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前回ダンジョンに潜った際の報酬が思っていたよりも多かった(追加でもらった実の買取価格が意外とよかった)ため、その資金を思い切って自身の強化に充てることにした俺は、パーティメンバーを連れて、迷宮都市の神殿を訪ねてみた。ブロン村の神殿も大きくて立派だったが、ここの神殿はその比ではなく、荘厳な佇まいである。
どうやらここも孤児院が併設されているようで、ちらちらと子供の影が見えている。入り口近くにいたシスターに声をかけて、中位魔術書が置いてある部屋への案内を頼む。……どうやらここは上位の魔術書も置いてあるらしく、余裕が出来たら1度閲覧してみたい。
「お待たせして申し訳ありません。中位魔術書の閲覧の前に皆様の適性を見させていただきますね。」
「えっ? ……適性試験の事ですか? 一応中位までの適性はある、と他の神殿で言われているのですが……?」
「えぇ、その通りです。不思議に思われるかもしれませんが、中位魔術書の閲覧適正がないにも関わらずに閲覧を希望されて、使用できないと抗議される方が後を絶たない時期がありまして……。それを防ぐ目的もありまして、閲覧前に適性を確認させていただくようにしているのです。皆様迷宮都市の神殿を訪れるのは初めてでいらっしゃいますでしょう? 検査の結果ははこちらで記録させていただきますので、次回からは検査は不要になります。ご理解のほどをよろしくお願いいたします。」
なるほど。どこにでもクレーマー気質のやつは居るんだな……。使えないなら使えないなりに工夫をすればいいのに。そういう事ならと全員が快く了承し、適性検査の部屋へと移動する。
ブロン村以来の適性試験にわずかな緊張が走る。そういえば、アスタやミルキィの適性を見るのは初めてだな? 少し結果が楽しみだ。
「それでは始めさせていただきます。どの方から行いますか?」
「じゃぁ、僕からで。」
シスターに促されてアスタが水晶の前に立つ。迷宮都市の水晶はブロン村よりもやや大きいな……。右手を乗せて少しすると、水晶球の中に赤と茶の光球が回り始めた。どちらも強く輝いているが、あえて言うなら少し赤の方が数が多く、光も強いような気がする。
「なんでしょうか……。以前に受けた時よりも光が強い気がします。気のせいでしょうか……?」
「そうなのですか? ……あまりそういった話は聞きませんが……。アスタさんは2属性に適性があるのですね。土属性は中位まで。火属性は……そうですね、うまくいけば上位属性の魔術まで扱えるようになるかもしれません。」
「じょっ……上位属性ですか!? 本当に?」
意外な結果に暫し茫然とするアスタ。なんとか歩けてはいるが、心ここにあらず、といった様子だ。mぁ、上位属性を扱える者は魔導士と呼ばれて、1万人に1人いるかいないかという事だったはずだから、この状態もわからなくもない。これはきっと魔術の訓練に熱がはいるだろうなぁ……。
「むむっ……これは負けていられません! 次は私が。」
魔術に関して最近アスタに差をつけられつつあると感じているミルキィが対抗心を燃やして水晶球の前に立つ。アスタと同様に右手を水晶球に乗せると、水晶球の中に白い光球がぐるぐると回りだした。少しまぶしいくらいに強く輝いている。あとは微かに靄のようなものが見える気がするが……。
「こっこれは! ……光属性の上位属性、聖属性の光球……! ミルキィさんは神聖魔術の使い手でいらっしゃったのですね。失礼いたしました。神のご加護があらんことを……。」
「ご丁寧にありがとうございます。私などまだまだ未熟者ですので、そのようにかしこまらないでくださいませ。神のご加護があらんことを……。」
久しぶりに見る、シスター版ミルキィだ……。本当に別人のようだが、教会のシスターに傅かれてじゃ感困惑しているようだ。それいしても、ミルキィも上位属性持ちか……。……そういえば、アスタが気になることを言っていたような……?
「次はチッチなんだぞ!」
待ちきれないとばかりにチッチは水晶球へと駆け寄り、右手を乗せる。水晶球には透明な光が溢れていた。……あれ、おかしいな? 前回ブロン村で受けたときはぼんやりと光る程度だったはずなんだが……。……光が強くなっている……?
「あら、珍しい。こちらの獣人族の方は中位の無属性ですね。あと少し強ければ上位の強化術も覚えられたのですが……。」
「ありがとなんだぞ。」
どうやらチッチも中位の術を覚えられるようだ。……ん? ……あれ、これはもしかして、俺だけ何にもありませんでしたとかいう? そういう振りか!? いや、恥ずかしいし嫌だよ? 俺だって中位や上位の魔術を使ってみたいんだからな! ……いや、大丈夫、ブロン村では風術は中位もとれるって言われたし……。大丈夫……だよな……?
「最後は僕だね。」
少し緊張してドキドキしながら水晶球へと右手を乗せる。……どうか上位の術も使えますようにっ! すると、強く輝く緑と青の光がいくつもくるくると回りだした。その輝きは、ブロン村でやった時よりも明らかに強い。これは……成長しているのか? シスターはそんな事例は聞いたことがないと言っていたけど……。……あ。もしかしなくてもあのタクト直伝の魔術訓練のせいじゃないだろうか? あんな訓練をしているのは俺たちくらいだろうしな。
「これはこれは……。水木さんも2属性に適性がおありなんですね。風と水、どちらも上位魔術まで扱えそうです。特に風は使い込んでいくうちに上位属性も使いこなすことができるでしょう。めったにいない逸材ですね。今日は将来有望な冒険者さんに出会えてうれしいです。」
にこやかな顔でシスターが告げる。これで上位属性を扱える可能性があるのが3人になったわけだが……。まぁ、ミルキィはもう扱えているんだけど。将来有望といわれるのもわかる気がする。俺はすごいメンバーとパーティを組んだようだな。
上位属性を扱える可能性があるのが自分だけではないことを知って若干落ち込んでしまったアスタを引きずりつつ水晶球のある部屋を後にして、魔術書の保管されている部屋へと移動した。
「ご協力感謝いたします。これで魔術書の閲覧が可能になりましたが、どなたから閲覧されますか?」
うーん、これは悩ましい問題だ。下位魔術書でさえ1冊銀貨10枚の寄進が必要だったことを考えると、中位……ましてや上位魔術所ともなれば一体どれほどの金貨が飛んでいくことになるやら……。一応自身の強化に使用する分は各自に分けた報酬から支払うようにしているからいいとして、俺はどうしようかな……。
「えっと……。つかぬことをお伺いしますが。中位魔術書の閲覧には、どの程度の寄進が必要になりますか……?」
「あぁ、失礼いたしました。そちらの説明がまだでしたね。寄進なのでお気持ちだけで結構です……というのは建前でして……。中位魔術書は一律金貨1枚。上位魔術書が金貨3枚いただいております。こ子には上位属性の魔術所もいくつか置かせていただいてますが、閲覧許可が出るのはギルドランクA以上の方に限らせていただいております。」
「金貨1枚ですか……。装備の新調もしないといけないので、どうしましょうか……。」
高いだろうと覚悟はしていたが、金貨が必要となってくるとはな……。今の手持ちだと中位魔術書1冊が限界だな。アスタの言う通り装備も新しくしないといけないし、これは本格的に迷宮に潜らないとまずいかもな。でも、きちんと報酬を管理していれば、俺と同じく金貨4~5枚は貯まっているはずなので、中位魔術書の閲覧は問題ないはずなんだが……。どうやら散在している奴がいるようだ。
「じゃぁ、僕は風の中位魔術書、ジャベリン系のものをお願いします。」
「はい、賜りました。えっと……。こちらがその魔術書になりますね。準備はよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。」
シスターに金貨を渡して魔術書を準備してもらう。椅子にしっかりと座っていることを確認されてから、魔術書を受け取る。下位魔術書の閲覧でも結構な頭痛に悩ませられたからな……。中位魔術書の負荷はきっとあれ以上だろうから気合を入れて臨まないと!
ゆっくりと魔術書を開いて右手を乗せる。薄い緑色の光が全身を包んだと同時に頭の中で文字の羅列が流れこんできた……というかこれは頭の中で文字が氾濫を起こして……! くぅっ……負荷が強いな……。ずきずきと頭が痛くなってきたところで閲覧は終了したようで、全身を包む光が解けて消えた。
まだ痛みの残る頭を抱えて、ゆっくりと深呼吸し息を整える。中位魔術書は連続で閲覧するのは無理だな。確実に倒れるぞこれ。痛みが落ち着いてきたところで椅子から離れる。ちょうどそのタイミングで、悩んでいたアスタが閲覧する魔術書を決めたようだ。
「僕は火の中位魔術書で、ボム系をお願いします!」
「はい、賜りました。……こちらがその魔術書になります。準備はよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。」
椅子から離れて、アスタの魔術書の閲覧をぼーっとする頭で眺める。アスタが魔術書を開き聞き手を置くと、薄い赤い光が魔術書からあふれ出してアスタの全身を包む。外から見るとこんな風に見えるのか……とよく働かない頭で思いつつ眺めていると、魔術書から赤い光が頭部へと向かって動き、眉間へと吸い込まれて行くのが見えた。同時にアスタの顔に苦悶が走り、身体にふらつきがみられる。すべての光が眉間に吸収されると、汗だくになりながら眩暈に耐えているであろうアスタと目が合った。
「っづあぁ~! きっついですっ! これ、上位魔術書になったら僕は……倒れるかもしれませんね……。上位属性とかは……考えたくもありません。」
ふらふらになりながらも俺の隣に腰掛け、目をつぶって全身を弛緩させている。確かに上位魔術書のことを考えると憂鬱になるな……。そんなアスタと俺の様子を見ていたチッチは顔を青くして尻尾が股の間に入り込み若干震えているように見える。ちらっとミルキィのほうを見ると、同じような顔を蒼褪めさせて悩んでいるようだった。その姿を見て決心したのか、チッチが金貨を取り出した。
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