳と並ぶ。
牛乳パックにストローを突き刺して一口飲む。一息ついた所で会話を再開した。
「不思議な力ね。良かったじゃない、珍しい物が手に入って」
「本当ね。とっても面白いわ。もう最高」
僕は二口牛乳を飲み、鞄からさらにノートと教科書、筆記用具を取り出して今日出た宿題を片付けにかかった。
「……ねぇ?」
「なに?」
「不思議な力って何なのか、聞かないのかしら?」
「聞いて欲しいの?」
僕は宿題をする手を止めない。顔はノートに向けたまま、左手を動かしてページを鉛の線で埋めていく。
と同時に牛乳パックを探索していた僕の右手だったが、目的の物が見つからずに空を掴むばかりだった。
大体予想は付いたが、僕は顔を上げて彼女の方向を向く。
牛乳パックは彼女の机の端っこギリギリに置いてあり、さらにその前にリンゴとオレンジのジュースパックが、まるで王を守る騎士の如く鎮座していた。
彼女の顔を見ると、いつもの通りの無表情だった。しかし何故かお互いに視線は外せない。
しばらく見詰め合った結果、僕の方から口を開いてしまった。
「不思議な力って、何?」
「聞きたいの? 仕様がないわね、教えてあげるわ」
その言葉と同時に、リンゴとオレンジの紙パックが動き、僕の牛乳パックがこちらの手に渡った。
まるで地獄の門番の許しを貰い、命からがら飛び出してきた罪人の様だった。
「この眼鏡はね、見えないモノが見えるようになる眼鏡なの」
彼女はそう言うと、掛けていた眼鏡を外して僕に渡してきた。
「掛けてみて」
そう言われたので、僕は言われた通りに彼女の眼鏡を掛ける。そして二、三度瞬きをして教室の前方を見渡してみた。
「……何も特別なものは見えないんだけど」
「じゃあノートを見てみなさい。そうすればきっとわかるわ」
言葉通りに、机に広げていた自分のノートを見る。特にこれといって変化は無い様に見えた……が。
「……あれ?」
「どう? わかる、でしょ?」
宿題の中には僕が逆立ちしたって出来ないような難問もいくつかあった。
さっきまでその難問部分は空白にしてスルーしていたのだが……。
「答えが書いてある……いや、見えている、のか」
「そう。それがその眼鏡の効果よ。見えないモノが見えるようになるし、わからないモノがわかってくる。正に不思議眼鏡なのよ」
僕は答えを見ては眼鏡を外して覚えた答えをノートに書き込むを繰り返した。
最後の問題を解き終えた後、彼女に礼を言った。
「ありがとう。お陰で宿題が一日で終わった。助かったよ」
「どう致しまして。良かったらその眼鏡、あげるわ」
「いいの?」
「別にいいわよ? 私が持っていてもあんまり意味がないもの」
「じゃあありがたく頂こうかな。……おっと、もうこんな時間だ。そろそろ帰らなきゃ」
そう言って僕は教科書等を鞄にしまい、空の牛乳パックをゴミ箱に放り投げた。
「あ、一つだけ」
彼女が思い出した様に付け加えてきた。
「見えないモノが見える分、普段見えてるモノが見えなくなる事があるから、気を付けてね」
「……ん? あぁ、わかったよ」
本当はいまいちよくわかっていなかったが、適当に返事をして席を立ち上がった。
せっかく貰った面白い眼鏡なので、僕はその場で眼鏡を掛けて彼女の方を向いた。
「それじゃ、また明日」
「……ああ。また、明日」
彼女の机に手付かずの紙パック二個だけがある事を確認して、僕は苦笑しながら教室を出た。
次の日の朝、僕が珍しく眼鏡を掛けて登校した事なんか気にも留めないくらいざわついた人だかりが、教室の後ろの方で出来ていた。
僕は手近にいたクラスメイト一人に聞いてみる。
「どうしたの? 何かあった?」
「あの例の机の上にね、ジュースのパックが置いてあったの。こう、何ていうか、お供え物みたいに」
「気味悪いよね」
「何だかわからないけど、何か怖い」
僕は何だそんな事かと思い、その例の机をちらりと見た。
確かに、昨日の放課後と同じ状況だった。ジュースのパック二つ以外、その机には何もなかったし、誰も座っていなかった。
その時、僕の脳裏にふとある考えが浮かんだ。先程声をかけたクラスメイトをもう一度呼ぶ。
「あのさ」
「何?」
「この眼鏡掛けて、もう一度あの机を見てごらんよ」
僕は掛けていた眼鏡を外し、クラスメイトに手渡した。
クラスメイトはいぶかしげながらも言われた通りに眼鏡を掛け、机の方を向いた。
僕も裸眼でその視線に続く。
問題の机。いつも通り窓の外を見ている彼女が僕に気付き視線を合わせるのと、クラスメイトの絶叫が響き渡るのはほぼ同時の事だった。
-終わり-