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次の日。3泊分の延長をし、いよいよもって残金が心許無くなって来た俺は、朝早くからクエストボードの前に来ていた。沢山の依頼が貼り付けられているが、俺が受けられるのは常設依頼の他に、Fランク又はGランクの依頼のみだ。
「ミズキ様、あちらに薬草採取の依頼がございました。常設の薬草と同じような群生ですので、上手く行けば同時進行が可能でございます。」
「お、ありがとうタクト。同時に受注出来るのは2つまで……だったよね? それならこれともう一つ、この討伐依頼を受けようかな。余裕があるようだったら、常設の方の薬草も集める事にしよう。」
ボードから依頼書を剥がし、受付へと並ぶ。まだ早い時間であるはずなのだが、受付にはなかなかの列が出来ている。この村に滞在している冒険者は意外と多いようだ。
昨日タクトに聞いたところによると、村というのは周囲のいくつかの集落の面倒を見ているらしい。同じく町は5つくらいの村を、都市は5つくらいの街をそれぞれ統括し、その全てを治めるのが王都であるそうだ。この王都には、『塔』と呼ばれる難攻不落な特殊ダンジョンがある。良質な魔力結晶を産出するダンジョンらしく、俺の目的とも合致する。最終的には『塔』を攻略していく事になりそうだ。
「さぁ、待たせたにゃ。受注かにゃ? 依頼書とカードを渡すにゃー。」
考え事をしていたら、いつの間にか列が進んでいたらしい。俺の番になった所で、耳慣れない語尾が耳に入った。慌てて視線を向けると、猫耳の生えた女性が受付に座っていた。これは……獣人か! この世界にきて初めての異種族だ。手は猫の手なのに、顔は人に近いんだなぁ……興味深い……。
猫耳がいるということは、ほかにも色々な種族が存在する可能性が……!
「んにゃ? なにをぼーっとしているにゃ! 早く出すもん出すにゃ! 後ろがつかえてるんだにゃ!」
「あっ、すみません。これです、お願いします。」
ついつい興奮して現実が疎かになっていたようだ。首をかしげる仕草も可愛い……っといかんいかん。気を付けなければ。猫耳受付嬢に依頼書とギルドカードを渡し、受注処理をしてもらう。肉球のある手でどうやって書類を掴んだり物を持ったりしているんだろう……?
「にゃにゃにゃ? 君は初クエストかにゃ? 初めてなのに複数の依頼っていうのは……あ、この依頼なら大丈夫かにゃ~。薬草採取は根ごと掘り返すと次が育たなくなるから、そういう指定のある依頼でもない限りやめるのにゃ。群生地で根こそぎ採取していくのもマナー違反にゃ。……じゃぁ、期限にも余裕があるから、無理はするんじゃないにゃ。はい、次~。」
「はい、ありがとうございました。」
猫耳受付嬢からいくつかの注意を受け、依頼は無事に受注できた。”わからないことがあればそこを見るにゃ。”と指差された方向には本棚といいさなカウンターが設置されていた。どうやらクエストに必要な情報はここにまとめられているらしい。本棚から村周辺の地図と薬草図鑑の写しを見つけ出し読み込んでいく。
今回探す薬草ーーエリン草ーーは近くに森のある場所に自生しているらしい。森とこの村はそんなに離れてはいなさそうで、街道を使って約1時間というところだ。
「村近くの森でしたら危険な魔獣の出現率も低いですし、比較的安全に採取出来そうでございますね。討伐対象の角うさぎも森の浅い部分に巣を作るタイプの魔獣でございますし、両方の依頼が達成可能でございます。」
薬草図鑑を眺めていた俺にタクトがそう告げた。タクトはずっと俺のそばに浮かんできたはずだし、魔獣に関する図鑑はまだ確認していなかったはずだが……。顔を上げた俺と目が合ったタクトはさらに続ける。
「あぁ……以前、といっても随分前のデータになりますので正確性に欠けるのですが、いくらか記憶しております。ミズキ様が見聞きしたものは、こちらで情報として記録しておりますので適宜最新の情報にアップデートさせていただきます。」
流石はサポート役といったところか。ログを参照できるなんて有能すぎる。改めて魔獣図鑑を探し出し内容を読み込んでいく。森の浅い部分には小型の魔獣が生息しているらしい。素材の買取も行っているようなので、討伐依頼以外でも見かけたら挑んでみるのも悪くないだろう。
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タクトと共に村から歩いて1時間。身体の状態をみながら少し走ったりもしてみたが、息切れ一つしていない。以前の身体よりも随分と動かしやすくなっている。これも異世界仕様にカスタマイズされた効果なんだろうか。
森までの道すがら、暇だったのでタクトからこの世界の種族や魔獣についてのレクチャーを受けた。1番数が多いのが普人族で俺もソレにあたる。種類というか、細かな違いが多いのが獣人族で、猫耳受付嬢は獣人族の猫氏になるそうだ。ほかにも森人族や妖精族、小人族、竜人族、魔人族など様々な種族が存在しているらしい。中々にワクワクしてくるな!
また、高ランクの魔獣ともなるとヒトの言葉を理解し、また言葉を繰る人型などもいるらしい。このあたりが魔人族と区別がつきにくく、魔人族が嫌煙される要因の一つとなっているそうだ。多かれ少なかれどこにいってもその手の差別はあるんだな……。
そろそろ街道から逸れて森の方へ向かう場所だ。木が茂っているほうへと目指して進んでいく。腰からショートソードを抜き、軽く構えて周囲に気を配りながら歩く。街道を外れると小型の魔獣が出没するからな。
「そろそろ薬草の群生地につく頃なんだけど……。結構草が生い茂ってるから目的の薬草は見つけにくそうだな。それに蛇とかいても気が付かないかも……。」
「この辺りは双頭蛇の生息域とは異なっておりますので出没する可能性は低いと思いますが、警戒するに越したことはございませんからね。」
タクトにも周囲の警戒をお願いして、俺は薬草の探索を優先することとした。茂みをかき分けて進んでいくと、白い竜胆のような花が群生している場所に出た。図鑑に載っていた絵とソックリなので、これがエリン草で間違いないと思うが、念のため鑑定してみるか……。
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-エリン草-
主に葉が傷薬の原料となる草。茎や根、花には神経毒が含まれているため、取り扱いに注意が必要。
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おっと……。鑑定結果になにやら物騒な記載が……。必要物品に手袋も必要だったか。心のメモに追加しつつ考えるが、素手で触れても大丈夫という確信が持てなかったため、毒の記載のなかった葉の部分を手で持ち、ナイフで葉の根元部分を切る。という方法で採取していく。依頼達成に必要な枚数分を確保すると、雑貨屋で購入した一番小さいサイズ袋へ入れてポーチへと収納する。
次の依頼である角うさぎを探しながら、森の外縁部を進んでいく。しばらく進むと、視界の端の方で何かが動いた気がした。
「ミズキ様! 2時の方角に角うさぎを2匹発見いたしました。現在は食事中でまだこちらには気が付いていないようでございます。」
ふよふよと漂うタクトが指した方角へ視線を向けると、額に角が生えた中型犬くらいの大きさの兎がもしゃもしゃと草を食んでいた。思っていたよりも大きいな。……こいつら草食だったよな? 口元や角についている赤黒い汚れは……木の実とかだよな? ……意外と凶暴なのか?
「角うさぎは雑食の低ランク魔獣でございます。攻撃の特徴と弱点の把握さえしてしまえば、今のミズキ様でも十分に倒せるお相手でございますよ! 素材も肉から毛皮、角まで買取の対象となっているようでございます。」
「ありがとう、助かるよ。依頼書には角の事しか書いてなかったけど、その他の素材はこっちで好きにしてもいいってことなんかなぁ……。」
「おそらくはそうなのでしょう。角うさぎはその体躯のわりに俊敏で、脚力と角を利用した突進攻撃が特徴でございます。弱点は負荷がかかりやすい角の根元で、角さえ折ってしまえば通常のラビット種と何ら変わりはございません。」
突進攻撃か……。それに対応するにはカウンターで攻撃を仕掛けるのが確実かな。以前より身体能力は上がっているし、剣術スキルもコツコツ上げてきた。十分にやれる……はずだ。タクトのお墨付きもあるしな!
……この世界に来て、ゲームに参加するということは、つまり、俺の手で魔獣を倒す必要があるっていう事だ。わかっている……戦闘が避けられないっていことは。どうあっても魔獣を、生き物をこの手で殺さないことにはマナ結晶を得られないからな。できるのか? 俺に生き物を、魔獣を殺すことが。俺は……この世界に順応してマナ結晶を集めなければ元の世界に変えることはできない……。
……賽は……もう投げられているんだ!