↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/36

プロローグ もう一度、あなたに会いたくて




 「───お久しぶりです、先輩。」


 秋の日の隠れた曇天の下、鈴を鳴らしたような音色の声で少女が言った。

 屈託のない澄んだ色の瞳が、真っ直ぐこちらに向けられている。


 時が止まったかのようなひと刹那。言葉もなく、木々が風にそよぐ音がただ耳を通り抜けていく。




 「……君は?」

 「ふふっ。さて、誰でしょう?」


 イタズラっぽく楽しそうに笑う、覚えのない、しかしどこか懐かしさを感じる顔。

 長い髪を靡《なび》かせながら踊るように楽しげに身体を翻すその姿に、アオイは何かの予感を覚えつつ、彼女の言葉を聞いていた。




 「わたしはあの時、先輩に助けられた“魔女”です───」





◇ ◇ ◇




 どうしても、もう一度会いたい人がいる。



 もしも、あの出会いが無かったら、今のわたしはいなかった。そんな風に思えるような縁なんて、そうそうあるものじゃない。

 わたしは、幸運にもそんな出会いに恵まれた。先輩と出会えたあの雨の日は、わたしにとって人生で最大の幸運だったのだと、思う。

 そして、わたしはその幸運をふいにしてしまったのだ、とも。



 わたしの人生を変えてくれたひと。鈍色《にびいろ》に沈んだ世界に、キラキラと輝くものがあると教えてくれた恩人。わたしの大切にしたいものが、確かに価値のあるものだと自信を持って答えてくれた先輩。

 あの日、先輩と交わした言葉は数えるほどで、お互い自分のことについて多くを語ったわけではなかった。名前も名乗らなければ、住んでいる場所も知らない。連絡先すらまともに聞かなかったことに、過去の自分を問い詰めたい思いだ。

 よほどの幸運がふたたび無ければ、二度と会うことも叶わない相手。





 そんな相手がいま、目の前にいる。

 石灰色に煙る曇天の先に、黄金《こがね》色の夕焼けが透けて見える空をじっと見つめるその背中は、記憶の中のそれよりもさらに大きく、それでいてどこか儚げに見えた。

 誰よりも一番会いたかったその人に、あと数歩、手を伸ばせば届く距離。



 ふと、先輩の後ろ姿が静寂を破り、懐から取り出したスマホに視線が落ちる。

 こちらに気付いたのかと思いドキッとしたが、どうやらまだ杞憂であったよう。某《なにがし》かの可笑しなやり取りがあったのか、仕方なさそうに笑みを漏らす先輩の姿に、胸の鼓動はいや増すばかり。

 落ち着かないと……!

 そう思いながらも、緊張と動揺でつい後ずさってしまう。

 風も凪《な》ぎ、人気《ひとけ》もたえた校舎の裏庭では、小さな足音ひとつであっても大きく鳴り響いてしまう。




 「え……」

 「あ……っ……!」


 ───彼が振り返る。

 まっすぐ見つめるその顔は、2年前のあの日と変わらない。

 ずっと見たかった顔がそこにあった。もう一度会いたかった人の驚いた表情が、ようやくわたしの目の前に現れてくれた。





 時が止まったかのようなひと刹那。言葉もなく、木々が風にそよぐ音がただ耳を通り抜けていく。






 「───お久しぶりです、先輩。」




 奇跡のような出会いに、胸を躍らせながら。

 わたしは大きく息を吸って、大切に言葉を紡いでいく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。