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次に目が覚めたのは翌朝早くだった。夕飯も食べずに眠り続けるって結構疲れていたんだな。凝り固まった身体をほぐすようにゆっくりストレッチをしていると、ぐぅ。と腹が鳴った。んー、腹減ったなぁ……。
空腹を訴える胃袋を宥めつつストレッチを続けていると、ふわりとタクトが視界に入ってきた。
「おはよう御座います、ミズキ様。お身体の調子はいかがでしょうか?」
「おはようタクト。体調は良いよ、お腹も減ったし……。」
「それはようございました。本日のご予定はいかが致しますか? 私と致しましては、早めに門番にギルドカードを提示した後に、教会にて魔法の適性試験を受ける事をお薦め致します。」
「あ。門番さんにギルドカードを見せろって言われてたね。忘れるところだった。魔法の適正試験も面白そうだけど、まずはご飯が食べたいかな? 買い出しもしなくちゃ足りないものだらけだ。」
「では、まずは朝食に致しましょう。その後、ギルドカードを提示して教会へ。買い出しはその後にいかがでしょうか。」
「うん、それがいいかな。ありがとう。」
「お構いなく。では、また何か御用がございましたらいつでもお呼びください。」
そう言ってタクトはふわっと光り、腕輪へと吸い込まれていった。何度見ても不思議な光景である。タクトはこの腕輪についてる宝石に棲む精霊という種族らしい。今は少し珍しいらしく、対外的には妖精として通すと言われた。
階下へと降り、中庭というか訓練場? の隅にある井戸で顔を洗う。洗ってから気が付いたが、顔を拭くタオルがないな……。脳内買い物リストに追加しつつ裾で拭う。さっぱりとした所で隣接している酒場へと向かう。途中にクエストボードを見かけたので、試しに覗いてみる。まだ新しくクエストが貼り出されるには早い時間だからか、人は疎らだ。
ランクが低いため受けられない依頼の方が多いな……。ざっと見た所、最初は常設依頼をいくつか並行して取り組むのが良さそうだ。
酒場で軽い朝食を摂った後、門番へギルドカードを見せにいった。遅くなった事を詫びたが、昨日の今日で何を言っているのかと笑われてしまった。解せぬ。
門番の男にお薦めの雑貨屋を聞いてそこへと向かう。辿り着いた雑貨屋はさして広くない店内に、調理器具や衣服、布、ロープ、家具に農具、果ては薬品や食品まで様々な物が所狭しと並べられている。奥の方からは金属を打ち合わせる音が聞こえてくる事から、どうやら鍛冶場も併設されているようだ。
「はぁ〜……。これはすごい量だなぁ……。」
「ミズキ様。ざっと見た感じではございますが、ここは値段の割に良質な品物が多く取り揃えられているようでございます。可能でしたら、こちらで一通り揃えてしまったほうがよろしいのでは?」
雑多な雰囲気に呑まれていた俺とは違い、ふわりふわりとあちこち眺めていたタクトからそう進言があった。そうだよ、折角鑑定を持っているんだから、こういう時こそ活用しないとな。
試しに近くにロープを鑑定してみると、丈夫、切れにくいなどの情報を得ることができた。少しずつ鑑定のスキルも成長しているようだ。時々スキルを併用しながら品物を眺めていると、カウンターの奥から声がかかった。
「あぁっ、お待たせしてしまいましたか? すみません。いらっしゃいませ! 何かご入用ですか?」
「あ、店員さんですか? いろいろと入用でして、いいですか? まず布が何種類かと木製のコップ、布袋がいくつかサイズ違いでほしいのと、採取用のナイフ、ロープ、あと長めの杖なんか置いてます?」
「お客さん、新人の冒険者さんか何かですか? お奨めのセットがあるのでそちらもお持ちしますね。少々お待ちください。ナイフなどの刃物は親方の担当なので準備が、出来次第呼んできます。」
若い店員はそう告げると、店のあちこちから目当てのものを引き出してはカウンターへと積み上げていく。一通りのものを準備すると奥へと引っ込んでいってしまった。親方とやらを呼びに行ったんのだろうか。戻ってくるまでにカウンターの上の品物を鑑定させてもらうと、どれもいい状態のものばかりであった。店主の目利きがいいのか、好印象だ。
ほどなくして、店員の後ろからずんぐりむっくりとした髭面の親父がやって来た。カウンターに積み上がってある品物を一瞥し。
「ナイフが欲しいって言うのはお前さんか? 見た所新人冒険者という所だが、予算はいくらだ? 銀貨1枚も出せるなら、そこそこの性能のものが渡せるぞ。」
「予算ですか? カウンターの上の白い布が3枚とコップが1つ、袋がサイズ違いで大中小3枚とロープが10M2本買うとして、いくらになりますか?」
「そうですね……。全部で銀貨1枚と銅貨4枚になります。」
手早く計算して店員が答える。全て必要なものとは言え、支払いをすると手持ちが銀貨3枚弱となってしまう。今日までの宿代は支払済みとは言え、若干心許ない気がしなくもない。しかし、採取用のナイフは今後依頼を受ける上での必需品だし……よし。ここは先行投資と割り切って銀貨1枚前後のものを見せてもらおう。
「今、僕があげたものは全て購入します。それと、銀貨1枚前後のナイフを見せてもらえますか?」
「ん、じゃあ奥に来な。……おい、他の品物を包んでおいてくれ。」
店員にそう指示すると、親父はカウンターの奥へと消えていった。品物を包みはじめた店員を横目に、遅れないよう慌てて後をついていく。カウンター奥の小部屋へと足を踏み入れると、丁度親父が棚からいくつかのナイフを取り出している所だった。
「来たか。これがうちにある銀貨1枚で買えるナイフ達だ。こっちの2本は少々足が出るが、その分質はいい。中古品だが、手入れをしてやれば長く使える代物ばかりだ。みてみるか?」
テーブルの上にナイフを5本並べながら説明される。確かに使用感のある見た目だが、どれもよく手入れされているようだ。右の2本が少し高めのナイフだな。
1本ずつ手に取り、重さや使いやすさなどを見ていく。もちろん鑑定もしっかりと使用している。途中、明らかに粗悪品と思われるものも混ざっていたが、親父が高めと言っていたナイフ2本はどちらも気になるものだった。
○●○●○●
-グルカナイフ(短)-
調理や木工などにも使用できる。刀身が軽く湾曲しているため殺傷能力がかったが、使い込まれて刀身が短くなっている。
切れ味補正+1
○●○●○●
○●○●○●
-採取用ナイフ-
薬草の採取に特化したナイフ。根切りや棘取りなどの作業がしやすい形状をしている。
薬草の品質アップ
○●○●○●
普段使いするなら切れ味補正の付いているグルカナイフだろうが、品質アップの付いている特化型のナイフも捨て難い。手持ちに余裕があれば両方買うんだが……。
2本のナイフを手にしばらくうんうんと唸っていると、痺れを切らしたのか親父から声がかかった。
「買うのか、買わんのか、どっちだ?」
「あぁ、すみません。少し迷っていて……。こっちのナイフを取り置きとかできますか? 今は手持ちが心許ないので、いくつか依頼をこなしたら買い取ろうかと思うのですが……。」
「ほぅ……。お前さん、なんでその2本で迷ってる? こっちのナイフの方が手になじむし幅広で使いやすかろう?」
「え? いや、そっちのナイフは駄目ですよ。造りも荒いですし。特化型にするか、切れ味の良さそうなのにするかで迷っててですね……。」
「ふむ。お前さんいい目利きしてるな。よし、その目に免じてそっちのナイフを取り置きしておいてやる。早めに買取にくるんだな!」
がははははという擬音が似合いそうなほど豪快な笑い声をあげながら、特化型のナイフをカバーをかけて渡してくる。カバーはベルトが通せるようになっており、革製でナイフはボタンで留めて簡単には落ちないように工夫がされていた。このカバーだけでもいい値段がしそうだが、好意としてありがたく受け取り腰につけておく。
まとめておいてもらった品物も受け取り、代金を払って雑貨屋を後にする。また来いと言って見送られたが、早めにナイフを引き取りに行きたいものだ。朝からいい買い物が出来たので、上機嫌で次の目的地である教会へと歩みを進めた。
4月中は週2回投稿予定です。