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武術指南の依頼を出してから早10日。中々依頼を受けてくれる冒険者が現れないようだ。基礎体力向上のための走り込みは毎日続けているため、2人の持久力はそれなりになってきている。
引退冒険者からの護身術講習にも参加させ、身体の使い方を学んできてもらった。劇的な変化はみられていないが、以前のように魔獣が接近しても怯えるようなことはなくなり、冷静に対処できるようになっていた。この差は結構大きい。
2人に弓と杖をプレゼントした時はとても喜んでいた。……が、2人だけにずるいとチッチがご立腹となってしまい大変だった。あとで一緒に買いに行くから! と約束してやっと機嫌を直してもらった。もちろん探検はプレゼントしたよ。パーティ内で差をつけるとろくなことに成らないという事を学んだよ……。
そんなこんなで、今俺の懐は非常に寂しいことになっている。ギルド集合としている皆はまだ来ておらず、先に依頼書を確認していると、ギルド職員から声がかかった。
「ミズキ様でよろしいでしょうか? 依頼を受けてくださる方がいらっしゃっているのですが、お時間よろしいでしょうか。」
「え、本当ですか! よかった……。まだパーティメンバーがそろっていないので、少しお待たせしてしまいますが、大丈夫でしょうか? 多分、すぐに揃うと思うので……。」
「大丈夫です。皆様お揃いになったらお声かけ下さい。」
「わかりました。ありがとうございます。」
ようやく依頼を受けてくれるパーティが見つかったようだ。きちんと教えてくれる人たちだといいんだけれど……。
数分もしないうちにメンバー全員が揃ったため、受付へと声をかける。すると、ギルドの奥の個室……いわゆる応接室へと通された。部屋に入るとすでに待っている冒険者がいたため、軽く頭を下げる。少し待たせてしまったかな。
「お待たせしまったみたいですね。すみません。」
「いや、かまわないよ。依頼内容の確認をしても?」
「もちろんです。」
それぞれの自己紹介を済ませて依頼内容の説明をする。ランクcになって長いベテランの冒険者が受けてくれることになったようだ。ありがたい。向こうも前衛が負傷して2~3日休養が必要となったため、渡りに船だったようだ。5日間の拘束期間も問題ないとのことだった。話している限りでは人柄的にも問題なさそうだ。
「あの、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
2人がそれぞれの相手に挨拶をしている。弓術を教えてくれるのは森人族の女性、状術を教えてくれるのは小人族の男性だ。今日から5日間との約束のため、2人のことをお願いして個室を後にする。5日後の2人の成長が楽しみだ。
チッチと2人、掲示板の前に戻ってきた。今日の依頼をどうするか吟味していると、申し訳なさそうにチッチが話しかけてきた。
「ミズキ、今日一緒に仕事いけない。指名依頼来た。配達行ってくる。」
「指名依頼か。それなら仕方ないね、頑張ってきて!」
「うん、ありがとミズキ!」
チッチは元気よく走り去っていった。俺たちとパーティを組む前も、チッチはそのスピードを生かして手紙の配達をやっていたらしい。チッチが本気を出して走ると近くの集落まで半日もかからないというから驚きだ。その縁もあって、パーティを組んだ後もちょくちょく指名で依頼が入ったりする。今回はパーティでも以来の最中じゃなくタイミングが良かったようだ。
さて、久しぶりのソロでの依頼だな。少し寂しくなった懐を温めるべく、なるべく素材がたくさん取れるような依頼を探そう。
「これなんてどうかな?」
「これは……鼻圧猪の肉の納品依頼でございますね。場所も人里から少し離れておりますし、よろしいのではないでしょうか。」
「うん。実験も一緒にできそうかなって思ってね。」
受付へ向かうと、丁度ミケットさんの場所が空いていた。猫獣人の彼女は、三毛猫のような名前のキジトラ柄のお姉さんだ。最初の依頼の時からよく注意を受けている面倒見の良い人で、冒険者からの人気も高い。いわゆる看板娘というやつだな。
「依頼書とカードを出すのにゃ。……んにゃ? 1人だけかにゃ? メンバーはどうしたのにゃ?」
「アスタとミルキィは武術指南を受けてて、チッチは指名依頼に行きました。今日は僕1人ですよ。」
「そういうことかにゃ! 気を付けて行ってくるにゃ!」
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村の南にある草原へとやってきた。ここは鼻圧猪の好物である香草がよく育っている場所で見晴らしもいい。ほかにも多くの魔獣が生息しているため、魔術の練習にはもってこいだと思っていた場所だ。
タクトから、魔術とは想像力だと教えられてから、改良してきたものを実戦で試していこうと思っている。少しずつ移動しながら的となる獲物を探していく。
しばらくして草を食んでいる角兎を見つけた。早速改良版のウィンドボールを放つ。速度を上げて圧縮し、回転を加えたビー玉サイズの球は、角兎に当たると圧縮が解除されて防風となり、周囲の草を巻き込んで砂埃をあげた。砂埃が晴れた後には、下半身がズタズタに引き裂かれ虫の息の角兎が残されていた。
「あ~……。ちょっとこれはやりすぎたかな……。」
魔獣にとどめを刺しつつ呟く。これじゃあ皮は素地として使い物にならないい、一番おいしい後ろ足の肉も絶望的だ。もう少し改良して貫通性を上げるか、威力を下げてノックバックを狙うかしないと、小型の魔獣には使いにくいな。
「ミズキ様……。これは下位魔術のウィンドボールでございますよね? これであのような威力になるとは……。感服いたしました。」
「いやいや、本当はこんな結果になる予定じゃなかったんだけどね……。どこで間違ったかなぁ……。」
「ウィンドボールでこのような威力が出せるとは……。これなら私も牽制目的だけではなく、先頭に直接参加できるかもしれませんっ……!」
少々興奮気味に報告してくるタクトに、改良版の仕組みや考え方を説明する。何度か練習していたが、問題なく使えるようになったようだ。暴風というか、爆風というような威力だったから、『ウィンドブラスト』とでも名付けようか。そのほうが想像しやすい。
角兎の解体をしつつ『ウィンドブラスト』をもう少し使い勝手がいいように改良するにはどうしたらいいか考える。ノックバックを狙うのは、空気の圧縮だけでも行けるか。貫通性を上げるには……形状を変えてみるか……?
その後、何匹かの角兎を実験台として犠牲にし、2つのアレンジを完成させることができた。それぞれ、『ウィンドバースト』『ウィンドバレット』と名付けてタクトとの共有も済ませた。
実験台となった角兎の解体を終えて、今後は目当ての鼻圧猪を探していく。ボアの身体はかなりの大きさのため草原に出てきていればすぐにわかる。見渡す限り草原にボアの姿は見当たらないので、林の方へと緯線をやる。
「ミズキ様! 10時の方向に丁度林から出てくる鼻圧猪が見えてきました。」
タクトの言う方角を見てみると、立派な体躯の鼻圧狼が林から姿を現したところだった。まだかなりの距離があるため背丈の高い草に身を隠しつつ近づいていく。先ほど『ウィンドバレット』を完成させたときに思い付いたアレンジの的になってもらおうかな。
「アクアバレット!」
『ウィンドバレット』の水版という紅魔術を先制して放つ。『ウォーターボール』を圧縮して小さくし、形状を弾丸のように加工して空気抵抗を減らし、更に回転を加えることでまっすぐ遠くに飛んでいくよう工夫した。鼻圧猪の鼻先に当たったその魔術は破裂することなくその身へと水を食い込ませた。
ピッ! ……ギャアァ!
かなり痛い不意打ちを食らった鼻圧猪はこちらを睨みつけると、猛然と走り込んできた。まだ距離があるうちに『アクアバレット』を立て続けに2発打ち込む。
十分にスピードに乗った状態で前足関節部に『アクアバレット』を食らった鼻圧猪は崩れ落ち、その特徴的な鼻が地面についてしまっていた。もちろん突進の勢いがそれでなくなるはずもなく、鼻を地面につけたまま何メートルか進んでいた。
「うっわ……。痛そうだな、アレ……。」
その惨状に思わずそう呟いてしまった。うん、本当に痛そうだ……。両足へのダメージもあり、中々起き上がれないでいる鼻圧猪に近づき、頸動脈を切って失血を促す。返り血を浴びないように素早くその場を離れるのも忘れない。
残酷なように見えるが、美味しい鼻圧猪の肉を得るためには必要なことなんだ。吹きだす血の勢いが少なくなった所で鼻圧猪の近くに大き目の穴を掘り、解体の準備を始める。
「ミズキ様。先ほどの魔術は下位水術でございますね? 鼻圧猪の毛皮を貫通できるとは……。ミズキ様の想像力は並外れておいでなのですね……。」
毛皮を剥いだ鼻圧猪を大き目の肉塊へと変えている最中、しきりにタクトに褒められた。想像力が豊かというか、これは完全に前の世界のおかげだと思う。魔法なんてものはない世界だったけれど、その手の情報は溢れかえっていたからね。文字でも映像でも。特に映像で見ているのが大きいんだろうな。想像しやすい。本当、タクトに教えてもらったことは俺にとって大きなアドバンテージになるだろう。
鼻圧猪の肉を、依頼用、納品用、自分用の3つに分けて残りの素材もまとめてポーチへと収納した。残った骨なんかもすべて穴に入れ、血のしみ込んだ土も穴へと破棄して埋めてしまった。後片付けもしっかりとしたところで村へと戻るとするか。
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ギルドで依頼の完了報告と素材の売却を終えると、ロビーでチッチが待っていた。少し前に指名依頼を終えて戻ってきていたらしい。丁度いいところに。鼻圧猪の肉を狩ってきたので、踊る羊亭での夕食に誘うと、すっぽをぶんぶん振りながら了承してくれた。しっぽに感情が現れすぎだろうよ……。
そのままチッチとロビーで待っていると、今朝別れた時よりも幾分ぼろっとした2人がこちらへと駆けてきた。
「ミズキさぁ~ん!」
手をあげて合図をすると、アスタが半泣きで抱き着いてきた。ミルキィはかろうじて建ってはいるものの、半分魂が抜けかけている。チッチが肩を揺らしてこちらへと呼び戻していた。……これは相当しごかれたようだな……。指南役の冒険者は少し離れた場所であきれ顔だ。アスタもチッチに任せて、今日の礼を言いに行く。鼻圧猪の肉を少しお裾分けし、明日以降もよろしく頼むと告げると、快く請け負ってくれた。
「うぅっ……。全身が怠いです……。」
「打ち身がっ……腕が上がりません……!」
ぶつぶつと泣き言を言っている2人に、今日は鼻圧猪の肉を狩ってきたので夕食に誘うと、途端に元気になったようだ。現金な奴らだな全く……。それでも、そんなに悪い気もせずに4人で踊る羊亭へと向かった。
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