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翌日、昼を過ぎたころにブロン村へと出発した。行きと同じ編成で馬車を囲むように陣取り進んでいく。今日の目的地は半日ほど進んだ先にある野営地だ。積み荷は幾分か軽くなったようだが、隣村の特産品などを積んでいるため進むスピードに大きな変化はない。特に襲撃などもなく、野営地へと到着した。
2班に分かれて薪集めとテントの設営などを行う。前回は薪集めだったので、テントの設営に入ろうとしたが、何故が薪集めに連れ出された。これはいったい……? みんなからの無言の圧力を感じて察する。これはまた獲物を獲ってこいということか……。なんどか薪をもって往復した後、野草やハーブを摘み、角兎を狩って解体も済ませておく。途中で野鳥の卵を見つけたので、いくつか拝借しておいた。
「……何故、誰も食事の準備をしていないんでしょうか……?」
「いやぁ、あっはっはっは! ……ミズキ君なら肉を狩ってきてくれると信じて待っていたんだよ。何か手伝えることはあるかな?」
「はぁ……。とりあえず、鍋と食材を出してもらってもいいですか……。」
色々と調達して野営地に戻った俺を待っていたのは、焚き火を囲み、笑顔を浮かべているメンバーだった。ちゃっかりと行商人も混じっているあたり、料理を分けてもらう気まんまんだな……。ロイドさんに至っては肉目当てなのを隠しもせずに、手伝いを申し出てきた。それぞれから使えそうな食材を回収し、スープと串焼きを人数分作成していく。今回は卵も入れた豪華版だ。
「ふぁ~! もう! もう! ミズキさんとパーティ組みたいですぅ! 野営なのに普段と変わらない食事ができるなんてぇ~! 反則ですぅ……モグモグモグモグ。」
もう、俺の中では食いしん坊のイメージが定着しつつあるミルキィがそんなことを口走りながら食事をしている。こんなことでパーティを決めて大丈夫なのか……? ……これが俗にいう胃袋を掴むというやつなのだろうか。解せぬ……。
食事も終わり、前回とは逆の順番で見張りをこなす。他の面々が眠りについたころを見計らって、タクトに声をかける。
「ねぇ、タクト。今回パーティを組んだ人たちって今はフリーなんだよね? どう思う?」
「そうでございますね……。皆様良い方たちだと思いますよ? 良くも悪くも素直で、擦れていないと申しましょうか。ミルキィさんは少々我が強い……いえ、個性的な方だなと思います。」
「そう……だね。なんかミルキィは食いしん坊のイメージが強いよ。でも、また組んでみたいって思うくらいには気になる存在かな。」
「……チッチも。チッチもミズキたちとはまた一緒に仕事したいって思うぞ。」
それまではぼーっと焚き火を見つめていたチッチが急に会話に参加してきた。びっくりしてチッチの方を見る。小声での会話だったから、聞かれてるとは思っていなかった。獣人は耳もいいんだな。言葉を発したチッチも思わず出てしまった言葉らしく、慌ててそっぽを向いていた。……いや、もうばっちり聞こえちゃってるから今更なんだが……。でも、そんなチッチの様子がおかしくて笑ってしまった。
「ふふっ。そっか、ありがとうチッチ。他のみんなもそう思ってくれていたらうれしいな。」
「左様でございますね。」
「……うん!」
チッチも嬉しそうに返事をしてくれた。でもまぁ、運よくパーティを組めた所で、最初は連携やら接近戦のレクチャーやらで訓練の毎日になるんだろうけど。アスタもミルキィも接近戦は駄目だって言っていたし、せめて自分の身を守れるくらいにはなってもらわないと困る。
パーティを組んだらこうしたい、あぁしたいとチッチと共に語り合いながら、夜は幾分にぎやかに過ぎていった。
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今日も一行はブロン村へと向けて出発した。問題なく進めば夕方には村へと着くはずだ。幌馬車はポックリポックリと街道を進んでいく。目的地が近づくにつれ、少々弛緩したムードが漂い始めたころ、ミルキィの鋭い警告が響いた。
「森側から魔獣の反応がありました! 大きめですっ! ……もしかして……これはっ! 森牡鹿かも……?」
森牡鹿だって!? 灰狼とも争い合う中層でも強者の部類に入る魔獣が、なんだってこんなところに? ……ってそうか! 繁殖期! 雌に追いやられたのか、他の雄にはじき出されたのか……。どちらにせよ気がたっている事に間違いはない。
「ふぅん、森牡鹿か……。1頭だけだろうし、丁度いいわね。よし! あんた達! 今回あたしとロイドは手出ししないで馬車の護衛に回るわ。連携を意識しつつ、あんた達だけで自由にやってごらんなさい!」
「えぇっ! そんなぁ!」
「むむむ……無理ですよぉ!」
「はぁ!? 何考えてるんですか……!」
「あらぁ? ミズキ、あんた灰狼をソロで狩ったでしょう? 今回の森牡鹿は1頭だし、こっちはパーティで4人もいるのよ? 魔術でのバックアップもあることだし、あんなの余裕よ。よ・ゆ・う! ほらっ! 早く皆に指示出しなさいよね!」
くっ。ローラのやついらん事いいやがって! パーティの指揮なんてしたことないってーの。灰狼よりも繁殖期で気がたってる森牡鹿の方が怖いわ! どうするか……。
「ほ……本当ですか、ミズキさん! 僕、ガンバリマスっ!」
「ミズキ、早く指示頼む。」
「ちっ……あぁもう! どうなっても知りませんからねっ! ミルキィはその場で待機。探知魔法で周囲の索敵を続行して! アスタは森牡鹿を視認出来たら魔術をお願い。その後はミルキィの護衛を! 余裕があったら魔術でのフォローをお願いね。チッチは僕と2人で前衛! いい?」
「「了解!」ですっ!」
ローラに急かされるような形になってしまったが、皆に指示を出す。各々獲物を構えて迎撃の態勢をとったところで、ローラ達は馬車の方へと向かった。
準備が整ったところで森牡鹿が姿を現す。立派な角を振りかざしてこちらを威嚇しており、既に臨戦態勢だ。よくよく観察してみると身体のあちこちに傷が見受けられる。どうやらオス同士の争いに敗れた個体のようだ。ダメージが残っているようだが、その分気もたっているため攻撃性も増している。
「ファイアアロー!」
指示通りアスタが火矢を飛ばすが、角を一振りしてかき消されてしまった。そのことに驚いたような顔をしていたが、すぐに立て直して2度、3度と火矢を打ち込む。
何度も飛んでくる火矢に煩わしさを感じたのか頭を低くして角を前にし、こちらへと突っ込んできた。突進攻撃か! このまま避けると後衛へと攻撃を通してしまうことになるため、まだ距離があるうちに魔術で対応しようと身構えたが、それよりも先にアスタの呪文が飛んだ。
「ピットホール!」
アスタの声に合わせるように、突進の進路の途中に突然穴が開いた。急な出来事に対応できず、穴に足を取られて森牡鹿は派手に転倒した。そのすきを見逃さず、チッチがナイフを投げる。森牡鹿が咄嗟に身を捩ったために胴体へそれてしまったが、おそらくは首か顔を狙ったものだったのだろう。短い悲鳴を上げるが、こちらを見る目はまだ闘志が宿っている。迂闊に近づくと革鎧くらいなら簡単に貫通する鋭さのある角を振り回して威嚇するため、なかなか剣で相手をするのは難しい。
そうこうしている間に森牡鹿が体勢を立て直してしまった。こちらを爛々とした眼でみつめ、鼻息荒く今にもとびかかってきそうだ。
「マッドフィールド!」
森牡鹿が1歩踏み出したその場所が泥でおおわれる。その泥に足を取られて、再び森牡鹿が体勢を崩した。これはナイスタイミングとしか言いようがない。チッチが投げナイフを放ったとほぼ同時に、俺も呪文を唱え終わっていた。
「ピアシング=ウィンドアロー!」
パシュンと小気味よい音がして森牡鹿の頭が後方へと流れる。それと同時に首元に深々とナイフが突き刺さっていた。瞳から光が消え、数秒ののち胴体も地に伏した。張りつめていた息を吐きだす。どうやら無事に討伐できたようだ。
「やりましたねミズキさん!」
「アスタ! タイミングばっちりだったよ! 助かった。」
アスタが嬉しそうにこちらへと駆け寄ってくる。それに対して頭をポンポンしているとチッチも近くへと寄ってきた。こちらとはハイタッチを交わすとアスタが羨ましそうにしていた。今回の最大の功労者だからな。アスタともハイタッチを交わすと満足げに頷いていた。
森牡鹿の肉と肝臓は大変美味だと言われているのですぐにでも解体してしまいたいが、大型に分類される魔獣を一人で解体するには多少時間がかかる。行商人さんの幌馬車に積んでいってギルドで解体してもらう手もあるが、スペースの問題が……。あと最低でも血抜きをしないと肉が血なまぐさくなってしまう。今日中にブロン村へ着きたい行商人さんはあまりいい顔をしないかもしれないな……。
「ミズキ君、森牡鹿の討伐おめでとう! 後ろで見ていたけど、中々4人での相性もよさそうだね。」
「あ、ロイドさん。ありがとうございます。アレ、解体してしまいたいんですが、依頼主さんはなるべく早く出発したいですよね? 結構大物なので解体に時間がかかりそうなんです。」
「あぁ、そうだね。馬車に積んでいくスペースもなさそうだしなぁ。どのくらい待てるかちょっと聞いてみるよ。ミズキ君も一緒においで?」
一人で考えても埒が明かないため、ロイドさんについていって行商人さんと相談することにした。いろいろと相談をした結果、俺一人が残って森牡鹿を解体することになった。行商人さんの幌馬車には一番大きな部位となる角(というか、角は鋸がないと頭から切り離せないので、実質は生首……。)を乗せていってもらえることに。まぁ、その手数料と護衛を一時でも離れることに対しての謝罪も込めて、角の半分は行商人さんへ渡すことにした。
とりあえず、幌馬車に角(という名の生首)を乗せてもらうため、大急ぎで穴を掘って穴の上に森牡鹿が来るように吊るし、首を切り落とした。首もある程度血を抜いてから一番大きな麻袋にいれて幌馬車へ。胴体部分の血抜きはまだ時間がかかるので、皆には先に出発してもらった。
「じゃぁ、先に出発するけど、なるべく早く追いついてきてね?」
「森牡鹿の肉、期待してるわ。周囲の警戒も怠るんじゃないわよ?」
みんなからそんな言葉をかけられつつ、幌馬車は俺を除いたメンバーに護衛されつつ村への道を進んでいった。
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