2-11
翌日。朝早くに宿を後にした俺たちは迷宮へと潜っていた。1階層、2階層は昨日と変わらずにサクサクと進んでいく。それなりに食用肉を確保できてミルキィはホクホク顔だ。あの大半はミルキィの胃袋に収まるんだからエルフの胃袋はふしぎだ……。そんな事を考えているうちに3階層へと辿り着いた。
「ミズキ! 今日はしっかりと着いてくる!」
「わかってるよ、チッチ。頼りにしてる!」
3階層からはチッチの先導で進んで行く。途中の通路では、前回も遭遇した飛び矢や毒の罠の他に落とし穴なんかがあった。チッチが付けた印を避けて通ったり、距離を取ってわざと作動させて処理しつつ進んで行く。
「前方に魔獣の反応ありですっ! たぶんも一角豚だと思いますぅ〜。」
「了解。」
罠のある階層でも、魔獣は普通に出現する。少し違うのは、罠の仕掛けられている通路には出てこずに小部屋に留まっているというところだ。たぶん、本能のまま行動すると罠にかかってしまうからなんだろうな……。
「1匹だけなら僕がやるよ。……ツイン=ウィンドアロー!」
一角豚の前脚に風の矢が突き刺さり、叫び声があがる。その間に駆け寄って首を落とす。そのまま光へと還り、残されたのは一塊りの肉塊……これは、肩ロースかな?
「さ、先に進もう。」
「凄いですね、相手に何もさせないなんて……。僕も頑張らなくちゃ!」
「一角豚が弱々なのかも知れませんよぉ〜?」
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そんなこんなで、3階層、4階層も大きな被害なく経過してボス部屋前の小部屋で小休憩を取っている所だ。丁度お昼時だったので宿で作ってもらっていた軽食とドライフルーツで英気を養う。この後は5階層のボス戦だ。事前の情報通りなら2体を相手取る事になる。敵同士で連携を取られると厄介な為、2組に分かれてそれぞれ対処する事にした。
扉を開いて中へと進む。大広間には少し距離をあけて二角豚が2体、こちらの様子を伺っている。俺とミルキィ、アスタとチッチに分かれてそれぞれ1体を相手取る。広間はかなりの広さの為、フレンドリィファイアは気にせずに戦えそうだ。
先制としてミルキィが二角豚に矢を放つ。同じタイミングで向こうは火矢を放ったようだ。短い悲鳴をあげて、矢の刺さった個体が此方へと向かってくる。
二角豚は3階層に居た一角豚とは違い、気性が荒くて体躯も2倍近い魔獣だ。分厚い脂肪の下に強靭な筋肉が隠れており、斬撃はほとんど効かない。また頭部の角は鋭く強度もあって、低位冒険者泣かせの魔獣としても知られている。こんなのが2匹連携して襲ってくるとか、背中がひんやりしてくる。分断して正解だったな。
「まずは小手調べから……っ! ピアシング=ウィンドアロー!」
貫通性を上げた風の矢で、どの程度のダメージを与えられるかみてみる。低位冒険者の斬撃はほぼ無効化されると聞いているが、魔術はどうなんだろうか……。狙った部位からはやや外れてしまったが、左肩部分へと突き刺さり血が噴き出してきた。どうやらあの分厚い脂肪を抜けてダメージを与えられた様だ。
プギュッ⁉︎
予想外のダメージだったのか、二角豚は声を上げて足を止め、慎重にこちらとの距離を測っている。魔術に対して警戒しているようだが、丁度ソコは魔術の射程距離なんだよなっ!
「ライトアロー!」
ミルキィからも光術が飛ぶ。……が、一度見たアロー系の魔術だった為かひらりとかわしたと思ったら猛然とこちらに向かって突進してきた。
頭部の角を警戒して何とか突撃をかわしたと思った瞬間。二角豚が急停止して、その勢いのまま後脚で蹴り上げてきた。
「っつちょぉっ! マジかっ⁉︎」
咄嗟に頭だけは腕で庇ったが、勢いに乗った攻撃は到底受け切れるものではなく、左腕から嫌な音が響いた。
「っがぁっ! 痛ったぁっ!」
「ミズキさん⁉︎ 大丈夫ですか!」
「なんとかっ! ブラスト=ウィンドボール!」
ブラストで二角豚を吹き飛ばして強制的に距離を取り、一息つく。戦闘中にミルキィの治療を受けている暇はないので、ベルトの下級ポーションへ手を伸ばし一気に呷る。備えて置いて良かった。グッジョブ昨日の俺! まだ痛みは残っているが、動けないほどではない。再び二角豚と対峙する。
「ミズキさん! 目ぇ閉じて下さいぃー! ライトフラッシュ!」
ミルキィの言葉に従い、目を閉じると、瞼越しにもわかるくらいの強烈な光が放たれた。コレ、音のならないスタングレネードみたいだな……。光がおさまってから目を開けると、目が眩んでフラフラしている二角豚が見えた。今がチャンス! 一気に距離を詰め、剣術のアーツを放つ。
「頼む、抜けてくれよ? 刺突っ!」
ピギャァアァァアー!
一番脂肪が薄いであろう首元を狙って思いっきり剣を突き刺した。……が、少し長さが足りなかったようで絶命には至らなかったようだ。勢いに任せて剣を引き抜くと、同時にかなりの量の血液が噴き出してきて、それをモロに被る。だが、上手く血管に傷を付けられたらしいな。
ふらつきながらも、こちらを角に引っ掛けようと頭を振り回してくる。それを躱して剣で切り付けてみるが、厚い脂肪に阻まれてダメージにはなっていない。一旦距離を取るが、その間にも刺突で付けた傷からは血が溢れている。徐々にではあるが、動きに精彩を欠いてきており、弱ってきているのがわかる。
「くっそ……。決定打がないな。こう暴れられたら近づいての刺突も難しいよ……。」
「それより! 今のうちに回復しますから、こっちに寄って下さーい!」
「あ、うん、ありがとう……。」
「大地に眠る精霊神よ! 我の願いを聞き届け、彼の者に癒しの奇跡を! ヒール!」
ミルキィの治療によって骨折していたであろう左腕の痛みも引き、十全に動くようになった。こればかりは何度経験しても奇跡にしか思えない。
そうやって治療を受けている間にも、二角豚の出血は止まる事なく続いていて、動きも相当弱くなってきている。今では立っているのがやっと、という状態だ。これなら風術が当てられそうだ。
「これで終わりだっ! ピアシング=ウィンドアロー!」
ピギュアアァァ……!
一際大きな断末魔を上げて、二角豚は光へと還っていった。2人で相対していたけれど、少し危なかったな……。こっちは片付いたけれど、あっちはどうなっているんだろうか? 正直あっちを気にしている余裕はなかったし、少し心配だ。周囲を見回してアスタ達と合流するべく動き出した。
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アスタ達と合流できた時には、もう1体の二角豚は満身創痍の状態だった。対するアスタ達はと言うと、チッチが数カ所かすり傷を負っているものの、ほぼ無傷であった。どうやらこちらの方が上手く対峙していたようだな。
「手助けはいるか⁉︎」
「大丈夫ですっ! ……これで、終わりですよっ! トライファイアアロー!」
一応声を掛けたが、案の定大丈夫との返答だったので二角豚との戦闘を見守る。アスタの火矢が3本、別々の軌道を描きながら二角豚の頭部へと殺到する。
ピギュアアァァ!!
再び広間に大きな断末魔が響き渡り、光へと還っていく……。これで終わりかな? 周囲に新たに魔獣が現れない事を確認してから、2体分のドロップを確認する。
ピンポン玉の半分くらいの大きさの魔石が2つと、大きな肉塊が2つ……これはバラとロースかな……。
「はふぅ〜。終わりましたぁ……。」
「ん。2人でボスと対峙するの、大変だった……。」
「2人ともお疲れ様でしたぁー。……あ、チッチは治療するのでこちらへ〜。」
「皆お疲れ様! やっぱり2人でボスと対峙するのは少し早かったかな? 無理させちゃってごめん……。今日は早めに休もう。ボスの階層は他の魔獣が湧く心配がないからね。ゆっくり休もうよ。」
「そうですね。少し疲れました……。」
広間の隅の方へと移動して野営の準備を始める。特に夜通し火を焚いている必要もない為、今回は調理に必要な分の薪だけを持参していた。ポーチから必要な品物を取り出していく。夕食にするには少し早いが、今回のドロップ品を使って串焼きを作ることにした。スパイスを調合した塩を適当に振って作る野営料理だな。遠火でじっくりと火を通していく。その間に同時進行で簡単なスープも作っておく。温かい食事はそれだけで緊張をほぐしてくれるからな。
……だから……。俺の隣でピッタリと料理する場所に張り付いて涎を垂らしながら焼けていく肉を見つめているハーフエルフは見なかった事にした。主に俺の精神の安定のために。なんか目が怖い……。
ゆっくりと食事をとり、戦闘の疲れもある程度癒えたところで今後の話を切り出した。
「ちょっと皆いいかな? 今回の戦闘で思ったんだけど、安全に迷宮探索を続けて行くならもう1人メンバーがいた方がいいと思うんだけど、どうかな?」
「確かに、今回のボス戦は2人で1体を倒す形になりましたからね。少し厳しかったと感じました。しっかりとした盾職の方が居ればまた違ったでしょうね。」
「う〜ん……。チッチが斥候で、アスタが火力、私が回復で……ミズキさんが前衛ですよねぇ? それならもう1人盾職の方が居てもいいと思いますぅ。」
「……チッチ今回戦闘で役に立たなかった。……チッチ盾持つ?」
「いやいや、チッチは別の方で大活躍だったよ! それにチッチの強みはスピードだからね。暫くは僕が盾を持ってみるよ。バックラー位なら動きの邪魔にもならないだろうし。」
「では、ギルドで募集をかけてみますか?」
「そうだね、帰ったら早速募集をかけてみよう。すぐにいい人が見つかるわけじゃないからね。」
「クランに所属した際に、メンバーを斡旋してもらうと言うことも可能でございますよ。大きなクランでしたら人員も豊富でございましょう。」
「あ、その手もありますねぇ。悩みどころです。」
「あまり知らない人と組むのは少し怖いですよぅ……。先輩とかだと気後れしちゃいますしぃ……。」
うーん。総評すると、盾職のメンバーを入れるのは賛成だけど、全然知らない人は遠慮したい。ってところか。確かにそれはそうなんだが……。正式にパーティを組む前に何度か一緒に迷宮に潜って、人と形を見るしかないかなぁ? 相性とかもあるだろうし。
そんな事に頭を悩ませながら、迷宮での初めての夜は更けていくのだった。
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