大好きなお兄様に溺愛されています。64
「えっ・・・」
リラが振り返ってユアンとライラックを見つめる。
「いつから考えていたんですか?」
「王太子時代からだよ。前王が古い考えに縛られていてね、私は正直嫌な思いをしたから。継承したら短期間で中を変えて早々に引退する気だったんだ」
確かに前王は古いしきたりにこだわり、縛りつけるところがあったと聞いた。
それを変えてきたのが他ならぬユアンだということも。
「そうですか。生き急いでいる気がしたのはそういう事だったんですね」
リラがサイドテーブルでお茶入れ始める。
自分は触れられない話だと思ったからだ。
「引退したらどうするんですか?」
「移住する場所は用意したから、しばらくゆっくりして起業するのも良いよね」
リラが紅茶をユアンに持っていきテーブルに置くと笑顔でありがとうと言ってティーカップに手を伸ばした。
「それでね、私が王でいる間は仕事を手伝ってくれない?」
ライラックの近くに置いたティーカップがカタッと音を立てる。
「そんなに長く縛りつける事にはならないと思う」
「かまいませんよ」
すぐさま回答するライラックの言葉にユアンの手が止まる。
「随分とあっさり回答するんだね」
ジョニーからも打診があったので考えていた事だった。
悩んではいたが、ユアンが早々に引退を考えているのなら、それまで側で支えたいと思ってしまった。
「父上の代だけですよ」
「勿論、希望しているのは私だからね」
「リラはどう思う?」
「素敵だと思います!ライラックと大好きな2人のお父様がお仕事できるなんて今しかないんですから!」
リラが両手のひらを合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「だそうですよ、父上」
ユアンが破顔する。
「本当に良い息子と娘を持って幸せだなぁ」
「まだ娘じゃないですけどね」
以前、ジョニーに言われた言葉を今度はライラックが使う。
「魂が娘だから良いんだよ」
「意味がわかりませんが・・・」
ライラックが困ったように微笑むとリラが笑った。
ユアンは2人を見て優しく微笑む。
思い描いた道は順調に進んでいる。
後は、周囲を納得させるだけだ。
ユアンはリラの入れた紅茶に手を伸ばして口に入れる。
優しい味がしてほっと息をはいた。
「リラが夕飯を作っているのか?」
今日は結婚式の打ち合わせがあった。
あと3か月もしない内に結婚式を迎える。
準備は整っているので後は段取りを覚えるだけだった。
リラの家族も段取りを知っていた方が良いとジョニーとジェイス、ライルが王宮に来ていた。
ジョニーが仕事に戻った後、ジェイスとライルは王宮でリラと寛いでいた。
「しかも、陛下の援助を受けて勉強って・・・良いのでしょうか?」
あれからリラはユアンと話を詰めて、ジェイスと同じように調理師と栄養士の資格に向けて勉強することになり、カリキュラムを組んで順調に進んでいた。
ライルがジェイスに声をかけるとジェイスが笑う。
「本人が良いと言ってるんだから良いだろう。別に国の予算から使っているわけでもないし。ジョニーも知っているのだろう?」
侍女達が家族水入らずと言って席を外してくれたのでリラが紅茶を入れていた。
ティーポットにお湯をそそぐとリラは顔を上げて微笑んだ。
「はい。呆れたようなお顔はされてましたが、ユアンお義父様にお礼を言ってくださいました」
今日、並べてあるお菓子は全てリラが作ったものだ。
これも最近学んだ栄養学が生かされたもので、ジェイスがクッキーを手にして口に運ぶと感心したように頷いた。
「良くこれ程の栄養価でこの味を生み出せるな。流石私の娘だ」
「リラが作ったのか?」
「はい」
見た目は完璧なクッキーだ。
ライルはクッキーを口にすると「美味しい」と呟いた。
「・・・しかし、栄養価まではわかりませんが」
「そうなのか?」
「はい」
ライルが頷き、リラを見るとリラも頷いた。
「・・・そうなのか。私もいつの間にか見えるようになってな」
「見える?!」
「ああ、数字が浮かぶぞ」
リラとライルが眼を見開く。
数字が浮かぶとはどんなものなのか。
「・・・魔法でしょうか?」
「ああ、そうでなければ気が狂いそうだ」
リラは2人に紅茶を配り椅子に座ると2人を見つめた。
毎日顔を合わせていた2人は月に数回の頻度で会っている。
寂しがりやだった筈のリラは、ずっと一緒にいた家族と離れても普通に暮らしている。
それがとても不思議に感じた。
「ライラックとは上手くやっているのか?」
まるでジョニーのように言うライルにリラが笑った。
「はい、変わらず仲良しです」
「・・・お前たちはきっと何十年経ってもそのままなんだろうな」
ジェイスが眼を細める。
「リラ、幸せにな」
結婚式はまだなのにジェイスが微笑みながらリラを見つめた。
「はい。どんな事があろうともライラックとともに居ます」
「はぁ・・・最初から最後までライラックにリラを奪われたままだったな」
ティーカップを両手で持って水面を揺らしながらライルが独り言のように言う。
「えっ?」
聞き返したリラになんとも言えない表情を浮かべ、ライルは紅茶を口にした。
「そう言えば、はじめはライラックとリラを奪い合っていたなぁ」
ジェイスが懐かしそうに目を細めた隣で、むせて咳をするライルにリラが急いでハンカチを差し出した。
「ごほっ・・・っお母様!!」
「いや、懐かしいなぁと思って。いつ諦めたんだ?」
話についていけず首を傾げるリラを、頬を赤らめたライルが見つめる。
「・・・初めからですよ」
「ん?」
「初めから敵わないと諦めてました!」
一瞬、大きく瞳を見開いてジェイスは豪快に笑った。
「悪あがきか!」
「そうですよ。悪いですか?」
ジェイスは瞳に涙を溜めながら笑う。
ライラックが家に来た時からわかっていた。
リラはライラックしか見ていなかった。
初めから勝負は決まっていたのだ。
それでも兄として側に居ると誓った。
それは血の繋がらないライラックではできない事。
リラが訳がわからずオロオロしていると、ライルがリラの背中を撫でた。
「良いな、それ」
「はい?」
「悪あがき、良いと思うぞ」
ジェイスがいつものようにニカっと笑った。
唖然とした顔をしてライルがジェイスを見つめた。
ジェイスの笑顔はまるで太陽のようだ。
ジェイスが笑えば不思議と周りが笑い出し雰囲気が和らぐ。
間違いなくワイズ家を明るく照らし続けたのはジェイスだった。
「お母様には誰にも敵いませんね・・・」
「はい!私にとってお母様は永遠に女神様ですっ」
リラが立ち上がって後ろからジェイスを抱き締める。
ジェイスは微笑んでリラの頭を撫でた。
「お前たちは私にとって何があっても・・・いつまでも可愛い子供だからな。いつでも頼ってくれて構わないから」
リラがギュッと抱きしめる。
何故だか涙が出てきたので2人にバレないように拭った。




