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1-12

 タクトが叫びだしたのとほぼ同時に、嫌なプレシャーがかかり汗が噴き出してくる。泉の向こう側の森へと恐る恐る目を向けると紅く光る双眸と目が合った。俺を”視て”いたのはこいつだったのか……。

 気が付けばじりじりと後退していた。今すぐ大声で叫んで逃げ出してしまいたいような、このまま目を瞑ってすべてをなかったことにしたいような、そんな感覚に陥るが、ソレをすると危険だと本能が訴えかけてくる。ともすれば笑い出してしまいそうな膝に渇を入れてなんとか踏みとどまる。圧倒的な実力差にかすれたような笑いが漏れる。

 森からゆっくりと姿を現したソレは、灰狼(グレイウルフ)によく似た格好をしていた。しかし、体躯は倍以上あり、紅く光る特徴的なその瞳に濡れたような毛並みからタクトの言う血濡狼(ブラッディウルフ)とやらで間違いないのだろう。その見事な毛並みには、所々に赤黒い染みのようなものが見受けられた。

 ……こいつ……まさかとは思うが、もしかして手負いなのか……?



 グルルルル……



 低く唸る血濡狼から視線は外さず、生き残るために必死に頭を働かせる。先ほど襲ってきた灰狼はおそらくこいつの配下か何かだったのだろう。今は配下は見られないという事は、これ以上魔獣は追加されないってことだ。こいつだけを相手にすればいいってことだな。

 まぁ、配下を倒されたのか何なのか、めっちゃ怒ってて敵意剥き出しでこっちを睨んでますけども。

 手負いらしき姿を考慮し、近くに他の冒険者がいることに期待してタクトに確認してきてもらうように頼みこむ。1人で相手をするよりかは生存の確率も上がるだろう。



 「タクト。落ち着いて聞いてほしい。近くに冒険者がいないか探してほしいんだ。見つけたら救援要請をお願い。」


 「そんな! こんな状況でミズキ様のおそばを離れるわけにはまいりません!」


 「頼むよタクト。これも俺の生存率を上げるためだとおもってさ! だって1人より人数が多いほうが助かると思わない?」


 「っ……かしこまり……ました。必ず! 必ずや冒険者をお連れしますっ! しばしお待ちください!」



 いつものタクトでは考えられないスピードで飛び去って行く。しかし、タクトが誰かを連れて帰ってくるのが先か、俺が死ぬのが先か……っていう状況はまだ変わってないな。まぁ、全く望みがないところから一縷の希望ができたってだけマシか。タクトが帰ってくるまで、やれるだけやってやろうじゃないか!

 ……そう自自分自身を奮い立たせないと、心が折れそうだった。



 グルアァッ!



 睨み合いに痺れを切らしたのか、血濡狼がこちらへと襲い掛かってきた! 灰狼とは比較にならないスピードで首筋を狙って噛みついてきた。っそこを狙ってくると思ってたよっ! なんとかショートソードを割り込ませて払い傷は負わなかったが、攻撃が重く体勢を崩してしまった。

 そこを見逃してくれるほど甘くはなく、追撃の爪で左腕を大きく抉られてしまった。



 「っぐああぁぁぁ!」



 あまりの痛みに思わず叫び声が漏れる。左腕から流れだした血が、ぽたり、ぽたりと俺の足元を濡らしていく。どうやらギリギリ動脈までは傷ついていないようで、このまま失血死というのは免れたようだ。不幸中の幸いってやつか。

 なんとか剣を構えて血濡狼を見据えてはいるが、脚や手が震えて剣先が定まらない。挫けそうな心に自ら渇を入れて反撃の機会をうかがう。

 気が付くと背後に巨木が迫ってきていた。しまった、知らず知らずのうちに追い詰められていたようだ。見せつけるようにゆっくりと距離を詰めてくる血濡狼は、勝利を確信しているかのようだ。剣先がぶれて県は使い物にならないが、俺にはまだ攻撃の手段があるんだぞ!

 痛みで集中が乱れそうになるが、毎晩の特訓のおかげか途切れることなく魔術を唱えることができた。



 「フォース=ウィンドアロー! ……も一つおまけだ! ピアシング=ウィンドアロー!」



 風の矢を4つ、軌道を変えて時間差で牽制目的に放ち、本命の影の矢の命中率を少しでも上げる。このピアシングが効かなければ、もう俺に打つ手はほとんどない。せいぜい下位の魔術を魔力が尽きるまで乱発し、最期の時を延ばすことくらいだ。



 ギャウン!



 よっっし! うまく左目に命中したようだ。油断して調子こいてるから俺みたいな格下の攻撃に当たるんだよ、ざまぁみろ! いやいやをするように顔を左右に振って痛みを紛らわせているようだ。もう少し深く突き刺さってくれれば、脳まで達していたかもしれないのに残念だ。まだまだ威力に関しても改良の余地がありそうだな……。さて、片目がつぶれたことで諦めてくれたりなんかはしないかな……。



 ガルルルルッ!



 ……どうやら諦めてはくれないらしい。そりゃそうか。片目になったとはいえ断然あっちの方が有利だもんなぁ……。傷口からの出血は止まらず、相変わらず俺の足元を濡らしている。手足の震えもおさまらないし、末端が凍えるほど冷たい。若干目も霞んできているが、気力を振り絞って相手を睨みつける。こういうのは気合いで負けたら終わりだ。俺はタクトが戻ってくるまで負けないっ!

 血濡狼は先ほどの魔術を警戒しているのか、じりじりと距離を縮めてくるものの襲ってはこない。それなら、と再び魔術で応戦しようとしたとき、誰かの声が聞こえた。



 「ふせろぉっ!」



 その声の意味を理解する前に、俺は咄嗟にその場へと頭を抱えてしゃがみこんだ。何かが風を切る音や、ごぅっという音と共に、魔獣の悲鳴が上がった。その音に思わず顔を上げると、目の前には炎の壁が出現していた。……ははっ、なんだこれ……。

 状況の変化に全くついていけず、思わず乾いた笑いが漏れた。呆然と座り込んだまま炎の壁を見つめていると、何の前触れもなく壁が消失した。そこにはもう血濡狼の姿はなく、代わりに見知らぬ冒険者の姿が見えた。



 「ご無事でございますか! ミズキ様!」


 「……あぁ……タクトか。」


 「遅くなりまして大変申し訳ございません。ただいま戻りました。あぁっ! こんな姿になってしまわれて……。」


 「……そうか、救援依頼……。間に合ったんだな……。ありがとう、助かったよ。」



 どうやら、タクトの救援依頼を受けて駆けつけてくれた冒険者だったらしい。いや、本当間一髪で助かったようだ。今回はもう駄目かと……。こわばっていた身体からゆるりと力が抜けていく。



 「大丈夫かい?」



 そう言って手を差し伸べる、人の良さそうな青年の顔を見た俺は、緊張の糸が音を立てて切れるのを聞いた気がした。……ぁ、ダメだコレは……。せめてお礼だけでも伝えないと……。



 「だ……だいじょ……。ありが……。」



 大丈夫です、ありがとうございました。……そう答えようとしたのだが、極度の緊張状態から解放されたことと、腕からの出血量が思っていたより多かったことと相まって、途中で意識を手放してしまったのだった。





 

GWの連続投稿はここまで。次回からまた週1~2ペースへ戻ります。

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