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翌朝、昨日買っておいたサンドウィッチで手早く朝食を済ませ、受付へと足早に向かう。昨日依頼をした獣人の受付嬢を探すが、見当たらない。今日は休みなんだろうか? 仕方がないので空いている受付へと用件を伝える。
「ミズキ様ですね? 話は伺っています。ご案内しますのでこちらへどうぞ。」
よかった。しっかりと引継ぎされてたようだ。受付嬢の後についてカウンター脇の通路を奥へと進んでいく。しばらく進んでいくとギルドの裏手、庭のような場所についた。いつも井戸で顔を洗っている中庭とはまた別の場所のようだ。隅のほうに小さな小屋が見える。受付嬢はまっすぐに小屋へと進み、その扉をノックした。
「シェイドさ~ん! お仕事ですよ~! お客さんを連れてきました!」
「はいは~い。っと、アメリちゃんじゃないか。今日も笑顔が素敵だね。さて、お仕事と言っていたけど、僕の依頼主はどこかな?」
「もうっ、シェイドさんってば! 昨日お話してあると思いますけど、解体を習得したいというミズキさんですよ。ミズキ様、こちらはシェイドさんで、うちの優秀な解体職人さんです。では、私は他の仕事がありますのでこれで。」
受付嬢……アメリさんと言うらしい……はお互いに紹介すると受付業務へと戻っていった。
小屋の中から出てきた人物は、とても背が低く俺の半分ほどしかないため子供のように見えた。しかしよくよく見てみると顔は人の良さそうな成人男性のソレで、体つきもがっしりといている。これは小人族という種族なのだろう。血糊の付いた前掛けがなければ、到底解体職人などには見えない。
「さてと……。改めて自己紹介をするね? 解体職人のシェイドと言います。どうぞよろしく。」
「あ、こちらこそ。えっと、冒険者のミズキです。」
「うんうん。解体を習いたいなんて君、珍しいね? マジックアイテムの収納カバンが普及するようになってからは丸ごと持ち込む人が増えててね、ちょっと大変だったんだよ。ちょっと年齢のいってる冒険者は少しでも解体して持ってきてくれるから、まだましなんだけどね。そういうわけで、解体も学んでくれるのは大歓迎だよ! 頑張って教えるからね!」
そういってシェイドさんは嫌な顔一つせずに、むしろ大歓迎というような笑顔で小屋へと招き入れてくれた。小屋の中は意外にも汚れなどなくきれいに片付いていて、大小さまざまな箱と作業台らしき大きなテーブルが置かれていた。すべてがシェイドさんサイズで作られているため、テーブルなどは少し低く感じる。
依頼を受けてくれた事にたいしてお礼を言い、改めて解体を教えてほしいとお願いした。
「いやいや、いいんだよ。こっちの手間を少しでも減らしてくれるなら大助かりだからね。この小屋にはあまりヒトを招くことがないからな……不自由はないかい? 生憎と君対サイズの椅子なんかもないんだ。もし問題なければその辺の箱にでも腰かけてもらえると助かるよ。」
なんとか座れそうなサイズの箱を探し出して腰かける。その間にシェイドさんは解体用なのか、鋸や大小さまざまなナイフを作業台へと並べていた。
「外での解体はスピードが命。細かい分類は後回しで、使える素材を素早く剥いでいくのが基本になるからこんなにたくさんの道具を揃えなくても大丈夫だよ。手に馴染む使い勝手もいいナイフが1本あれば、大抵は事足りる。
大事なのは使える素材と保存方法を覚えることと、不要な部分の処理の仕方だね。一番は燃やすことなんだけど……外では難しい時もあるから、せめて穴を掘って埋めてほしい。できればその場で。無理だったとしても街道近くは駄目だよ? 肉食系の魔獣が匂いにつられて出てこないとも限らないからね。」
シェイドさんは作業の間、女風に俺に解体の事を話してくれた。途中、冊子のようなものを持ってきてくれ、内容を覚えておくように言われた。中身は低ランク魔獣の素材とその保存方法が書かれていたので、ありがたく頂戴した。
「さて、これで準備は完了。……というわけで、ハイ、これ。まずは比較的簡単な大蜜蜂にしておいたから、最低でも3匹は仕留めてきてね!」
「はい? ……3匹って……? 依頼書……?」
突然の提案に疑問符を浮かべる俺に対して、満面の笑みを浮かべたシェイドさんはポンと紙切れを渡してきた。紙切れをよく見ると、Eランクの討伐依頼書だった。
「僕が手本に解体する用、一緒にやる用、ミズキ君だけでやる用の3匹だよ。練習は多ければ多いほどいいけど、まぁEランクの討伐依頼だから多くは望まないよ。あ、勿論丸々持ち込んでね? 夕方までには取ってきてくれると嬉しいな! じゃぁいってらしゃい!」
そう言われてシェイドさんの小屋から追い出された。……え? 解体用の魔獣は自分で調達しろ的な……? 猫耳受付嬢が言ってたスパルタってこういう意味だったんか! ……まぁ、まだ依頼書があるだけましか。お金にもなるしな、うん。
とぼとぼと受付カウンターまで戻り、依頼を処理してもらってから村の外へとむかう。途中雑貨屋へ寄って手袋を忘れずに購入しておく。夕方までと言っていたから、急がないと!
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村から走り通しで森までやってきた。今回のターゲットである大蜜蜂は特殊な蜜球を作ることで有名な魔獣……らしい。熟成が進んだ蜜球は金貨数十枚で取引されるようだが、今回は大蜜蜂そのものが目的だ。熟成の進んでない蜜球でも銀貨で取引されるらしい。……甘党な俺としては非常に気になる……。
「ミズキ様。11時の方角……白い花の咲いている木に大蜜蜂を発見いたしました。単体です。見える範囲に他の魔獣もおりません。」
「ん……見つけた。まだこっちには気が付いてないよね? ならしばらく様子をみて、巣に戻るようなら後をつけよう。」
木陰から様子を伺うと、体長20センチほどの蜂が1匹飛んでいるのが見えた。木の花の蜜を集めているのだろう。このまま巣へと帰ってくれるといいんだけど……。しばらく様子を伺っていると、蜂が移動を始めた。
見失わない程度に距離をとってゆっくりと後を追う。体感で1時間ほど進み森の奥までやってきたため、これ以上奥に進むようなら諦めようと考えていた時だった。1本の大きな木の洞へと入っていくのが確認できた。洞の入り口には別の蜂が見張りのように飛び回っている。
「……あれ、大蜜蜂の巣だと思う?」
「おそらくは。それで、どうなさいますか、ミズキ様。巣ごと討伐できるようになにやら雑貨屋で準備をしていらしたようですが……。」
タクトのいう通り、ターゲットが大蜜蜂だったので、巣の駆除に必要そうなものを雑貨屋で購入していた。おかげで昨日の稼ぎがパーだ。
木の洞に巣を作っているとなると、この木よりは巣は大きくならないはずだ。……となると、手持ちの薬で何とかなりそうだな。丁度巣の入り口側が風上のようだし、好都合だ。
「巣ごと討伐する方向でいこう。準備をするから、タクトは周囲の見張りをお願いしてもいいかな?」
「かしこまりました。」
タクトに周囲の見張りを任せて、駆除の準備を始める。ポーチから虫よけのお香と眠り薬のお香、目の小さな網を袋状に加工したものを取り出す。虫よけのお香に火をつけて、風上から巣の方へ煙を流す。
「ブブブブブ……。」
「よし、虫よけのお香で見張りの蜂は弱ってきているな。今のうちに……。」
煙の効果で弱ってきた蜂へととどめを刺し、目の小さな網へ。口布をして眠り薬のお香に火をつけると、煙を吸い込まないように注意をしながら木の洞へお香を放り込む。木の洞を覆うように網を素早くかけて、煙が逃げないように魔術で風を送り込む。
「よし、うまくいったぞ! ……『ウインド』」
何度か魔術で風を送り込み、巣の中に煙を充満させる。テレビで見たことのあるスズメバチ駆除の応用だけど、うまくいっているようだ。眠り薬のお香を使ったおかげか、木の洞から飛び出してくる蜂もすぐに動かなくなるので、とどめを刺すのも楽なものだった。
しばらく待ってもう蜂が飛び出してこなくなったのを確認してから、煙を払って巣の中を確認する。
「うわっ……。結構たくさんいるなぁ……。」
雑貨屋で購入した手袋をはめて、巣の中に手を突っ込み蜂を回収していく。ほとんどの蜂は煙によって窒息しているが、稀にまだ生きているものもいる。そういうものにとどめを刺しつつ、次々と網の中へと入れていく。全部で80匹以上にもなった。普通の蜂より2回りほど大きな蜂も回収していた。これがおそらく女王蜂だろうな。網の口を縛ってポーチへと収納し……次はお待ちかね、蜜球の回収だ!
「ほぁ~……。綺麗な色だぁ……。全部で5つ回収できたけど……これ、ちょっと少なくないかなぁ?」
「蜜球の色がまだ薄いので、比較的若い女王蜂だったのかもしれませんね。年数を重ねていくごとに数も増え、熟成が進んで段々と色が濃く、味も濃厚になっていきますので。」
「ふぅん、そうなんだ。これはこれで綺麗な蜂蜜色だけどなぁ。」
木漏れ日に透かして見る蜜球は、宝石のようにキラキラとしていてとてもおいしそうに見える。中に入っている蜂蜜も、昔食べていた蜂蜜と変わらないように思えた。
すべての蜜球を大事に袋へと入れ、ポーチへと収納する。うん、今日の依頼はこれで終了かな。
「ミズキ様。少し森の奥まで足を踏み入れすぎております。用事も済んだ事ですし、ほかの魔獣に見つかる前に移動いてしまいましょう。」
周囲を警戒するように飛び回っているタクトから忠告が来た。確かに今日は今までにないくらい森の奥に分け入っているな……。ギルドで報告が済むまでは達成とは言えないからね。蜂蜜を手に入れたことで少し浮かれていた気分を引き締める。本当、よくできた従者だよ君は。
タクトに礼を言いつつ、俺は足早に森からの脱出を始めたのだった。